第23話 圭太と優奈 高校編
「けーた!そんなに慌ててどこ行くの?今日はあのお店に付き合ってくれる約束でしょ!」
「えー、やだよ。今月もう金ねぇーし。」
今日は、いつも行っている喫茶店で季節限定パンケーキが発売される日だ。
前から行こうって決めていた私は、圭太にお昼休みに無理やり約束させた予定を実行すべく、HRが終わってこっそり逃げ出そうとする圭太を捕まえた。
「大丈夫!全部圭太に出させる訳ないじゃん。三割くらいは私も出すよ?」
「......ああ、ゴメン。今日は爺ちゃんの七回忌だった。悪いな!」
「分かった分かった!自分の分は自分で払うし、何だったら圭太の分も半分出すからさ!」
笑えない冗談を口にして逃走を図ろうとする圭太の腕を掴んだ私は、引きずるようにして昇降口に向かう。
「優奈、甘いもんばっか食べてると上じゃなくて横に広がるぞ。」
私に引っ張られながら未だ観念し切れていない圭太は、そんな失礼な事を言って無駄な抵抗をしてくる。
「へぇ~、セクハラ現行犯の圭太は、そこまでして私にパンケーキを奢りたいんだ。仕方ないから今日はご馳走になってあげるよ。」
それを聞いて逃げ切れないと観念したのか、急に抵抗しなくなった圭太の腕を離した私は、圭太の横に並んで学校を出る。
高校入学から三ヶ月経った七月上旬。
今思い返しても、これまでの私の人生の中で一番幸せだった時期だろう。
♢♢♢
高校の入学式の翌日、今迄の人生で一番の勇気を振り絞って圭太に声を掛けた。
圭太は少しビックリしたようだったけど、昔と同じように挨拶をしてくれて、昔の様に接してくれた。
私はそれだけで嬉しくて涙が出てきた。
やっと昔と同じように圭太の傍に戻って来ることが出来たんだ。
その日は私の中で一番嬉しい日になった。
そして、運がいい事に私は圭太と同じクラスだったので、それから私は昔以上に圭太にべったりになった。
今は私達の事を誰がどう噂したって全然かまわなかったし、私からすれば逆にもっと噂にして欲しかったくらいだ。
ただ、付き合ってるの?って聞かれれば、付き合ってない。と答えなければならなかったのは少し不満だったし、圭太が私の事をどう思っているのかが分からないのは不安だった。
今から思えば、あの時もうちょっとだけ勇気を出していればあんなことにはならなかったのに、せっかく圭太と元以上の関係に戻れたのを、余計な事をしてまた全てを失くしてしまうのが怖かったんだ。
失う事を恐れて後ろばかり見て、中途半端な現状に満足して、前に進む勇気が無かった私は結局何も変わってなかった。
そして何も変わらないまま、変えられないまま一年が過ぎていった。
♢♢♢
二年でも私は圭太と同じクラスになれた。
そして、その時に初めて同じクラスになったのが川原菜音ちゃんだ。
菜音ちゃんはクラスの委員決めで圭太と同じ環境美化委員になり、圭太は毎週一回、2時間程を委員の仕事で菜音ちゃんと二人で過ごすようになった。
彼女はセミロングの黒髪が似合う、身長とスタイルのバランスが取れた美人さんで、圭太繋がりで私ともすぐに友達になった。
菜音ちゃんは普段はおっとりした雰囲気で、彼女が怒る事なんて見たことが無いくらい優しい子だったけど、見た目に反して芯がしっかりとしていて、自分の考えをちゃんと言える子だった。
社交的でしっかりしているように見られるけど、本当は臆病で人に流される私とは正反対の性格で、そんな所も私と相性が良かったのかも知れない。
委員の仕事とはいえ、圭太が他の女の子と二人っきりで行動するのは少しモヤモヤしたけど、それでも私は圭太を信じてた。
去年一年、ずっと圭太と一緒に居て、たぶん圭太も私と同じ気持ちだって、根拠はないけどそう思っていた。
圭太の事を信じていたのに......全ては臆病で素直になれなくて、自分に酔っていたバカな私のせいだ。
♢♢♢
そして、終わりの始まりは高校二年の12月初旬に起こった。
その日、圭太は家の事情で学校を休んでいで、他の友達も色々と用事が有ったりしたので、私は珍しく菜音ちゃんと二人きりで下校していた。
私の下らない話を菜音ちゃんがニコニコしながら聞いているという、いつもの構図で、もうすぐ駅に着くという時に不意に菜音ちゃんが立ち止まった。
「ん?どうしたの?」
立ち止まった菜音ちゃんを振り返ってみると、菜音ちゃんは真剣な眼差しで私を見つめてきた。
「優奈ちゃん......」
「な、なに?」
その真剣な眼差しにただ事じゃない雰囲気を感じて一瞬息をのんだ。
「優奈ちゃんって......圭太君と本当は付き合ったりしてます?」
私は菜音ちゃんのその一言で、彼女が何を知りたいか、そして私に何を言いたいかを理解してしまった。
そう、私の気持ちとは関係ない。私達は付き合っている訳じゃない。
「う......ううん。付き合って......ないよ。付き合ってはない......けど」
「けど?」
たぶん、この後私の口から出るであろう言葉を菜音ちゃんは分かってる。
彼女はそれを知った上でこの話を切り出したんだ。
正々堂々と、自分の気持ちを私に伝える為に。
影でコソコソしたり自分を誤魔化したりしたくない、彼女らしいやり方だ。
言え!言うんだ私!たった一言、圭太が好きって、それだけ!
