第10話「机上の空論」

 一時間以上にも及ぶ長い討議の末、新作魔導具の名前は〈ピカっと君〉改め〈眩惑の閃玉〉となった。

 テーブルの上には〈光るんるん一号〉、〈ばちっとぱちっと〉、〈閃光の首飾り〉、〈光だけ花火〉、〈こけおどしネックレス〉などと書かれたメモ用紙が散乱し、議論の白熱具合をありありと示していた。

 ノアとルカは不満げだったが、しぶしぶといった様子で頷く。


「今回はカリュさんがいたおかげで随分早く決まりました」

「ええ……。いつもは一体……」


 カリュはリツの言葉に戦慄を覚えた。


「そうだ。カリュとルカの二人にちょっと頼みがあるんだけど」

「うん? なにかな」


 名残惜しそうな視線をメモ用紙に送っていたノアが、唐突に二人へ呼びかけた。


「もし、探索の時とかに魔導具のアイディアを思いついたら、わたしに教えてくれないかな?」

「魔導具のアイディア?」

「うん。探索の中のちょっとした不便な事とか、そういったものがあったら教えてほしいんだ。そういうところから画期的な魔導具の構想が生まれたりするの」

「別にいいわよ。ね?」

「うん。できるだけ考えとくよー」


 快く依頼を引き受ける二人に、ノアは飛びあがって喜んだ。

 彼女の長い白銀の髪がふわりと宙を舞う。

 探索者ではなく、また迷宮へ潜れるほどの力も持たない彼女では、どうしても魔導具を必要とされる現場での発想というものができない。

 それ故、ノアはカリュ達にそんな依頼をしたのだ。


「ありがとう! 助かるよー」

「ふふ。ボクたちだってこんなにいい魔導具売ってもらったしね」

「そーそー。持ちつ持たれつってヤツだよ!」

「それじゃあ私たち、そろそろ迷宮に行ってくるね」

「え、あ。もうそんな時間か――」


 カリュが立ち上がると、ルカは慌てて胸元の金時計を見る。

 気が付けば時間も過ぎて、そろそろ二人は迷宮に向かわなければならない時刻になっていた。


「それじゃあねー」

「うん。気を付けてね」

「いってらっしゃいませ」


 当初と比べればかなり打ち解けた様子のノアと、その隣に静かにたたずむリツに見送られ、二人は〈影猫堂〉を出る。

 白草通りを歩きながら、カリュたちはどちらともなく魔導具について語り合う。


「ボクはやっぱり、ランタンがほしいかなぁ」

「松明とかじゃだめなの?」


 首をかしげるルカに、カリュは胸元のネックレスを持ちあげる。


「これみたいに首に提げたり、あとはベルトに提げたりして両手が空くようにしたいのよね」


 その言葉で納得したらしく、ルカが何回か頷いた。


「そだねぇ。でも永続ランプはなかなかいいお値段するよね……」


 永続ランプというのは、あまり珍しくない魔導具店ならば必ず置いてあるようなものの一つである。

 巨大で純度の高い魔石を用いたランプであり、燃料などを必要とせずに光り続ける。

 一度起動してしまえば数十年は光り続けるものもあり、貴族の屋敷の装飾照明などにも利用されている。


「そこまで高性能じゃなくてもいいのよ。それこそ翡翠石を使ってね」

「翡翠石だとけっこう頻繁に交換しないといけないんじゃない?」

「そうかなぁ」


 難しい顔で思索にふけるカリュに、今度はルカが思う魔導具の案を並べた。


「ルカは千里の導針みたいなのが欲しいな!」

「千里の導針って、一定の範囲内でいちばん魔力の高い物を指し続ける針のことだよね」

「そうそう。二つで一組にして、お互いの方向を指し合うような魔導具って作れないのかな?」

「ああ。それがあればはぐれても安心だね」

「カリュが迷子になってもすぐ見つけてあげられるよ」

「迷子になってるのはルカでしょう?」


 肩をすくめながら、カリュは思いついた案をすらすらとメモ帳に書き留める。

 魔獣革のカバーの付いた丈夫な手帳である。

 複雑な迷宮の内部を歩く探索者にとっては、必須といってもよいアイテムの一つだった。


「あ、インクの切れないペンとか!」

「おーいいねぇ、ほしいねぇ」


 考えてみると、短時間でも案外でるものである。

 少し楽しくなってきた二人は歩きながら、次々にアイディアを出していく。


「水の尽きない水袋とか、透明になれる服とか」

「そこまで行くともう、聖遺物アーティファクトの領域だね」

「あはは、聖遺物か。ルカも見つけてみたいなぁ」

「こんな田舎の小さな迷宮に、そんなお宝ある気もしないけどね」


 聖遺物というのは、強力な魔力を秘めた秘宝のことだ。

 大きな迷宮の奥深くに眠り、大抵の場合は強力な魔獣がそこから漏れ出す濃密な魔力を食べるために守っている。

 守護者とも呼ばれるその魔獣を倒し、聖遺物を手に入れることができたならば、一生を遊んで暮らせるほどの富と、王族にも英雄にも匹敵するほどの名声を得ることができる。

 過去には空を踏むブーツや傷のつかない羽のような軽さの大盾などが、著名な探索者の手によって持ち帰られて来た。

 迷宮には聖遺物の他にも古い魔導具が遺されていることもあり、それらを専門に扱う探索者もいる。


「〈翡翠の奈落〉でも昔は聖遺物は出てたんだよ?」

「まだ完全踏破される前の、ほんとに発見当初の話でしょ。何百年前のこと?」

「むぅぅ、きっとまだみんなが見落としてるのがあるってー」

「ないない。それより早く行かないと、今日のお仕事できなくなるよ」


 隅の隅まで調べつくされ、全てが地図に載っている小さな迷宮に、そんな聖遺物が残っているはずはない。

 カリュはルカの言葉を一蹴して、すたすたと速足で白塔に向かった。

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