第18話「武器鍛治師令嬢」
「今日も護衛依頼を出してるの?」
翌朝、〈火竜の唄〉から白亜の塔へとやって来たカリュとルカの二人は、塔の壁に寄りかかってぼんやりと往来を眺めているルースを見つけた。
ルカが声を掛けると、彼女は飛び上がるように振り向いて、慌てて挨拶の言葉を向けた。
「おはようございます。昨日は結局、眠り猪の自発覚醒が見られなかったので」
「ごめんなさい。ボクらがもっと上手く敵を捌いていれば……」
悪気がないとは分かりながらも、何気なく流れで放たれた言葉を受けて、カリュがしょぼんと耳と尻尾を垂らす。
そんな反応に、ルースはあわあわと汗を吹き出して手を振った。
「そ、そんな。お二人にはとても感謝してるんです。それで、その……できれば今日もお二人に護衛を依頼したいと思っているんですが……」
そう言ってルースはおずおずと大きなショルダーバッグから折りたたまれた紙を取り出して二人に渡す。
カリュが不思議がりながらも受け取り、広げる。それをルカも横から覗き込んだ。
「第三階層、眠り猪の観察……。し、指名依頼!?」
紙面を読み上げたカリュが思わず口を大きく開いて驚く。
彼女の反応を、ルカはこてんと首を傾げながら見ていた。
「指名依頼?」
「依頼者が、受注者を指名する依頼のことだよ。沢山の探索者に向けたものじゃなくて、ピンポイントに『ボク達に依頼を受けてもらいたい』って言ってくれてるってこと」
「そ、そんな制度があったの。ルカ、知らなかったよ」
「指名依頼が来るのは大抵もっと実力のある有名な探索者だからね。ボクもびっくりだよ。いや、探索者としては知らないっていうのもどうかと思うんだけど」
本当にいいの、とカリュは視線をルースに向ける。
彼女は少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、俯きがちに頷いた。
「お二人のことは昨日の件でよく知れましたので。できれば同じ方に続けて引き受けて貰えた方が、自分は安心です」
その実直な言葉は、カリュとルカの胸を一直線に貫いた。
自身の仕事ぶりがこうも素直に評価され、実際に指名依頼という形で返ってくるのは純粋に嬉しいことだった。
だからこそ、二人の中で返答の言葉は決まっていた。
カリュとルカは互いに目配せし合い、頷く。
「こちらこそ、今日もよろしくお願いします」
二人の揃った声を聞いて、ルースもふっと肩の緊張を解いたのだった。
「とはいえ……」
「ごめんねルース。今朝はちょっと、すぐに迷宮に潜るわけには行かなくて……」
快諾したその直後、二人は眉を八の字にしてルースに謝罪する。
きょとんとする彼女を前に、カリュが言う。
「実はこの後、二軒ほどお店に寄ろうと思ってるんだよ。だから、ルースは少し待たせちゃうんだけど」
「そ、そうですか……」
もしや断られるのでは、と危惧していたルースは密かに胸をなで下ろす。
そして彼女は気を取り直し、顔を上げ、おずおずと申し出た。
「あの、良ければ自分もお二人に付いていってもいいでしょうか? あの、もし問題が無ければ、という話ではあるんですが」
「ルカはいいよ。行くのはダスキン工房と影猫堂だし」
「ボクも大丈夫。というより、実はルースにはそのうち影猫堂は案内したかったんだ」
二つ返事でルースの同行が決まる。
さらりと決定し、逆に彼女の方が困惑気味なほどだった。
「ほ、ほんとにいいんですか?」
「うんうん。ずっと待たせるのも悪いし、それならルカたちに付いてきた方が退屈しないと思うよ」
「それに、影猫堂のクッキーとハーブティはとっても美味しいんだよ」
恐縮して小さくなるルースの左右に位置取り、ルカとカリュが耳元で囁く。
ルースは先ほどとは比べものにならないほどに顔を真っ赤に染め上げ、あうあうと口を動かしていた。
†
「お、来たなお嬢ちゃん待ってたぜ」
早速〈ダスキン工房〉へとやってきたカリュ達一行を出迎えたのは、相も変わらず筋骨隆々な偉丈夫ディントスだった。
「ちょっと待ってな。今テナを呼んでくるから」
そう言ってディントスは工房の奥へと下がる。
彼の姿が見えなくなってから、ルースは止まっていた呼吸を再開した。
「ぷはっ。やっぱり、巨人族の方は迫力がありますね」
こわごわと漏らされたその言葉に、カリュが首を傾げる。
