第7話 周山城

 真美と仁科が会っていた。そこは学食でも大学でもない街中のセルフサービスだがコーヒーでなく正真正銘の珈琲の味がするしかも狭いが二人掛けのテーブル席だった。

 二人とも佐久間さんが気になった。仁科は佐久間さん親子の様子を知らせた着信メールの内容をもっと詳しく知りたなっていた。真美は寺を抜けた後の承子さんの様子を知りたかった。トレーに載せた珈琲さえも取るのももぞかしく仁科が訊いた。

「送って来たメールは愉しそうな様子だったけど承子さんはそうとは捉えていないんだどうしてだろう直接会っていた真美ちゃんにはどう思う」

 それと仁科もそうだが承子さんも奈央ちゃんの存在があの家庭ではご主人にどれほど影響を与えているか知りたがっていた。

「承子さんがどうして」

「だってもしかしてまた来るかも知れないそれは構わないけれど二度目となればもう引き返せない。だからそんな状況で訊くより前もって詳しく知っておきたい。父親は娘が意に反する行動で妻に手を出す。奈央ちゃんの何が父に悪い影響を与えているかそして彼女が家庭の不和を是正できるか」

 承子さんが一番知りたいのはその子に今の生活を守るだけの精神を保てるかと云うらしい。

「それを知って承子さんはどうするんだろう」

「何も守るものがなければ何をやらかすか知れたもんじゃない。だから夫人がまたやって来る可能性もあり得る。来ても使用人が増えるだけでどってことないけどそれよりその奈央ちゃんって子はどうなんだろう」

「それは可怪おかしい、じゃあ奈央ちゃんにはお父さんとはお利口にしてって云ってるのと変わらないんじゃないの」

「それはないあの人は思いやりの有る人です」

「それは仁科くんの願望じゃないの。大体、承子さんと云う人はあのお寺でしか会わないから実態が掴みにくい」

「じゃあチャンス到来だその承子さんが我々歴史研究サークルのメンバーと一緒に出掛ける約束が出来た」

「別に仁科くんほど期待してないけどそれで何処へゆくの」

「ジャジャーンそれは丹波にある周山城しゅうざんじょう

「何それ何処にあるの」

「ぼくも知らなかったが山本さんが調査隊に加わって行った城で今の研究対象として脚光を浴びてる光秀が丹波平定後に築城した山城」

「何で承子さんが同行を希望しているの」

「ウ〜ンそれは分からないが気掛かりはある。寺の奥にある書庫でざっと見て目に付くとこにあるのは美濃の国守だった土岐氏の資料が多いと思わない」

「古文書が読めないくせにどうして判るの」

「土岐家の名前のくせ字だけは憶えてしまったよ」

「それは承子さんに関心があるからでしょうまあいいわそれで何なの」

「美濃に於ける土岐氏の記録は大体調べ終えて今度は京都に於ける土岐氏の記録を調べているんじゃないかなあ」

「それほど承子さんは自分のルーツ系図に関心を持つのかしら繋がってるどうかも解らないのにねえ」

「それはどうかなあ単なる趣味を越えていると思うけど」

「それはどっちでもいいけどなんで周山城なの」

「周山城は明智光秀が敗れてから廃城になった城だから光秀の思いがそのまま残っているらしいだから承子さんが今一番気にしているらしいです」

「仁科くんも隅には置けないわねいつの間に承子さんの思いまで調べるなんて」

「これはあくまでも推測にすぎないからこれから山本さんと一緒に行けば何か解るでしょう、異存は無いと思うけど真美ちゃんも入ってるから」

「そんな城跡なら歴女に掛けてもいかなけゃあ」

 ちょっと趣向が違うンだけどまあええか。

 そこへお待たせと山本がやって来た。ここは駐車場がないからなあと山本さんに急かされてサッサとセルフカフェの店を出て表に止めてる車に乗った。

 車はレンタカーですでに助手席には非木川史子ひきがわあやこがすでに乗っていた。これが今日の暇なメンバーなのかなんちゅうサークルに首を突っ込んだものだ。真美ちゃんがこのサークルに居なければ仁科の大学生活も随分と変わっていただろう。

 走り出した車は次の同乗者の土岐承子さん迎えに寺へ向かった。寺に着くと仁科が山門に居た椹木に来訪を告げた。山本と二人で待っていると承子は着物姿で出て来た。城を見て来た山本が承子さんを見てその姿に唖然とした。

「その格好では城へは登れません」

「でも当時はみんな女性はこの姿ですよまさか高野山じゃないけれど女人禁制の城って当時なかったでしょう」

「それはそうですが」

「じゃあ問題がないでしょう」

「まあ当時は多くの人が住む城でしたから道も整備されていましたが廃城になって四百年ですから道も所々埋もれて今は荒れるがままに木々に覆われて荒涼とした未整備の城跡ですから私のこの格好でも難儀しますからここはもっとラフな格好をお勧めします」

 残念ねと彼女は珍しく躊躇した。

「城は最近の調査で浮かび上がりそれまではほんの一握りの人しか行かない城ですからから着物はお奨めできません。なんせ周山城跡の立て札の下には熊出没注意の警告版も取り付けてありましたから」