「......」
この時、その一言、たった二文字を口にできたらあんなことにはならなかったのに。
だけど私はその一言が言えなかった。
「ごめんなさい優奈ちゃん、私は圭太君の事が......好き。です。」
私が言うと思っていた言葉を聞けなかった菜音ちゃんは、少し間を置いてその一言を口にした。
周りから、私が圭太の事を好きだって、皆にそう思われたいって思って振舞ってきたのに、今みたいに冗談で誤魔化せない時......私は逃げてしまう。
私が出来ない事をやってのける菜音ちゃんが眩しくて、羨ましくて、菜音ちゃんにも、自分にも負けた気がした。
そんな私だから無意識に、まるで菜音ちゃんに媚びを売るような事を口走っていた。
「そっ、そうなんだ!あいつ、口は悪いけど良い奴だもんね!」
「優奈ちゃん?」
「へぇ~、ぜっ、全然知らなかったよ!......私も応援するから......応援するから頑張りなよ!」
やっぱり私は私だ......
臆病で、ずるくて、人の顔色ばかり窺って生きる......嘘つきだ。
♢♢♢
私は嘘をついたことを知られたくなくて、本当に圭太と菜音ちゃんを後押しするような行動をとり始めた。
そんな私の行動に菜音ちゃんも初めは戸惑っていた。当たり前だろう。
彼女からすればライバルだと思っていた私が、戦いもしないで白旗を上げて逃げ出すどころか、逆に自分を応援しだしたのだから。
圭太とは中学からの腐れ縁ってだけで、恋愛対象だとは思ってないから―――
初めの内は菜音ちゃんから遠回しに、本当に良いのかと言う事を聞かれたけど、彼女に、そして私自身についた嘘を誤魔化すようにそんな言葉を口にしていた。
そんな時期に撮った写真が、あのクリスマスでの一枚だ。
坂道を転がり出した私はもう止まらなかった。
私は嘘に嘘を塗り固めて、それからも菜音ちゃんに協力した。
そんな私の行動に、圭太も私が圭太と菜音ちゃんをくっつけようとしているのが分かったのか、私に対して不審な目を向けて来るようになった。
そして、翌年二月のある日、帰宅途中の電車の中で私はいつもの様に菜音ちゃんが良い子であることをそれとなく圭太にアピールしている時だった。
「なあ、優奈。お前最近何考えてるんだ?」
「えっ?何って、何?」
「川原さんの事だよ。」
「な、菜音ちゃんがどうしたの?」
「どうしたのじゃないだろ?俺と川原さんをどうしたいんだよ。」
「どうしたいって、別に......菜音ちゃんと圭太ってお似合いだなって。」
そう答えた私に、圭太は沈黙した。
その時、電車が地元の駅に到着し、黙って電車を降りて行く圭太に続いて電車を降りると、不意に立ち止まった圭太が振り返った。
「お前......本当にそう思ってんのか?」
振り向いた圭太の、普段私も聞いた事が無い圭太の真剣な口調に怖くなった私は、全てから逃げ出すように最悪のセリフを吐いた。
「あ、当たり前じゃん!私にも好きな人が出来たし、圭太にも早くそういう人が出来ればと思って。だから......だから圭太の友達として......私......」
嘘で塗り固めた私を見つめる圭太。その視線に耐え切れず私はスッっと目を逸らしてしまう。
「そっか、......分かった。」
どこか寂しそうな声で一言そう呟いた圭太は改札に向かって歩き出した。
圭太の後を追わずホームに立ち止まったままの私は、ボーっとした頭で最後に圭太の目を真っすぐ見て話しをしたのはいつだったっけ、とそればかり考えていた。
圭太と菜音ちゃんが付き合いだしたと聞いたのは、それから一月程経った三月中旬の事だった。
♢♢♢
三年生になって菜音ちゃんは別のクラスになったけど、私と圭太はまた同じクラスになった。
