第21話 帰り道 其の一
「圭太、帰りは私が運転するわよ。」
「悪い。じゃあ、少しだけお願いしようかな。」
あの後、紗江の砂遊びに少し付き合った後に撤収した俺達は、真っ赤な太陽が沈みゆく海を後にした。
「紗江ちゃん、よっぽど疲れていたんだね。ぐっすり眠っちゃったわよ。」
優奈がルームミラーをチラッと見て、紗江が寝てしまった事を教えてくれた。
後部座席に座った紗江は、今日も山ほど撮った写真を見ながら、今日一日の出来事を思い返すようにひたすら話をしていたが、途中で夕食に寄った海鮮料理店を出て再び車に乗ってからは、疲労と満腹感からかいつの間にか眠ってしまっていたようだ。
「朝の四時から起きてたからな。よっぽど楽しみだったんだろう。」
俺は信号待ちのタイミングで、眠っている紗江を起こさないようにタオルケットを掛けてやってから、素早く助手席に戻った。
「圭太も寝てていいわよ。あんなに私達にこき使われてクタクタでしょ?」
「いや、大丈夫だ。」
そう答えたものの、大きな市街地に入り、高速のインターが近づくに連れて渋滞は激しくなっていき、どこまでも続く赤いテールランプを見ている内にいつの間にか俺も眠りに落ちてしまった。
♢♢♢
車が急激に加速する感覚と、低く唸るエンジン音に俺の意識が覚醒していく。
「悪い......寝ちゃった。どのくらい寝てた?」
俺が寝ている間に高速に乗ったのだろう。
フロントガラスの向こう側で徐々に大きくなってくる渋滞情報の電光掲示板を見ながら優奈に尋ねた。
「あ、起こしちゃった?二十分くらいかな?ちょうど高速に乗った所。今は流れてるけど、暫くしたらまた渋滞だって。」
ドリンクホルダーからお茶を取って飲むと、少し寝た頭がスッキリ冴えてくる。
「優奈、ありがとな。」
「何?突然。最近圭太からお礼を言われる事が多くてびっくりなんだけど。帰りは私が運転するって言ったじゃない。」
「いや、運転もそうなんだけど、海に行こうって言ってくれて。」
今も後部座席でぐっすり眠っている紗江の、今日の喜ぶ姿を見られたのも優奈が海に行こうって言ってくれたからだ。
多分俺一人じゃ紗江を海に連れて行こうなんて思わなかったと思う。
「ああ、その事。別にそんなに深い意味なんて無いのよ。夏と言えば海。圭太、あんまり紗江ちゃんと出かけたりしてないでしょ?あんた達にどんな事情があるのか分からないけど、海くらいなら大丈夫かなって誘ってみただけ。」
やっぱり優奈は俺達の関係について何か感づいているのだろう。
遠い親戚。病気療養で休学中。
高二の冬以来、俺から離れていった優奈がここまで俺達に関わって来るとは思わなかった。だから適当にでっち上げた設定。
だけど、ここまで紗江の為に色々としてくれた優奈をこれ以上騙すのは心苦しい。
「悪い......紗江の事情は近いうちに話すよ。」
「別に無理に話せなんて言ってないのよ。誰だって何かしら秘密を抱えているんだし、それを無理に聞こうなんて思ってないもの。まあ、圭太が犯罪を犯してなければの話だけどね!」
高速道路に灯るオレンジの灯りが、少し笑った優奈の横顔を一瞬浮かび上がらせる。
さっき、海を後にする時、夕日に照らされた海を見ながら、「また三人で来たいです」と言った紗江に、「また来年も来ましょうよ」と答えた優奈。紗江は一瞬寂しそうな表情を浮べた後、「はい。約束ですね」と笑顔で答えた。
紗江にとっての来年。それは俺と優奈と同じ時間を指すのだろうか。
「そういえば海って言ったら、高一の夏休みに皆で江ノ島に行ったじゃん!あの時圭太ってば―――」
俺が物思いに耽っていると、優奈が急に昔の思い出話を始めた。
中一の、出会った頃の話。
中二の校外学習での事件や、初めて二人だけで出かけた初詣の話。
高一の時に何人かの友達と行った海水浴。
そして高二の冬までの話。
いつもと違い少し早口になりながら、色々な思い出を喋り続ける優奈の話を聞きていると、俺もその時その時の出来事や気持ちを思い出す。