 まあそれは大変なところなんですねじゃあと土岐承子さんは初めて現代着いや洋服に着替えてもらった。

 白の美脚パンツルックで帯のない承子さんの腰のくびれのウェストが見事に決まり細い着物でも華奢なのにモデル並みのプロポーションだった。承子の見慣れない洋装が新鮮すぎて注目された。非木川も真美も同じ様な服装なのにそれが気にくわなかった。しかし品格の違いか承子の立ち振る舞いに圧倒されてそのままみんな車に乗り込んだ。

 寺をあとにして車は一路周山城を目指して走った。山本の運転で助手席に非木川史子が座り後部座席が承子、真美、仁科が座っていた。

 承子さんがさっそく真美に佐久間家の内情とくに娘の奈央ちゃんの様子を訊いてきた。仁科から先ほど訊かされていたから真美は直ぐに説明する。

 あたしが家庭教師を受け持ってから学校の授業では教えない課外授業を取り混ぜてから奈央ちゃんは子供から脱皮し始めて、彼女はそう云う素質を持った子だと解った。なるほどと車内では承子は盛り上げて聞いていた。

 初夏の風が車の窓を叩く中を五人を乗せたレンタカーは宇多野の福王子から国道百六十二号線周山街道に入った。山間の曲がりくねった道にへばりつくように時々民家が見えた。高雄から神護寺、高山寺を過ぎると全く何もない山間の道が十数キロも続きやっと城のある京北町に着いた。

 道の駅で教えてもらった近くの駐車場に車を止めてパンフレットにある登頂コースを登り始めた。

 周山城はパンレットでは天正三年(一五七五年)以降丹波攻略を目指す光秀が若狭へ抜ける周山街道を抑えるために築城した総石垣の城。天正十二年に光秀が敗れて以後は廃城になっていたらしい。城は破壊されたが遺構がそのまま残り光秀が築城した当時の様子が解る唯一の城で貴重な城郭だとか書かれていた。

 麓から本丸までは三十分から四十分程度で登れる。本丸の標高は四百八十メートル。道の駅京北町から(主郭の東側尾根)登城で四十分途中に二の丸の曲輪唐つづら折り道を上り、主郭には天守台跡や虎口の遺構がそのまま残っている。一部に破却された草むす石垣に朽ち果てた倒木が一層に廃墟感を引き出していた。拓けた場所は登りやすいが鬱蒼とした谷筋の登城道には所狭しと杉が伸びていた。崩れた石垣とともに間伐された木がそのまま道に横たわり往時の面影を失っていた。崩れた石垣をあれこれ妄想してつなぎ合わすと当時の強固な城郭が浮かび難攻な城だと想像できる。

 ハイキング気分で登っていたみんなも途中からは無言になってきた。それを励ますように承子さんはそんなに登りやすく簡単に落ちる城が何処にありますかと檄を飛ばしていた。確かに華奢な承子さんの何処にそんな体力が秘めているのか不思議だった。

 本丸周辺の遺構を調査して更に奥に残る西の支城跡まで行くらしい。直線で四百メートルだが間にある深い谷と道筋を覆う樹木を見るとみんな尻込みした。承子さんが歩き出すと四回生の山本が先導するように先に立って二人は歩いた。

「あたしと非木川は無理でも仁科くんは男でしょう承子さんのエスコートを山本さんに任すなんて次から寺へ行けなくなるわよ」

 とハッパを掛けられてももう足が動かなかった。

「連続は無理だちょっと休憩しないと」

 もうこの役立たずと真美ちゃんの声が素通りするほど日頃の不摂生がたたった。

 三人が揉めてる間に山本と承子が戻って来た。山本はさっそく岩佐先生の「歴史は自分の足で調べろ」と云う言葉を三人の頭上に浴びせた。特に仁科には普段からもっと歩けと云う傍らで承子さんからは涼しげな眼差しを浴びせられた。この妖しげな視線は常に仁科の心を迷わした。

 次に行った丹波市にある黒井城は百名城の一つに数えられるほどで城跡は良く整備されていた。

 丹波の黒井城は標高三百五十六メートルの山の頂にあり四年を掛けて光秀が攻略した土塁の城を石垣と四ヶ所のます口を作り強固な防御力のある城に作り替えていた。

 この二つの山城は光秀の死後には廃城になり、以後そのまま放置されたために光秀の遺構がそのまま残っている貴重な城郭だった。当時としてはその斬新な築城方法を土岐承子は関心を寄せた。

 帰りの車内はドライバーの山本以外のサークルの面々は疲れて言葉少なくシートに凭れていた。

 一人承子さんが今度の調査をまとめた。安土城は天主にあるじが居てふもとの家臣を見下ろしていた。一方で周山城は天守のある本丸から放射状に伸びる尾根筋に曲輪が配置され本丸同様に構築して家臣を置いて協調性を持たせた。その違いで二人の性格が良く表れた城だったと今度の調査の意義を認めていた。山本も古文書などの資料よりもこういう実地調査が大事だと強調していた。 

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