「ディントスさんは巨人族じゃないよ?」
「え? 違うんですか?」
「確かに大柄だけどね。れっきとした人間族だよ」
「そ、そうだったんですか……。とても失礼なことをしてしまいました」
しょんぼりと肩を落とすルース。
とはいえ彼女の反応もしかたない。ディントスは人間族とはいえ小柄な巨人族にも匹敵するほどの体格だ。
日夜戦闘に明け暮れる戦士職の探索者とも競り合えるだろう。
「ま、ディントスさんがあんなに鍛えてるのはテナさんに負けてられないって気持ちもあると思うけど」
カリュの何気ない言葉にルースが驚く。
「テナさんは妹さんでしたよね。ディントスさんが対抗心を燃やすっていうのは……」
「ディントスさん、テナさんに力で勝ったことないんだよ」
それを聞いて彼女は信じられないと目を見開いた。
「あんな岩みたいな方が勝てない妹さんですか……」
「あはは。それはまあ種族差だからしかたないよね」
「種族差? あれ、ご兄妹なのでは……」
ルースが困惑する。
丁度その時、店の奥からディントスが現れた。
「おまたせ。連れてきたぜ」
「カリュ! おはようございますっ」
大きな青年の影から凜とした涼やかな声が工房内に響く。
三人が声のする方へと視線を向けると、そこには金髪碧眼の可愛らしい少女がいた。
「おはよう、テナ。久しぶり」
少女に向かってカリュがにこやかに手を振る。
それを見て、ルカとルースの二人はぽかんと口を開けていた。
つなぎの上半身を脱ぎ、白いタンクトップだけというラフな服装で、雪のように真っ白な肌にじんわりと汗をにじませている。
背は三人の中で最も低いルカよりも低く、年若いというよりも幼いという表現の方がよく似合う。
とてもではないが、彼女が〈ダスキン工房〉の武器鍛冶を担当しているようには見えなかった。
「ねえカリュ、ほんとにあの子がカリュの剣を打った子?」
「ディントスさんが敵わないほどの力を持っているようにはどうしても思えないですね……」
思わずカリュの背後に下がった二人が囁く。
そんな彼女たちの反応も予想できていたカリュは、可笑しそうに眉を下げて頷いた。
「正真正銘、あの子がボクの剣を作ってくれた武器鍛冶師のテナだよ」
「ふふ。後ろのお二人は初めましてですね。わたくしはテナと申します。カリュの言うとおり、この工房で武器鍛冶師をしていますわ」
淑やかに口元を手で隠し、テナは微笑む。
それを見てルカとルースの二人は慌てて居住まいを正してそれぞれの名前を告げた。
「ルカさんとルースさん、ですか。以後よろしくお願いします」
「ルカの事はルカでいいよ。カリュも呼び捨てみたいだし」
「自分もそちらでお願いします」
ルカがむず痒そうに言い、ルースもそれに続く。
そうですか、とテナは頷くと、先ほどよりも幾分か砕けた笑顔を見せた。
「それで、兄がなぜわたくしに対抗心を燃やしているか、でしたわね」
「ぐ、聞こえてたんだ……」
「ふふ。とても賑やかでしたから」
ばつの悪そうなルカにテナが目を細める。
彼女はちらりと兄の方へと視線を向け、彼が頷くのを見てから口を開いた。
「実は、ディントスは人間族ですが、わたくしはドワーフと人間のハーフなのです」
「ドワーフと? えっと、それは……?」
突然のカミングアウトに困惑するルカ。
彼女の反応に気を悪くした様子もなく、テナは続ける。
「というのも、わたくしは先代工房長だったドワーフの父の実子なのです。兄は孤児院出身の義理の兄なのですよ」
「青草通りにある小さな教会だよ。十一の時にこの工房に弟子入りして、そのまま養って貰ってたんだ」
「そうだったんですか……」
ディントス本人からもそう言われ、ルカとルースも納得して頷く。
テナがドワーフの血を引いているというのならば、小さな外見に似合わない力というのにも納得ができる。ドワーフ族は小人族に次いで小柄な種族であるが、その膂力は巨人族にも匹敵するのだ。
「特に隠すようなことでもありませんし、皆様最初は同じような反応をされるのでむしろ面白いですよ」
くすくすと笑いながらテナが言う。
そして彼女は一度こほんと咳をして、表情を変えた。
「では、雑談もこのあたりにして。そろそろ本題に入りましょうか」
そう言って、彼女はつなぎのポケットから折りたたんだ紙を取り出した。
