いつかの3人

しゅりぐるま

いつかの3人

 僕の双子の弟であるあおは、昔から活発でやんちゃな男の子だった。だから僕は思ってもみなかったんだ。青が僕らのことをずっと気にしてくれていただなんて――。



みどり、今日、あかねのところの文化祭行くだろ?」

 青が朝ごはんを食べながら話しかけてきた。パンをかじりながら話しだしたのがよくなかったのだろう。盛大にむせている。


「うん、行くつもり。青も行くんだろ?」水を渡しながら答えると、意外な返事が返ってきた。

「俺はパス! 友達と約束があるんだ」

「え、困るよ……」僕一人で女子校に行けっていうのか。


「俺、行けないし。緑、行ってきてくれよ。茜に謝っといて」

 そう言うやいなや、青はカバンを持って家を出て行った。置いてけぼりの僕は、口では「困る」と言いながら、舞い上がるような気持ちを抑えきれずにいた。「茜ちゃんと2人で文化祭か……」


 僕らの幼なじみの茜ちゃんは、公園をはさんだ向こう側に住んでいる。同い年だった僕らは、物心がついた頃には毎日のように一緒に遊んでいた。青と違って引っ込み思案な僕には、女の子の友達は茜ちゃんしかいなくて、そんな僕が彼女を好きになることは、ごく自然なことだった。



「緑くん!」

 所在なく校門でうつむいていた僕は、君の声でやっと顔を上げることができた。

「茜ちゃん。……今日もかわいいね」

「ふふふ、緑くんってばそればっかり! あれ、青は?」

「別の約束があるみたい。ごめんって言ってたよ」

「……そう。じゃあ今日は2人だね! 案内するよ、緑くん」


 君は僕の手をとっていろいろな所へ連れて行ってくれた。君が普段勉強している教室、交代でやっているたこ焼き屋さん、一番人気のお化け屋敷にハンドマッサージのお店。行く先々で僕のことを聞かれて君は「幼なじみの緑くんだよ」と答えていた。君の友達は大概、「ああ、よく話してる双子の!」と返してくれて、僕はとても嬉しい気持ちになったんだ。1人でも来てよかった。最高の文化祭だ。


 日も暮れて僕が帰ろうとすると、君は一緒に帰ろうと言ってくれた。校門横の木の下で1人、君を待っている時、告白するなら今しかないという気持ちになってきた。だって3人仲良しの僕たちが2人でいる日なんて、今日くらいしかないんじゃないか……。でも、それで3人で遊ぶこともできなくなったら……。うじうじと悩み、うつむく僕の視界に、女の子のローファーが入ってきた。茜ちゃんだ。


「お待たせ、緑くん。ずっと好きだったの。私と付き合って」


「え?」あまりに自然で、あまりに唐突な告白に、僕は驚いて聞き返してしまった。

「もう! もう一度言わせる気?」

「あ……、僕も……、ずっと好きでした」

 赤く色づいた紅葉もみじが、僕らの頭上でカサカサと優しい音を立てた。


 それから、2人無言で手をつないで帰った。青に話したいことがたくさんあった。


 いつもの公園に着くと、ブランコに青が座っていた。

「お二人ふたりさん、仲がいいね!」

 青がニヤニヤ笑いながら冷やかしてくる。

「うまく行ったみたいだな、茜! な? 言ったとおりだっただろう?」

 声の出ない僕らに代わって、青がどんどんネタバラシをしてくる。隣に立つ君の頬は真っ赤だ。

「あーおーーーっ!」

「やべっ!」

 逃げる青。青を追う君。立ち尽くす僕。3人とも笑顔が弾けていた。幸せだった。


 これが、僕の生涯で最高の日。僕はこの3年後に命を落とすことになるけれど。その話は、また次回。

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