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祥之るう子

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 私は、タブレットの表面にペンを走らせている。

 使っているのは無料のイラストアプリ。プロやすごく上手な大人の人たちが使ってる、月額有料のアプリは、もっとすごいんだろうけど、でも、今の私にはこれでも十分だ。

 ノートにシャーペンでらくがきしてたころより、すぐに描けるし、簡単に色がぬれるし、楽しい。

 最初はなかなか慣れなかったけど、せっかくクリスマスに、絶対に勉強するって約束して買ってもらったタブレットとペンなんだって、毎日あきらめないで描きつづけた。


 ふと、部屋のドアが開く音がした。

 妹が帰って来た。


 妹は私が机でタブレットでイラストを描いているのに気付いたようで、何も言わずに、自分の机の方へ行った。

 私たち姉妹は、一才ちがいで私が高一。あの子が中三。

 私たち二人の子供部屋は、真ん中に二段ベッドがあって、それが仕切り代わり。

 ベッドはカーテンがついているから、閉めてしまえば、向こう側はほとんど見えない。


 妹がカバンを放り投げて着替えを始める音がする。

 私は手元においてあったイヤフォンをタブレットにつなぐと、音楽アプリを立ち上げて音楽をかけた。

 少し大きめの音量で。


 もうすぐ妹は練習を始める。

 すぐにこの、イラストのイメージとはちがう音楽が流れ出しちゃう。

 それじゃあ集中できなくなっちゃう。


 かけるのは、ロールプレイングゲームのサウンドトラック。

 フルオーケストラのテーマ曲と、ロックテイストの戦闘シーンの音楽。


 私が今、必死になって描いているのは、SNSで見つけた「企画」に参加するためのイラスト。

 誰かがデザインした世界観にそって、ある程度のルールを守ってキャラクターを自分で作って、その企画された世界の中で自分のキャラクターを使って他の参加者たちと交流する。そういう、イラストの交流企画。

 ずっと前から参加してみたかったけど、紙にシャーペンで描いた絵をスマホのカメラで撮ったのじゃ、はずかしくってとても参加できなかった。


 タブレットを手に入れて、高校に受かったら、絶対参加するって決めてた。

 今回が初参加。

 しかも、今回参加するのは、ちょっとした競争がある企画。

 二つの勢力が争っている世界観で、自分はどちらの勢力に参加するか決める。そして自分の勢力の名前のタグを付けてイラストをSNSにアップする。

 期間内でより多くの「いいね」を集めた勢力が勝利となるという、ゲーム性のある企画になっている。

 この企画は毎年一回、行われていて、ずっとずっと、あこがれていた。参加したいって思いながら、ずっと見てきた。


 だからこそ今年は絶対参加する。

 そう決めたのに。

 ぜんぜん描けない。

 出来上がっても、納得がいかない。

 ああでもない、こうでもないって苦しんでいるうちに、参加エントリーの期限が、もう明日に迫ってしまった。

 そして私は、学校から帰るなりこうしてタブレットにしがみついているわけだ。

 ときどきSNSを見ては、企画のタグで検索して、人気のイラストを見て、わくわくしながら、同時にちょっと自信もなくしながら、それでも、自分もここに参加するんだ! って強い気持ちを取り戻して、またタブレットに向かう。


 描くぞ! 

 いいね、一個でももらうんだ!

 イラスト仲間も増やすんだ!

 もっと、もっともっと、上手になるんだ!


 ――ドン!


 大きな音がした。

 ちょっとおどろいたけど、気にしない。

 妹が練習を始めたんだ。

 いつものことだ。

 妹は、家でイラストばかり描いている私とはちがって、とにかくアクティブだ。

 小学生の頃からずっとやってるダンス。

 ううん、ダンスじゃないんだっけ。

 ヨサコイ? ヤートセ?

 よくわかんないけど、和風の衣装で、鳴子っていうのをもってみんなでおどるやつ。

 大きな旗ふりまわす人とかもいて、見に行くとすごくかっこいいんだよね。

 小さい頃からやってるだけあって、妹はチームのセンターでおどってる。

 本気で打ち込んでるもんね。

 受験生なんだけど、高校も、自分の実力なら余裕なところ選んで、勉強もそこそこにヨサコイに夢中になってる。


 私はいつもいつも、カメラをかまえるお父さんといっしょに、お祭りやコンクールで観客席から妹を見ていた。

 あざやかな衣装で、くるくる回って、りりしい鳴子の音がひびいて。

 とっても素敵だった。

 踊ってる子たちは、みんなみんな、楽しそうだった。



 ――祭りは、見てるよりも、演者側やってるほうが、楽しいに決まってるよな。



 お父さんがぽつりと言った言葉は、私の胸につきささった。


 私も「演者側」になりたくなった。


 私も、いいなあ上手だなあ、楽しそうだなあって見てるより、参加して、見られる側になりたかった。


 そして、どうせ見られるなら、少しでも、少しでも、上手に、かっこよく、美しく。見る人を、わくわくさせたい。

 私がそうだったみたいに、参加したくなるくらいに、心奪われるくらいに、わくわくさせたい。


 だから、私は描く。

 ずうっと見てるだけだった私が、今度こそ演者になるんだ。


 私のペンがタブレットの上を走る。

 妹の足が、床を蹴る。

 消して、もう一度描いて。

 鳴子が響く。

 影をのせて、ぼかすか、ぼかさないか、悩みながら、やり直しながら。

 鏡の前で、姿勢を正しながら。

 全体を見て、ハイライトをくわえて。

 腕をのばして、まっすぐ前を見つめて。



 さあ、祭の舞台へ!

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