第3話 サークル活動2

 噂と云うものは気ままなものだ。お目当ての土岐承子ときしょうこにお目にかかれないと解ると寺の人気は激変した。学生は暇なようで暇じゃない。学生は新たな刺激を求めて日夜活動するが実質は暇な人類なのだろう。しかしこのサークルの人間は元々は現在の流行よりも過去の歴史に執着する特異な学生たちだった。

 そんな騒動の中で声を掛けたのは前回のサークル活動では丹波にある周山城の学術調査隊に加わって欠席だった山本だ。この呼び掛けはみんなは周山城の遺構についての説明だと思ったらしい。

 三々五々歴史研究サークルの面々が大学近くの喫茶店に集合した。どうも仁科の報告に尾ビレを付けて吹聴したのは西谷と北山と分かり二人には謹慎処分を下して残りの五人が集まった。

 山本は開口一番に「サークルには欠かせない資料がある寺に学生の野次馬が大挙して押し寄せてるのにお前ら何してるんだ」とまくし立てた。

「いま寺に行っても火に油を注ぐだけでしょう」と赤木は呑気に構えていた。

「俺は仁科から事情を聞いて先手を打った」

「山本先輩、先手って何をしたんですか」と非木川ひきかわが聞く。

「西山と北山がいないだろう」

「張本人のあの二人は謹慎でしょう」

「バカ! そんな楽な事を俺がさせるかこれも仁科から聞いて寺の大男が凄い剣幕で追い払われるからと美人の住職を吹聴した二人に今度は逆説を立てて恐怖心を掻き立させている」

「なら二、三日で収まるから今少し待ちましょう」

「いやこれから直ぐ行く。仁科の話では美人らしいが会うのが気に入らん奴は残れ」

「仁科さんは今回は凄いなあ、報告をすべて取り入れてあの山本先輩から一目置かれている」

 と非木川が仁科の耳元でボソッと喋って来た。

 たまたまみんなその人を知らないだけだったんでしようと真美は醒めていた。

「美人に会うのに異議はないが混乱の極に行くよりほとぼりが冷めるまで待とう」

 と赤木の尚も慎重な意見に山本はまだそんな悠長な事を云ってる場合ではないと檄を飛ばした。

「座して待つより兵は速攻を尊ぶだ。もっともこの前に見た丹波の周山城の遺構では籠城戦向きだからこの場とはちと違うが」

 さすがは歴研の優者と非木川は歴戦の勇者に引っかけている。それが気に入ったのか山本は満更でもないと頬を緩めた。

「それは戦場いくさばでやるかやられるかの場合だ。現状はそれほど緊迫してないじゃないか」

 山本と赤木の議論は噛み合わなかった。

「仁科くんはどうなのその人を知ってるのはあなただけだから」

 と衣川真美はあくまでも冷静だ。

「それが掴み所の無い人なんだ」

 強い意見を求めた真実に心細さを誘う仁科に、山本は話の腰を折るなと鋭い視線を浴びせた。

「とにかく押しかけてみよう受け容れられるか追い払われるが解らんがアポを取らずにいこう」

 勢いをそがれるのを嫌がる山本は強行に出た。

「追い払われて玄関に塩でも撒かれたらどうする」

 更に赤木が抵抗を試みると。

「その時は岩佐先生のお出ましで取り繕ってもらおう」

 仁科は丁半の賭けが出揃わない鉄火場のツボ振りよろしくさじを投げるように出たとこ勝負で言った。

「それは良い。先生がほったらかした結果こうなったのだから失敗すれば当然尻拭いしてもらおう」

 中々まとまらず疲労困憊ひろうこんぱいの域に達した喫茶店での議場は仁科の意見に雪崩なだれ打つように賛同した。真美はこの時だけは仁科の中途半端でしかも優柔不断な他力本願もこの場には良いと褒めた。

 一同先ずは寺へ挨拶にゆくのが先決と一致して今から即刻に行くと結論した。


 学生たちが門前払いに遭って帰る道でサークルの主立おもだったメンバーは仁科君を筆頭に山本と赤木と非木川、その仲良しの衣川を連れ立って寺へやって来た。先ずは山門を抜けると石畳の十数歩先には大きな引き戸になった玄関があった。引き戸は開けっ放しになっているから目を凝らさないとそのまま行き過ぎて敷居で躓きそうになった。

