スキマおじさん
その場所は、駅裏の雑居ビルが立ち並ぶ地域にある。
職場の忘年会で、しこたまビールを飲んだ私は、二次会には参加しないで、行きつけのスナックに行くことにした。せっかくの忘年会だというのに課長が、説教くさいことばかり言うので辟易していたのだ。
課長の文句をぐちぐち言いながら歩いていたら、突然尿意をもよおした。近くを見てもトイレはなし、まあ、誰も見ていないだろう、いや、よしんば文句を言う奴がいても、なにをこのくそ、こちとら天下のサラリーマン様だってんだ、こんちくしょとなもんで、立ちションベンをすることにした。ジョボジョボと威勢よく尿を出していたら、路地裏の方に人の気配がした。さっきまでの大きくなっていた心持ちは、尿の排出と反比例して小さくなってきていて、さすがに路上でおしっこをするのはまずかったかしらんという気持ちになった。早く終わらせようと思ったのだが、一度出始めたら、なかなか終わりというものが来る様子がなかった。
「ああ、別にあわてなくてもいいよ。ゆっくりとしていきなさい」
いつのまにか私の隣には、見知らぬおじさんが立っている。おじさんは、紺色の三つボタンのスーツを見にまとい、テカテカと光る革靴を履いていた。
「私は怪しいものではないんですよ。人は私のことを、スキマおじさんと呼んでいます」
「はあ、そうなんですか。いや、もしかして、おじさんの土地だったりしますか」
「いえいえ、私はこの近くに住んではいますが、ここは私の土地などではありませんし、そもそも住んでいる場所も私のものではないのですから、お気になさらないでください」
「お気になさらないでください」と言われると、余計に気になるものだ。
尿の排出が終わり、きちんと謝ろうと思って、辺りを見回したのだが、先ほどまで横に立っていたおじさんは姿を消していた。
あれから私は、あの雑居ビルの路地裏近くを通るときには、おじさんがいないか探している。しかし、会うことができない。多分二度と会うことはできないのだろう。別に会ったからと言って、どうしたいのだ。ただ魚の小骨が喉に引っかかっているみたいなのだ。きっとおじさんは私の心のスキマに棲みついてしまったのだ。
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