第8話「火竜の唄」

「オーダーメイド、ですか」

「でも魔導具って高いしなぁ」


 リツの提案に、二人はなお難色を示す。

 いくら予算とすり合わせるとはいえ、最低限の相場は決まっているだろう。

 そうしてそれは、おおよそ二人に払える金額ではないと考えていた。


「お二人は、なぜ魔導具が高いと思われますか?」


 悩む二人に、リツは唐突に尋ねた。

 予想もしていなかった言葉に、二人は首を傾げる。


「やっぱり、純度の高い魔石を使ってるからじゃない?」


 カリュが指を顎に当てて答える。

 彼女の言う通り、魔導具には随所で高純度の魔石が使われている。

 魔力を保存するバッテリーとして、魔力を流すサーキットとして、原石のまま、宝石に加工して、すり潰しインクのように姿を変えて。様々なものへと姿を変え、それは重用されている。


「ルカはやっぱり、魔導具の需要が高いからだと思うよ」


 魔導具は強力なモノがほとんどだ。

 たとえば〈献身の護符〉も、一度死を無効にすることができるという世の理を超越した能力を持つ。

 常に危険と隣り合わせな探索者や、他者を恐れる権力者、果ては子の安息を願う母親まで、それを求める者は世に幾多と存在する。

 だが、魔導具はすべて熟達した職人の手によって作られるため、どうしてもその数は少なくなる。


「お二人の意見はどちらも正しいです。魔導具は高純度の魔石を必要として、それゆえに多くの人々が手を伸ばします」


 ですが、とリツはそこに言葉を付けくわえた。


「性能を見れば他の魔導具と比べるとかなり劣っていても、価格との比率を考えると購入したいと考えてもらえる魔導具が作れるのではないか、とノアは考えています」


 店の奥、工房の中に籠もる少女のほうへと視線を向ける。


「質の低い魔石でも、内部に魔力を貯めこんでいるという基本的な性質は変わりません。そこでノアはそれらを使った廉価な魔導具を作ろうとしているのです」

「廉価な魔導具……」

「はい。魔導具はもともと、王族など上流階級の人々の為に生まれた技術です。その為、庶民にはうまく広まらなかった。

 かつてもノアのように低級な魔石を用いて安価な魔導具を作ろうとした魔導具職人は多くいました。しかし、低級とはいえ腐っても魔石です。研究の為に必要な量の魔石を集めることができる職人は殆どいませんでした」

「はっ! だからリツさんたちはここに来たのね?」


 何かに気が付いたルカが飛びあがり、びしりと指を突き出した。

 リツは薄く笑みを浮かべ、うなずく。

 それを見て、カリュもまたはっと表情を変える。


「翡翠石」

「そう。大陸の辺境にある小さな迷宮では、質が悪いながらも潤沢に魔石を採れると聞きました。実はいうと、カリュさんを助けたときは、その翡翠石の検証を兼ねて迷宮に赴いていたのです」

「そうだったんですか……」


 大陸鉄道も通らず、地図の片隅に忘れられたかのようなこのハーナライナに大きな宝が眠っていた。

 この町で生まれ育ったカリュは胸が弾むのを感じていた。


「ノアは今、翡翠石を用いた魔導具の研究をしています。それ次第で、どれほどの効果を持つ魔導具がつくれるのかが決まるでしょう」

「では、明日また」

「ええ。お待ちしております」


 店のガラス窓から、オレンジ色の光が差し込む。

 気が付けばそれなりの時間が経っていた。


「今日は、本当にありがとうございました」

「ありがとうございました!」

「将来のお得意様を無くす理由はありませんので」


 去り際、リツはそう言って妖艶な笑みを浮かべた。

 本来であれば無くすはずだった命を助けてもらった恩を、いつか必ず返そうとカリュは密かに胸に誓うのだった。



 一度、ギルドのある塔へと戻り、眠り猪の牙とムラサキヒカリゴケを納品した後、二人はそのままハーナライナの青草通りを歩く。

 この通りは白草通りの隣を走る、ハーナライナ大通りの一つだ。

 軒を連ねるのは、酒場や宿屋。

 夜が更ければ更けるほどに活気を増す、蠱惑の道である。

 一部の男たちによって色草通りの別称でも呼ばれることもあるというのは、カリュやルカの知らぬ所だった。


 カリュとルカは、この通りにある〈火竜の唄〉という宿屋兼酒場に住んでいた。

 通りから外れ、路地を少し歩いた先にある小さな宿屋だ。

 カリュが少し身を屈めなければ入れないドアを開けると、天井の高い温かな光に満ちた酒場に入る。

 広々とした店内に置かれた大きな丸テーブルでは、一日の疲れを癒やす探索者たちがジョッキを片手に談笑していた。


「「ただいまー」」

「お疲れさん。今日も生きて帰って来たね」


 間延びした声に返って来たのは、快活な妙齢の女性の声だった。

 カウンターの奥に立ち、赤い唇を薄く曲げた色白の婦人である。


「今日は生き残ったかと言われるとちょっと困るんだけどね」


 苦笑いを浮かべつつ、カリュはカウンターの丸椅子に座った。

 その隣にルカもちょこんと腰を落ち着ける。


「パールさん、ルカは林檎ジュースがいいな」


 パールと呼ばれた婦人は、迷いのない手つきで後ろの戸棚から瓶を取り出し、木のコップに注ぐ。

 彼女は奥の厨房で働く旦那のラルドと共にこの〈火竜の唄〉を切り盛りする若女将だった。


「ボクはエールにするよ」

「今日は何かあったの?」


 エールを注ぎながら、パールは心配そうに眉を寄せてカリュに問う。

 二人は言いにくそうに顔を見合わせた後、ぽつぽつと今日の出来事を話した。


「――というわけなんだけど」


 第四階層に潜ったことに彼女は驚き、そこで窮地に陥ったことに悲鳴を上げた。

 そうして、〈黒猫堂〉の親切な黒髪の女性に助けられたことを聞いて、目尻に浮かべた涙をぬぐった。


「お願いだから、危ないことはよしておくれよ」

「ごめんね、パールさん。心配かけちゃって」


 エールで口を湿らせて、カリュはしょんぼりと耳を倒した。

 パールとカリュたち二人の付き合いはそう長いものではない。カリュ達がハーナライナへやって来たのは半年ほど前のことである。

 だというのに、パール二人のことを実の娘のように思い、日々二人のことを案じていたのだった。


「次からはもっと気を付けて、装備もしっかり準備してから行くから」

「うんうん。いざとなったらルカが守るんだから」

「迷宮は何が起こるか分からないんだからね。気を付けるんだよ。

 よし、とりあえず夕飯にしようじゃないか!」


 パールが店の奥の厨房に向かって声を掛ける。

 ほどなくして、ラルドが作った〈火竜の唄〉の名物料理でもある、火竜焼きが並べられる。

 豚、牛、鳥、猪、鹿。その日の早朝にパールとラルドが市で選んだ様々な動物の肉が豪勢に盛り付けられたそのプレートは、何時間も迷宮を歩き続け疲労を溜めた二人にとってもっとも食べたいものだった。

 先ほどまで食べていたクッキーは別腹だと言わんばかりに、二人はフォークを握る。


「んふー! おいしいよーパールさん!」

「ラルドさんもありがとね!」


 二人の心地よい食べっぷりに、パールも満足そうに笑みを浮かべた。


「たんとお食べ、そうしてゆっくりお休み」


 このカウンターで何人もの探索者を見送り、そしてついには帰ってこなかった探索者を思いかえし、パールは細い手をぎゅっと握りしめていた。

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