「それでね、堀田君に有希を呼び出すのを手伝ってくれって言われてさ。」
「へー、堀田が?知らなかった。」
だけど、楽しそうに思い出を語る優奈の口からは、俺との思い出の無い中三の頃や高校卒業後から今日までの話、そして高二の冬から高三の夏までの出来事については出てこない。
俺にとっては良い......とはまだ言えないけど、既に思い出となりつつ出来事だけど、もう一方の当事者である優奈はあの出来事を今、どう思っているのだろうか。
春にあの頃の写真を見せてきたってことは、優奈にとっても思い出として消化されているのかも知れないけど、わざわざ口に出さない所を見ると、当然良い思い出だとは思ってないのだろう。
その事で優奈が揶揄ってきたら軽口で返すくらいの気持ちはあるけど、優奈も今更本人を前にして話したくなるような事じゃないのかも知れない。
ただ、もう一方の当事者、菜音の事を思い出すと胸の奥が少し痛む。
高校卒業後、地元の短大に進んだと誰かに聞かされた覚えがあるが、今彼女は元気でやっているのだろうか。
彼女と仲の良かった優奈だったら、今の彼女の事を知っているかも知れない。
今更どうなる訳でもない。内容によってはさらに傷が深くなるかも知れない。
だけど彼女にとっても、高校時代の最悪の思い出として笑い話になっていれば。
俺は思い出になり切れていない唯一の事、菜音の事を思い切って口にする。
そう......自分の為に。
♢♢♢
「別に無理に話せなんて言ってないのよ。誰だって何かしら秘密を抱えているんだし、それを無理に聞こうなんて思ってないもの」
自分の口から出た言葉に自分で情けなくなり、つい自嘲的な笑いを浮かべてしまう。
圭太に言えなかった秘密。
それを今更圭太に無理に聞かせようとしている自分に。
圭太にあの写真を見せた日から打ち明けると決めた秘密。
その為にあれから毎週のように理由を作って圭太の家に遊びに行ったりしたけど、タイミングが悪かったり、そんな話をする雰囲気にならなかったり、二人だけになる機会がなかったりと理由は色々だけど、結局はあと一歩の所で勇気が出なかっただけ。
電話で呼び出せば済む話なのに、わざわざ圭太の家まで行って、結局話せなかった事を別の理由を言い訳にして逃げていた。
もちろん、紗江ちゃんに会って色々話をしたり、面倒を見たのも、私がやりたいと思っていたのは嘘じゃないけど、それも圭太に会うための口実にしていたのも事実。
こんな秘密とも言えない秘密、圭太だって前から知ってたよね。だから今更―――
圭太を前にすると、そんな言い訳を自分に言い聞かせて口に出せず、夜ベットに潜って後悔する。そして、今度こそは。と決意して朝を迎える。
もう四か月もそんなことを繰り返していた。
そして今。
紗江ちゃんは後ろで眠っていて、圭太と二人きりだ。
多分この機会を逃したら、これからどう頑張っても一生言えない気がする。
今までのように、いつか時間が解決してくれることを願って、ただ痛みに耐えるだけの毎日を繰り返す。
そんなのは嫌だ!だから私は勇気を振り絞って口を開いた。
「そういえば海って言ったら、高一の夏休みに皆で江ノ島に行ったじゃん!あの時圭太ってば―――」
自分の口から出た言葉に自分で絶望する。
結局あの時と同じように私はまた逃げ出した。
あの時と同じように、圭太との関係を壊したくなくて、本当の気持ちに目を瞑って。
今も昔も簡単な事なのに。ただ圭太に、好きって......好きだった。って言うだけの、たったそれだけの事なのに......
もう自分でも今、何を話しているのか分からない。
その時だった。
ひたすら喋る事で、自分に絶望した気持ちも、圭太との関係も、全て誤魔化しているだけの私に圭太が口を開いた。
「そういえば......菜音ちゃんって今、どうしてるか知ってるか?」
その圭太の一言で私は救われた―――
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