開場直前十分前 ~初心に戻りし乙女達~

熊坂藤茉

先へと進むその為に

 刻一刻と近付く幕開けに、自分の周囲もそわそわと落ち着きがない。運営側が何をやっているんだ、情けない。……そう一喝したいところではあるけれど、正直今日のコレに関しては無理もない話だ。

 この場は今や数を減らしつつある、個人主催の作品指定二次創作同人誌即売会――俗に言うオンリーイベントの会場内。そして会場内でざわめく彼ら彼女らは、サークルと荷物の最終チェックをしていたであろう昨夜というタイミングで、原作制作チームの解散が告知されたばかりの身の上なのだから。


* * *


 今から十二年程前の話だ。大学に入ったばかりの私は、ゲーム好きが高じてオタクサークルの一員となった。その頃に出会ったのが、今日開催のオンリーイベントの原作ゲームだ。

 面白かった。凄く、面白かったんだ。今までにない、それでいてどこか懐かしさを感じる、デジタルでアナログをやるような特徴的なシステム。現代伝奇的な、それでいて未来感のあるシナリオ運び。そして魅力的なキャラクターの立ち絵やイベントスチル。

「どうしてこんな素晴らしいゲームがメディアミックスされないのか」と思うくらい熱量に溢れていたし、ゲームに触れた二年後には自力で毎年即売会を開くようになる程に魅了される、本当に素晴らしい作品だったのだけど。


 ――そう、メディアミックスはされなかったのだ。


 続編は二年ごとにぽつぽつと作られていた。新作が出る度にユーザー登録をしてアンケートも送っていたし、そもそも私自身は複数購入もして買い支えていた。ファン活動だって、余所の大規模ジャンルと比べればずっとずっと小さいけれど、両手足の指の数以上のサークルは存在していて。


 それでも、『メディアミックスという知名度上昇の手段』は執られなかった。


 慈善事業でなく商売なのだから、採算が合わなかったり、スケジュールの関係や、そもそも特徴的すぎるシステムとシナリオをどういった形でメディアミックスするかという問題もあったのだろう。メディアミックス監修するより新作出したいとかもあったんだろうし。

 当時は地団駄を踏んで喚き散らしそうになっていたけれど、歳を取った今なら分かる。商売というのはかくもままならない物なのだ。納得出来るのかは別として。


 とはいえ、規模は小さくとも続編という形で新作はいくつか出ていたジャンルだった故に、私達は安心し切っていた。

 毎年の恒例行事。今年も最高のイベントにしようと、スタッフ総出で計画を練り上げた、そしてイベント前夜という、最も盛り上がるタイミング。


「いつも通りならそろそろ新作の告知が来る時期だよねー」

「イベント当日に被って発表されたらどうしようか?」

「前日までに告知来たらコピー本で新作予想ネタとか書きたいなー」


 なんて、スタッフ内でのんきに話しながら今日の支度をしていたというのに。


「ねえ、公式サイト見たら解散告知来てるんだけど!?」


 スタッフメンバーの一人が発したとんでもないその知らせに、全員の頭が真っ白になった。



* * *


 そこからはもう、上を下への大騒ぎ。幸か不幸か解散理由が明確に書かれていた事、今後のユーザーサポートに関してや、二次創作ガイドラインの変更点などにも触れられていた事で、ある程度の冷静さは取り戻すことが出来た。出来はしたけれども。


「そんな……資金難が理由とかならまだ私らにも寄付とかやりようがあったのに……」

「制作スタッフ複数名の身内の不幸に加えてシナリオライターと社長が闘病する関係で、制作チームにゲーム作る為の精神的余裕がないのが理由では、我々でもどうしようもない……」

「札束で殴っても病気が良くなるかは症状によるからね……身内の不幸は完全に何も出来ないし……」

「どうして……どうして……」


 ……そんなに冷静さは取り戻せていなかったかもしれない。ちなみに一番最後の呻き声が私だ。



* * *


 昨日の今日で、会場はじんわりとお通夜ムードと化している。サークル参加者だけでなく、スタッフ内にすら虚空を見つめそうになっている者が出る始末だ。流石にことがことなので、この暗い空気を責める気にはなれない。虚空を見ていたスタッフは、他の人に交代させて少し休ませることにしよう。アレじゃ指示出してもやらかしかねないし、そうなった場合に割を喰うのは参加してる皆さんなのだから、主催として看過は出来ない。


