第8話 奈央の家庭教師

 山本にとってはこの二つの山城調査は土岐承子さんの言う通り意義が有った。それは歴史上最大の謎に挑むサークルにとっては避けて通れない事実と付き合わして行かねばならなかった。山本は西の支城跡を土岐承子さんと巡るうちに二人はこの城から導き出したある結論で一致した。

 帰りは少し近回りをして中川から31号線を通り鷹ヶ峰へ抜ける道を走った。こちらは更に民家の少ない道路だった。

「あの城はいつまであったのですかそして西の支城跡はどうでした」

 と非木川史子ひきがわあやこが質問した。

「本能寺の変の後には破却された。西の支城跡は主郭(本丸)に匹敵する広さがあり尾根道を深く掘り込んだ堀切もありましたが石垣でなく土塁で固めた城だった。それは石垣は強固な防御力もあるがやはり見た目でしょう時代が代わったのを見せ付ける意味もあったそれだけ奥にある西の支城跡は目に付きにくいから石垣作りじゃなかった」

「それって手抜きじゃないの」

「山の頂上に沢山の石を運び込むのは結構な労力と資金がいるのよだから黒井城は麓から見える側だけ石垣にして反対側は土塁のままだったのよ」

 運転する山本に代わって承子が答えた。

「支配者が入れ替わって時代も代わってたと見せつけるには総石垣の城は威厳があって屈服させるのには都合がいいのよでも三年ぐらいかしら城が在ったのは」

「短いですね」

 隣の仁科が尋ねた。

「安土城と同じぐらいねしかも登城路筋の左右は安土城と同じように石が積み上げられた石段になっているのも何か訳ありね」

「さすが承子さんもそこに気付きましたか」

 運転する山本が答える。

「ある古文書からこの周山城で天正九年の八月にここで堺の商人で茶人の津田宗及と月見と連歌会を開き十五夜を愉しんだ記録もあります」

「本能寺の変の十ヶ月前ですね」

 山本の説明に仁科が割って入った。

 山城としてとは東西が一・三キロ南北が0・七キロの大規模な破格の大きさだった。

「本能寺の変(天正十年)後の天正十二年二月に秀吉が家康との対立で丹波の反秀吉派掃討で入城した記録があるから完全な破壊はその辺りかも知れませんね」

 山本は前回の調査から敵は北の上杉や西国の毛利でなく東国の家康に絞った結果この城の必要性をなくしたと見た。

「じゃあ承子さんの周山城の調査も取り越し苦労になるって訳だ」

 仁科が言った。

「いえ信長から信頼を得るためにこの城を築いたとすれば益々謎が深まってゆくみたい」

 丹波を平定しても人心の掌握に不安があるそれがこの城の堅固さが物語っている。承子さんのこの説明は岩佐先生よりも核心に迫る推理だった。

「岩佐先生よりも凄いなあ、大学のサークルもあの寺でやりたいですね」

「学校からも人数が少ないので部屋の明け渡しを求められていますからね」

「山本先輩それは本当ですか? 」

 非木川史子が真面目に聞いてくる。

「いやこれは俺の推測だ」

「なーんだ先輩驚かさないで下さいよ」

 非木川は衣川と同じぐらいに歴史には関心があったのか。特に今回のように遺構がそのまま残っている埋もれた山城にはロマンを駆り立てるらしい。黒井城も衣川が関心を持つ竹田城と似た作りだったのが気に入ったようだ。同じ山城でも黒井城から四十キロ離れて江戸初期に廃城になった雲海で有名な竹田城は石垣が完全に残っていた。

「どうだ朧げに残っている二つの山城は完全な石垣が残る竹田城より想像をかき立てるだろう」

 山本は女子大生二人にこう言う山城こそサークルで取り上げて勉強しないと本当の歴史が見えて来ないと締めくくった。



 衣川は二つの山城から戻るとさっそく佐久間夫人からの依頼を受けた娘の奈央ちゃんの家庭教師を再会した。と云うか中間試験を前にして駆け込み依頼であった。おそらく娘とマッチする家庭教師が見つからず急場しのぎの感はあるが引き受けた。父親に問題はあるが娘には何の問題も無かったからだ。社会へ出てその大学卒の肩書きが何処まで通用しても本人が社会に馴染めなければ何もならない。答えの出ない社会で自分なりの結論を導き出すための力を社会は必要としていた。しかしここは父親の求めに応じて急場を乗り切ることにした。エスカレーター式の有名高校へ行くには中学の成績が物を言う。さっそく今までの分を取り戻そうと奈央の部屋で二人は机の上の教科書とにらめっこした。

