第17話「ダスキン工房」

「ほんとにいいの? 魔法買っちゃったし、あんまり余裕ないんじゃ」


 ルカに手を引かれながら、カリュは心配そうに眉を寄せる。

 駆け出し探索者である二人の懐は、お世辞にも潤沢とは言えない。それどころか、先ほどルカの新しい魔法を購入したことによってより一層の倹約が必要になったところだ。

 しかし困惑するカリュのほうを振り向いて、ルカは白い歯を見せる。


「大丈夫! ルカだってコツコツ貯金してきたんだから。それに、いい道具を揃えてバンバン稼いで取り戻す方が効率良いでしょ?」


 せんこー投資ってやつよ! とルカは高らかに言う。

 その言葉の意味を理解しているのか首を傾げつつも、こうも自信満々に言い切ってしまわれるとカリュもなんだかそのような気がしてきた。


「ちょ、ちょっとだけ見に行こうかな……。あんまり高かったら見送るけど」


 そう言って、カリュはルカの隣まで駆け寄る。

 二人仲良く並んで白草通りを歩き、やって来たのは無骨な石造りの鍛冶工房だった。

 現在も奥の作業場で製作が行われているのか、カンコンと小気味良い音が響き太い煙突から黒煙がもうもうと吹き上がっている。


「その剣はここで作って貰ったんだよね?」

「うん。ダスキン工房でね」


 言いながら、カリュは背負っていた剣を一振り鞘から引き抜く。

 鍔のすぐ上に水晶花と呼ばれる六つの花弁の花とハンマーを象った印が掘られている。この印がダスキン工房の商品である証だった。


「やっぱり同じ所で作って貰った方がいいんだよね?」


 近接職ではないためそのあたりに詳しくないルカが尋ねる。


「うん。剣の摩耗具合から癖とかも見てくれるし。それに、ボクの剣を作ってくれるのは、この町だとここだけだから」


 ぴょこんと耳を立て、カリュが言う。

 一年間、自身の命を預けてきた武器だ。次の武器へと買い換えるときも、その信頼は大事な理由になる。

 そうして、二人は店内へと足を踏み入れる。

 途端に店の奥から迫る熱気が体を包み込み、すぐさまじんわりと汗がにじみ始めた。


「うぐ、暑い……」

「こればっかりはしかたないよ」


 細長い耳をへにょりと曲げてルカが萎える。

 少々毛深い分カリュの方が体感温度は高そうだったが、エルフは繊細な者が多いということだろう。


「らっしゃい! っと舞闘士バトルダンサーのお嬢ちゃんじゃないか」


 入ってきた二人に店の奥のカウンターから空気を震わせるような声が掛けられる。

 二人が見上げると、大柄で筋肉質な青年が立っていた。


「ディントスさん。お久しぶりです。あの、テナさんは?」

「おう! テナは奥で作業してて手が離せない。要件は俺が聞こう」


 ディントスと呼ばれた大男は爽やかな笑顔を二人に向ける。

 カリュが新しい双剣を見たいと伝えると、彼は嬉しそうに頷いてカウンターから出てきた。


「そうかそうか。もう買い換える必要性が出てきたんだな。新しい階層に行くのか?」

「えっと、四階層に挑戦したんですけど、死にかけちゃって」

「なんだって!? 四階層といえば聖騎士の亡霊ファントム・パラディンだな。あいつは魔法が効かないし、お嬢ちゃんだけが頼りになるもんな」


 流石はこの町で長く続く工房の鍛冶職人だけあって、ディントスはすぐに彼女たちに立ちはだかる壁を言い当てた。


「とはいえ、舞闘士用の双剣はちょっと形状が特殊だからな。作るなら今回もオーダーメイドになるぞ」

「はい。分かってます」


 そう言いながらも、カリュはしょんぼりと耳を寝かせる。

 彼女の職業である舞闘士バトルダンサーは、舞闘サラダと呼ばれる特殊な武術を用いる。素早い動きで敵を翻弄しつつ迅速に撃破することに特化していて、一撃の重さよりも手数を重視する。