「仁科くん何ずっこけてんの二度目なんだろう」

 赤木の言葉に前回は裏木戸から入ったと弁明した。細長の八畳ほどの土間にやはり同じ広さの細長の板の間が続いていた。

 土間と板の間には腰を降ろすのに丁度よい高さの段があった。そこへ裏庭から廻ってきたのか大男がいつの間にか立っていた。その気配で振り向いたみんなはびっくりしていた。ここで今までの学生風情の珍客は跳び上がるように退散した。が仁科を認めた椹木さわらぎあるじをお呼びしますと言ってこの前の部屋で待つように勧めて引き下がった。みんなはほどよい高さの上がりかまちに腰を下ろして靴を脱いで上がった。

「仁科、お前凄いなあ、あの鬼瓦みたいな男がご丁寧に頭まで下げて上げてくれるんだから、お前がいなければ女二人はともかく俺なんか外へほっぽりだされていたとこだったよ、みんなこの関門で挫折した話はまんざらでもなさそうだ」

「赤木先輩は変なところで感心するんですね」

 非木川の代弁で仁科と真美は先へ進んだ。

 次の和室の部屋にみんな適当に座った。そこへ小紫のつむじを着た土岐承子が現れるとみんなはハットするように注目した。そこで四人は自己紹介をすると彼女は頷きながら顔をしっかりと確認するように見詰めた。そして「今日はみんなお揃いでどうされました」と来訪の真意を促した。

「いや、うちの大学の学生が用もないのにこのお寺に大勢押しかけましてそれを我々が代表してお詫びに参りました」

 山本が代表して挨拶した。

 それが学生たちがやって来た本当の理由かどうかは置いといて恭しく彼女は応えた。

「なーんだそんな事なの随分と大袈裟なのねそれは岩佐さんもご存知なんですね」

「いえそれが……」

 彼女がまだ会ったことのない先生の意見を聞くとは思ってなかったから驚いた。

「あら呆れた人たちね」と見回して仁科を指名して「あなたはこの前は確か岩佐さんから頼まれていらしたのでしょう」

「はいその節は薬草を煎じてもらって気分が良くなりました」

「仁科くんそうなのそんな話は聞いてなかってたわよ! 」

「衣川真美さんは随分と慎みのない言い方をなさるのね」

「だって仁科くんは一浪の一回生であたしは二回生なんだもん」

「じゃあ同じ歳じゃないの」

「でも後輩は後輩なんだもん」

「それはあなたより余分に勉強したことで学ぶ姿勢、取り組みに違いはないでしょう」

 何処か違うような気がしたのだが真美は土岐承子の前ではそれ以上反論が出来なかった。

「珍しく今日はとにかく大学からの来客はあなた方だけですから」

「あの連中は客でなく単なる野次馬根性丸出しの品のない学生どもですから今日は来ていませんが西谷と北山が噂を払拭させましたからご安心を」

「あら別に気にしていませんから」

 それで用件が済んだと一安心して山本は腰を上げようとしたが、せっかく来たのですから何かお手伝いでもあれば罪滅ぼしに致しますよ。と社交辞令のように添えた言葉に土岐承子が反応した。

 ゲ! と山本は踏まれた蛙のように奇声を発した。

「あら無理ならいいわよ」

 いえいえ頑張ると、何なりと手伝わせてもらいますとみんな立ち上がると。

「狭い所ですからそうねじゃあ仁科さんと衣川さんに奥の書庫の整理を頼んでもいいかしら」

 ホット肩を降ろした山本はよろしくと納得して三人は引き揚げて残った二人は書庫に案内された。小一時間ですませる量の整理を頼んで土岐承子は部屋を出た。

「あの人、何であたし達だけ残したの」

「気を配ったんでしょう」

「冗談じゃないわよそんな事される言われはあたしにはないけど仁科くんから頼んだの」

「滅相もないあれほどの品格を備えた人には何も言えませんよ。第一そんなことを頼めるほどまだ親しくはありませんから、それより古書を大事に扱ってくれそうなので指名したのでしょう」

「品格って、世間慣れしてないだけじゃないの、生まれは何処なのかしら? それよりも、そうね初対面でそんなところなんて判りっこないわね」

「そんなところって……」

「そんな所はそんな所よつべこべ言わずに言われた所だけ整理すればいいのよサッサとかたづけよ。山本が余計な事言いやがって」

「それより帰りはどうします」

「もちろん別々でしょう」

「昼でも暗い雑木林が続く小径ですよ」

 行きしはなみんなでワイワイと歩いたあの何もない鬱蒼とした道は一人では帰りたくなかった。

「解ったは途中まで送って頂戴」

 ハイハイと調子良く返事をしながら前回、薬草の話をしながら土岐承子が奇妙な事を言ったがあの人には普通で奇妙でないのかも知れないと思った。

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