数ヶ月前まで私が居た圭太の隣には幸せそうな菜音ちゃんがいて、私はそれをただ眺めているだけの日々が続いた。
やっぱり私にはこんな立場がお似合いだ。
だから菜音ちゃんの表情が徐々に曇っていったことや、圭太が何を考えていたのかも分からなかったし、二人がどうなっていったのかも知ろうともしなかった。
そして期末テストも終わり明日は一学期の終業式となった日に、帰宅しようと一人で駅に向かって歩いていた私は後から来た圭太に呼び止められた。
呼び止められるままに圭太に連れていかれた公園での出来事は、これまでの私の人生の集大成と呼べるものだった。
圭太は菜音ちゃんと一週間前に別れた事。
別れた理由は私の事が好きだという事。
そして、私と付き合いたいという事。
圭太の口から出た、夢にまで見た言葉を聞いても、私は今までと変わらない私らしい返事をする。
「ありがとう圭太......でも、私は圭太の事......友達としてしか見れないから。ごめんなさい。」
この期に及んでも、菜音ちゃんについた嘘を守ろうとする私。
臆病で素直になれなくて、悲劇のヒロインを気取って自分に酔っていたバカな私のせいで迎えた最悪の結末。
それが、全員傷ついて誰も幸せになれなかった高三の夏の出来事だった。
♢♢♢
それから高校を卒業するまでの事で、たいした思い出は無い。
夏休みが明けて久しぶりに会った圭太は今までと変わらなかったし、私もここ数ヶ月で身に着けた圭太との距離を保っていた。
たまに一緒になれば雑談程度の話もするし、一緒に帰ったりもする。
ただ、中学の時の様な純粋な楽しさもなければ、高一の時の様なただ幸せな気持ちにも浸れない。そんな関係を続けたまま時は流れていった。
菜音ちゃんからも夏休み明けに呼び出されて、圭太と別れた事を聞かされた。
圭太は自分の気持ちを菜音ちゃんに素直に打ち明けてきたらしい。
たぶんあの時、私が圭太の告白を受け入れて付き合ったとしても、彼女は恨みがましい事は何も言わなかっただろう。だから私が圭太の告白を断った事を知っても、彼女は私に何も言わない。
「やっぱり私じゃ駄目だったみたいです。」
最後にそう呟いて去っていく菜音ちゃんはやっぱり眩しかった。
その後、菜音ちゃんとも会えば雑談程度の話をする普通の同級生に戻った。
結局私達三人の関係はそのままで時は流れ、私は高校を卒業して専門学校に入り、専門学校卒業後は都内の美容室に勤めた。
その間、何人かの人と付き合ったけど、どの人もどこか本気になれない私に気付くと去っていく。
そして、そんな時には圭太の事を思い出す。
「結局お前は俺の事なんて好きじゃないんだろ。」
去年の夏、二年付き合った、同じ美容室に勤めていた彼にそう言われて振られた私は、五年お世話になったお店を辞めて地元に帰って来た。
だから同じ時期に地元に帰って来ていた圭太と再会したのは偶然だ。
圭太はあの時の事なんて一切覚えていないように、昔と同じように私に接して来たし、私も七年と言う月日のお陰で無駄に上手に振舞えるようになっていた。
このままさらに時間が経てばもっと楽になれるだろう。
そう思い始めた頃、圭太がお店に連れてきた紗江ちゃんという女の子。
圭太を見つめる紗江ちゃんの姿に当時の自分が重なる。
紗江ちゃんを見る圭太の眼差しに当時の記憶がよみがえってくる。
その時、圭太にも菜音ちゃんにも、何一つ本当の事を言えなかった私の心の痣が強く痛み出した。
今更圭太とどうにかなろうなんて期待していない。
ただ、あの時言えなかった本当の私の気持ちを聞いてもらいたい。それだけだ。
その上で全てを終わらせないと、ただ一人取り残された私はいつまでも前に進めないんだ。
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