カウンターの天板に広げられた設計図を、カリュたちは頭を突きあわせて覗き込む。
薄く鉛筆で描かれているのは、二振りの細い剣。|舞闘〈サラダ〉のためだけに設計された、薄刃の双剣だ。
「材料は魔鉄鋼を想定していましたが、通常の刀剣の三分の一程度の厚さまで削ることを目標にしていますので、しなやかな魔鉄のほうがよいかと。そのぶん強度は落ちますが。代わりに刃に沿うようにして魔鉄鋼を一部分にだけ用いるようにしています」
「大丈夫。ボクもそれなりに成長してると思うから、それくらいなら十分扱えると思うよ」
テナの言葉に、カリュは自信を込めて頷く。
基本的には魔鉄よりもより純度を高めて精錬した魔鉄鋼の方が硬く鋭い刃を作ることに適しているために好まれる。しかしカリュのような舞闘士に求められる方向性とは若干異なっていた。
細く薄く、極限まで抵抗を減らすために刀身を削る舞闘士向けの刀剣ならば、魔鉄の方が適しているとテナは判断した。
「本当はもっと面白い機構を内蔵してみたいとも思うのですが、薄い剣にはなかなか空洞も作れなくて」
眉を八の字に寄せてテナが息をはく。
繊細で緻密な細工も得意とするドワーフとしての血が騒ぐのか、彼女はそういった機械の製造を趣味としていた。
「バネ式の刺突ナイフとか面白いものも作ってたね」
「あれは斥候系の探索者さんにいくつか買って貰えましたわ。結局精度がまだまだ心許なくて継続購入はありませんでしたが」
今も改良版の構造を練っていますの、とテナが言う。
「テナもノアと同じ雰囲気があるね」
傍で見ていたルカがぽつりと零す。
カリュも耳を立ててそれに頷いた。
「たしかに。職人気質っていうのかな。凝り性で、ずっと工房に籠もってそう」
「そんな、わたくしは……」
「昨日は一日中工房から出てこなかったろ」
テナが反論しようと口を開き掛けると、ディントスがおかしそうに言った。
やっぱり、とカリュたちが目を細める前で、テナは白い頬を赤く染めた。
「うぅ、酷いですよ兄さん」
「飯作っても、いくら呼んでも出てこないお前が悪い」
「だって、鉄を打ってると五月蠅くて何も聞こえないんですよ」
「静かに作業してても聞いてないだろうが……」
唇をとがらせる妹に、兄は少し口元を緩めながらもつきかえす。喧嘩しながらも仲の睦まじい二人の様子を眺めて、三人はほっこりと胸のうちを暖めた。
「とりあえず、この図面の通りに作って貰うとどれくらいかかりますか?」
とはいえ見守っているとどこまでも続きそうな兄妹漫才を聞き続けている訳にもいかず、半ば強引にカリュが話を戻す。
兄妹ははっと正気に戻ると、行き場のない羞恥心に曖昧な笑みを浮かべた。
「代金は、材料も全てこちら持ちなら銀貨五十枚くらいかと」
「ぐぅ、結構するね……」
「材料持ち込みなら銀貨三十枚ですよ」
それでも、昨日ルカが購入した〈
特殊な製法となるため、技術料もそれなりに掛かる。量産品の何の変哲も無いただの双剣なら、一組で銀貨二十枚程度で収まるはずだった。
「そうだ。何か迷宮で面白い素材を見つけてくださったらもっと値引きしますよ」
「それは昨日ディントスさんにも聞いたよ」
碧眼をキラキラと輝かせ、テナが言う。
知的好奇心が旺盛な彼女は、常に新しい技術を求めている。様々な技法書を読みあさり、町に流れの鍛冶師や技術者がやって来たと聞けば飛んでいく。
ドワーフの血が流れているとしても、彼女の活発さは人一倍際立っていた。
「それでね、実はこの後テナも一緒に連れて行きたい場所があるんだ」
「ほえ? こ、こほんっ。連れて行きたい場所ですか」
カリュの唐突な申し出に思わず呆けるテナ。
彼女は取り繕う様に咳払いした後、何食わぬ顔で聞き返した。
それを見なかったことにして、カリュは続きを話す。
「うん。影猫堂って言う白草通りに新しくできたお店なんだけど」
「影猫……。申し訳ありませんが、存じませんわ」
「最近、というか数日前にできたばっかりだしね。仕方ないよ」
どういったお店なのでしょうか、とテナが問う。
カリュはゆらゆらと柔らかな尻尾を揺らし、口元に笑みを湛える。
「美味しいクッキーとハーブティーの出るお店。だけど本当は、面白い魔導具を作ってるお店なんだ」
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