 そのこともあって大多数の舞闘士は両手に短刀や短剣などの小型で軽量な武器を持つ二刀流のスタイルを取っていた。


「ただの二刀流なら、普通の双剣がいくらでもあるんだがな」


 そういうディントスの視線は壁に掛けられたいくつもの武器へ向けられた

 オーダーメイドは費用が高く付くため、カリュくらいの駆け出しの探索者は平均的な性能の量産品を購入するのが普通だ。


「カリュの双剣は、普通の双剣とどう違うの?」


 よく分かっていない様子のルカが首を傾げる。

 彼女の目には、カリュの背負う双剣も工房の壁に掛かる双剣も同じようなものにしか見えなかった。


「舞闘士の使う剣は、刃がとっても薄いの。普通の剣の半分もないんだよ」


 背中の剣を引き抜き、壁の剣と比べながらカリュが言う。

 並べて横から見てみれば、確かにカリュの剣の方が圧倒的に薄い刀身をしていた。


「舞闘士は速度が命。軽傷も十重ねたら致命傷。それにボクらはかなり剣と体を密着させるから、余計にね」

「こんなに薄い刀身、なかなか作らないからな。普通に作るとすぐに折れちまう」

「へぇ。全然知らなかった。それで、その剣を打ってくれたのがディントスさんなのね」


 目を丸くするルカの言葉を聞いて、カリュとディントスは少し眉を下げて首を振った。


「いんや。俺は防具専門だ。嬢ちゃんの剣を打ったのは、妹のテナだよ」

「え、ええ!? そうだったの、ごめんなさい」

「謝ることないさ。初めて会う人には大体勘違いされるからな」


 きゅっと肩を縮めるルカを見て、ディントスは困ったような笑みを浮かべて首を振った。

 巨人族かと見紛うほどに体格に恵まれた彼は、その実繊細な仕事を得意としている。そのギャップに驚く者は多いらしく、彼も慣れているようだった。


「テナさんは凄く腕の良い武器鍛冶師なんだよ。ボクの注文も丁寧に聞いてくれて、こんなにいい剣を作ってくれて」


 カリュがハーナライナへとやって来てすぐにやったことは、舞闘士用の薄刃の双剣を請け負ってくれる鍛冶師を探すところからだった。

 しかしどこへ言っても要望を伝えると首を振られ、ようやく見つけたのがこのダスキン工房をディストンと共に営む妹のテナだったのだ。


「それで、今回はどんな注文なんだ?」

「ええっと、材質は魔鉄鋼以上がいいんですけど、お金もあんまりなくて……」


 どんと構えるディントスに、カリュはいくつかの要望を指を折りながら伝える。

 条件を重ねるごとに、鍛冶師の表情はだんだんと曇っていった。


「それはまた、なかなか難しい注文だな……」

「す、済みません……」


 額に手を当て天を仰ぐディントスに、カリュは二回りほど小さくなってぺこぺこと頭を下げる。

 しかしこの町でカリュの要望に沿った剣を打ってくれるのはここだけだ。そういう意味では、ダスキン工房なしにカリュ達の探索者生活は送れないと言っても過言ではない。


「――よし、一晩考えさせてくれ。明日までにはテナが設計を纏めて見積もりも出すはずだ」

「ありがとうございます!」


 ディントスは絞り出すように言う。

 カリュはピンと耳を立て、瑠璃色の目を輝かせる。

 彼女の素直な反応にディントスは頭を掻き、明るい笑みを浮かべた。


「ああ、そうだ」


 工房を出ようとする二人に、ディントスは思い出したように声を掛ける。

 振り向いて首を傾げるカリュに、彼は言った。


「もし迷宮で面白い素材を見つけてきたら言ってくれ。それで剣が作れたら、多少は原価も抑えられるから、安くできるぜ。それに、テナも最近新鮮味がないってぼやいてたからな」

「ほんとですか!? 分かりました、探してみます!」


 彼の提案に、カリュは尻尾を振って喜ぶ。

 実際の所ディントスの言うような面白い素材が〈翡翠の奈落〉の低層で見つかることはそうないだろうが、夢は広がる。

 カリュはディントスに丁重に頭を下げて、今度こそダスキン工房をあとにした。


「カリュ、ほんとに面白い素材があると思う?」


 帰り際、ルカが顔を寄せて尋ねる。


「あんまり。〈翡翠の奈落〉はもうずっと昔に踏破されてるしね」


 カリュはふんわりと残念そうな笑みを浮かべ、明け透けもなく言い放つ。

 未知の素材というものはロマンに溢れた魅力的なものだが、この町の迷宮では望み薄だ。


「でも、夢を追い求めないと探索者じゃないからね。お金もまた貯めないといけないし、明日も元気に稼がないと!」


 ぎゅっと拳を握りしめ、カリュは高らかに言う。

 ルカもはっとしてそれに続く。

 夕暮れの白草通りを、二人は大股で歩いて行った。

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