「しかしマジで胃が痛い……」

 それはそれとしてショックから来るストレスは否応無く私を苛んで来る。自分の身体なんだから自分に優しくして欲しい。割と切実に。

「わかりみしかねえわ……胃薬あるけど要る? アタシはもう飲んだ」

「ありがと、もらっとくね」

 指示を出し終えると、副主催から薬を受け取り、手持ちのミネラルウォーターでごくりと流し込む。気休めとはいえ、無いよりはマシだ。

「で、どうする? 次回開催」

「あー……」

 そうだ、それがあった。例年通りならイベント終了後間もない時期に次回日程と会場、開催規模について目処を付けていたのだ。それが今回の一件でサークル数の変動具合が全く読めない。寧ろ次回開催そのものについて話し合わなければならないレベルの事態が起きているのだ。

「どうしようねえ、実際」

「やりたい気持ちはあるけど、次が来年くらいだろう事を考えると、モチベーション保てるかの不安はあるのよね。アタシらも、参加者も」

 つらくしんどい現実だが、実際問題こればかりはどうしようもない。人間は移り気の激しい生き物で、三ヶ月ごとに“好き”のタワーを増築しまくっている人だっているのだ。一年先の状況なんて、読み切れるわけがない。

「はぁ~……まあ、次回の是非については反省会で改めて話し合いを――」


「あ、あの! 主催の方はいらっしゃいますでしょうか!」


 突如として掛けられた声に、一瞬何事かと思考が停止する。視線を向けると、そこにいたのは私よりも幾分――いや、一回り近く若そうなお嬢さんだった。 

「主催は私ですが、開場まで時間がありませんのでスペースにお戻り頂きたく――」

「あっ、す、すみません! でもどうしても伝えたいことがあって」

 そう口にする彼女のやや緊張した面持ちに、まさかの事態が脳裏をよぎる。

「搬入ミスか何かですか!? それとも不審物!?」

「ちちち違いますすみません! あの、ありがとうございます!」

「……はい?」

 突然の謝辞に頭が付いていかない。ちらりと視線を横に向ければ、副主催や他スタッフも首を傾げていた。私自身心当たりがないのだから、他の人ならそりゃそうなるよね。

「ええと、それは何に対しての……」

「あああああすみませんすみません! あの、ワタシ一般では何度か来てたんですけど、今回初めてサークル参加で……」

 事情を問えば、彼女が焦った様子で口を開く。若い子だなとは思ったけども、同人活動初心者なようだ。

「その、今日のイベント凄く楽しみにして本も三種類くらい用意したんです! でも、昨日公式であんな事があったから大分落ち込んで……」

 そう口にする彼女からは、悲壮感や哀愁は感じられない。一体どういう事だろう。

「だけど、会場に着いたら主催さんとか他のサークルの方が準備を頑張ってるのを見て――『こんなに沢山あの作品の“好き”を共有出来る人達がいるんだから、まだまだ全然頑張れるな!』って思えて来たんです。だから、そんな風に思えるイベントを開催してくれて、ありがとうございます!」

 きらきら眩しい笑顔のまま、ぺこりと彼女が頭を下げた。伝えたかったのはそれだけだからと、早歩きでスペースへと戻っていく。


「……あのさ」

「うん」

「来年、やるわ」


 初々しい彼女の、迷いを消し飛ばしていくような笑顔に魅せられた。


 そうだ、私達は“好き”を伝えたくて――色々な“好き”に触れたくて、その想いを紙とインクに託している。形を成した想いを近しい“好き”の持ち主に見て欲しくて、こうして居場所を作っていた――それを、思い出した。


「いいんじゃない? 主催権限で決めちゃうのもさ。今の見てたスタッフ全員、意見は一緒でしょ」

 にま、と笑う副主催に、周囲のスタッフが首を縦に振る。よかった、これなら次回も安泰だ。

「さ、そろそろ開場時刻だ。主催は開始の合図をお願いね」

 マイクと一緒にウインクを寄越す副主催に、ひらりと手を振って返事をする。


「――落ち込む事も、泣きたい事もあるかと思います。けど今この時は、ここにいる理由を、自分達の“好き”を、思い出してみて下さい」

 用意してた挨拶メモは無視して、言葉を紡ぐ。今日だからこそ伝えたい、一番の想いを口にした。

「年に一度のオンリーイベント! 景気よく、全力で“好き”を伝えまくりましょう! トチ狂った布教手段は、このジャンルの十八番オハコだ!」

 我ながら酷い言い草だけど、この場の淀みを掻き消す為には、これくらいの勢いが丁度いい。


「第十回オンリーイベント、始まるぞ!!!」


 開幕の合図と共に、拍手と歓声が会場を満たしていく。重かった空気も随分と吹き飛ばせたようだ。視界の隅に映った先程来た彼女は、涙ぐみながら手を鳴らしている。……ありがとう。貴方の御蔭で、私は――私達は元気になれた。



 ――さあ、最高のお祭りを! 私達の“好き”を伝えてやろう!

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