「何処まで学習したのですか」

 奈央はここまでとページを示した。

「じやあこの範囲から問題が出されるのねそれじゃあ復習をしましょう」

 奈央もそうだが真美も余り熱が入らない。中間試験が終われば真美はこれまでで新しい家庭教師に代わる。それを双方が知っているからだ。

「お姉さん、なんで辞めるの」

「辞めるのでなく辞めさせられるの」

「やっぱりそうなんだお父さんが言ってたとおりなのか」

「奈央ちゃんのお父さんなんで言ったの」

「今の先生はテストの成績はいいが余計な物を言いすぎるってそんな物は社会人になってから考えればいいのにって言った」

 なるほど一理ある今は学業に精を出すときで世間がどうのと云うものは中学生は考えるなと云う訳か。

「これって本当に役に立つのかなあ」

 机の上のテキストを見ながら言った。

「だから今はそう云う事を考えるときじゃないのよ解るでしょうこの前に奈央ちゃんに言ったものって学校では役に立たないでしょう勉強や部活動の決められたもの以外は奈央ちゃんが今は望んでもできっこないし」

「でも考える事は悪いものじゃないってお姉さんこの前は言ったのよそれで急に視野が広がってお父さんに意見出来たのに」

 お父さんもたまげてそれでおかあさんに手を出してあの寺へ駆け込んできたのか。

「その時奈央ちゃんはお父さんに何を言ったの」

 奈央は何を考えるものでもなくスラスラッと喋った。

 ーーエスカレーター式に大学まで行けば他の子より受験戦争に揉まれないそれが果たして社会生活で役にたつのかしら。まあ他人を蹴落としてまで出世コースをばく進する公務員のお父さんだから言えるのでしょう。それじゃあ本当にやりたいものを貫く生き方に目を背けるだけで無意味なような気がする。

「それは怒るわねそれでお母さんにあたったのか」

「お母さんがどうしたの」

「いや何でもない。じゃあお勉強しなけきゃあ」

 お母さんは何も言ってないけどこの子は何も知らないはずはないネコを被っているのか。じゃあなぜあたしを呼び寄せた。試験が迫って間に合わなかったのは母親の口実かも知れない。もしそうとすれば教える事が違うって来るかも知れない。その矢先に奈央は数学の問題を突きつけてきた。暫教科書とにらめっこしていたがたまりかねてヒントを与えると次々と問題を解きだした。最後に今回は初めて記述式問題を一問付け加えるそれは非常に点数が高いらしい。他の問題がそこそこならこれを解けば高得点になるらしい出題は身近な社会問題らしい。

「ねえ先生どんな問題が出るとおもいますか」

 こんな時だけ先生なんて調子のいい子ねとも云ってられない一緒に考えなきゃ。

「自殺、親子、いじめ、不倫ウ〜ン中学生の問題としては考えられないからこれはパスだなあ。愛情について思ってることを書けってどうかなあでも社会問題となるとこれもパスか」

「いえそれありかも知れませんよう」

「中学生だろう早すぎるよ」

「先生がさっき言った自殺、親子、いじめこの三つに愛情がどの様に関わって居るかなんてどうかなあ」

「なるほど奈央ちゃんの学校のその記述式の問題を出す先生って幾つぐらい」

「若い女性」

「じゃあそれで決まりだなあ」

「お姉さんの答えはどうなんですか」

「記述式だから自分の考えでないとあかんでしょう、まあ答えは色々でこれって言うものはないとおもうけど、それ言うの」

「だってその為の家庭教師でしょう」

「それはおかしいでもどんな問題が出ても社会問題の基本は愛情表現だろうねぇ歪な愛が歪な社会を産むからそれで社会の弱者が直面させられる。そこに様々な問題が生じるからそこを細かく観察すればどんな社会問題が出題されても対処出来るんじゃない。自分の路は自分で決めなさいと前回言った事をよく思い出して応用すればこの子は素晴らしい答えを書いてくれたとその先生は満点をくれるはずよ。さあ、これであたしの授業は終わりだから頑張りなさい」

「何で辞めるの、今度のテストの成績が良ければお父さんに言って家庭教師を引き延ばしてもらうから……」

「奈央ちゃん、お父さんが言ってるのはテストの点数じゃあないのよ」

「分かった。だから記述式の問題でお父さんをこてんぱにやっつけてやる」

 ウ~ン困った。お母さんがまた寺に来れば最悪だ。  

「ダメ! ダメよそんな特定の人を名指しするような事を書いちゃダメよ。そんなことしてもだってもう呼んでくれないんだもん、だから奈央ちゃんは新しい家庭教師の元でも勉強は頑張るのよ」

 奈央はいたずらっぽい目をした。どうやらセンチメンタルにならずに聞いてくれてホッとした。

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