第15話 ビューティーサロン晴美と美少女紗江②

「紗江ちゃんは何年生?」


切られた前髪が、首から巻かれて全身を包む白いツルツルとした布の上を滑って床に落ちて行くのを見て少し悲しい気分になる。

だけど、お屋敷に、皆の元に帰るためには仕方のない事。

悲しいけど今は我慢だ。


「えっと、高校......二年生です。」


私は気持ちを前向きに切り替え、圭太殿に教えられた通りの返事を優奈さんに返した。

事前に圭太殿から聞いた説明では、中学や高校とは塾や学問所のようなもので、この世では私と同じ歳であれば大体の人は高校二年生と言う所に通うらしい。

それを聞いた優奈さんは、若くていいなーと一人で呟いていたので、これで良かったのだろう。


「優奈さん......は、圭太ど......圭太とはどのようなご関係でしょうか?」


圭太殿からはなるべく無駄なお喋りはしないように言われていたのだけれど、圭太殿が飲み物を買うと言って此処から出ていったので、丁度良い機会だと思った私は、さっきから気になっていた事を優奈さんに聞いてみた。


「んー、友達......かな? 中高の六年間同じ学校で、しかも中三の時以外はクラスもずっと一緒だったから、腐れ縁だよね。」

「友達......ですか。」


友達。圭太殿にも友達とは聞いていたが、それでも男女の間柄で友垣などあり得ないと思っていたのだけど、優奈さんも同じ事を言うのだからこの百五十六年後の世では男女間の友垣関係は本当にあるのだろう。

優奈さんのその言葉を聞いて、何故か少し安堵すると同時に、先程の二人の仲睦まじい様子を見て圭太殿に少し意地悪をしてしまったのを申し訳なく思った。


「んー?もしかして紗江ちゃん......そう言う事かな?」


私の顔を覗き込むように前髪を切っていた優奈さんは鋏を止めると、私の目を見つめて少し揶揄うような笑みでそのような事を問いかけてきた。


「そう言う事、とは?」

「またまた~。私も紗江ちゃんと同じ位の年頃に年上の男の人に凄く憧れた事があったしね。大学生の彼氏に車で学校まで迎えに来てもらう妄想、良くしてたな~。」


優奈さんは再び軽快に鋏を動かし始めながら、私の理解できない言葉を並べて楽しそうに笑った。


「でも、圭太だってもう二十五だよ。今年の秋には二十六。紗江ちゃんとは少し年が離れ過ぎ......かもね。」

「えっ!!圭太殿は二十五なのですか?!」


圭太殿の御顔の様子からてっきり私と同じくらいの歳だと思っていたけど、二十五歳?

私の母上とは七つ、父上と比べても九つしか違わない。

多分、私がこの世に来てから一番驚いた事実だった。


「圭太殿?あはは!紗江ちゃんってば面白い呼び方するね。でも親戚でしょ?てっきり圭太の歳くらい知ってると思ったんだけど。」


しまった!抜かりました!

圭太殿に今日は殿を付けずに呼ぶように言われていたのに。

驚きのあまり、つい―――


「あっ......えっと、親戚と言っても殆ど会ったことが無くて。それに圭太は二十三だって言っていたので......」

「そうなの?今更二つくらいサバ読んだってねえ。紗江ちゃんみたいなかわいい子におじさんだって思われたくなかったのかな?アハハッ、バカみたいだね。」

「あはは......」

「まあ、圭太は童顔だから高校生って言われてもギリ通用しそうだしね。そうそう!圭太の顔って言えば、高校二年の時なんだけどさ―――」


優奈さんはそれっきり追及してこないで、私の後に廻って鋏を入れ始めた。

何とか誤魔化すことが出来たようで安心しつつも、咄嗟に罪を擦り付けてしまった事を心の中で圭太殿に謝った。


(やっぱり圭太殿の言われた通り、あまりお喋りするのは危険だ。)


すると、圭太殿がここに居ない事が急に不安になってきて、何か私に話しかけてきている優奈さんの言葉も耳に入ってこなくなった。

少し俯いたまま、圭太殿に早く帰ってきて欲しいとそれだけ考えていた時。


「―――で、良いでしょ?もちろんお金なんか取らないし、少しだけ、ササッと簡単にだから。」

「えっ......と?」


優奈さんが私に何かお願いごとをしているようだけど、私は何のことか聞いていなかった。



♢♢♢


全く、二人とも何が「シュークリームお願い」だよ!

結局、一番近いコンビニにはシュークリームが売ってなくて、仕方なく飲み物だけ買った俺は、少し離れた所にあるケーキ屋までわざわざ足を延ばした。

紗江を一人きりにして三十分近く経つが、あいつがヘマをしてなきゃいいのだけど。

少し心配になりながら俺はようやく『ビューティーサロン晴美』に帰ってきた。


「ただいま。」

「あっ!お帰り~。飲み物買うのに何分掛かってんのよ?」

「お帰りなさい!」

「おっと!紗江ちゃん、動かないで。」


帰ってきた途端、文句を言う優奈にむかっ腹が立つが、こいつは昔からこんな感じだから今更だ。

優奈の言葉を聞き流し、紗江の様子に目をやると、カットケープは外されているのでもう髪は切り終わっているようだ。

だけど優奈は未だイスに座った状態のままの紗江の顔を覗き込んで何かしている。


「お前らがシュークリーム何て言うから。コンビニに売ってなくてわざわざペトリコールまで行ってきたんだぞ。」

「えっ?そうなの?わざわざ遠い所まで悪かったわね。」


俺はソファーに座り、ペトリコールというこの辺では有名なケーキ屋までわざわざ行ってきたことを強調すると、買ってきたアイスティーを一気に半分近くまで飲み干した。


「もう終わったのか?」

「うん。もう終わるから......よし完成!ほら紗江ちゃん、圭太にも見せてあげて!」


優奈が紗江にさっきから何をしていたかは見れば分かる。

だけど、優奈に促されて席を立ち、ゆっくりと顔を上げた紗江の姿を見て、さすがに驚きのあまり一瞬声がでなかった。


「これは......凄い、な。」

「でしょでしょ!私の腕って言いたい所だけど、素材がここまで良いとあまり手を入れなくてもこんなに可愛くなっちゃうんだね。」


出かける前の紗江にも驚かされたが、今恥ずかしそうにこっちを向いて立つ紗江はそれ以上の衝撃だった。

前髪が短くなりさっぱりとして、腰下まであった髪も背中の真ん中辺りで切り揃えられている。

またホラー映画のようなおどろおどろしさがさっぱり消えている事で、本来の紗江のかわいらしさが改めて際立っていた。

そして、優奈がさっきからやっていた化粧。

年相応の薄い化粧だけど、紗江の子供っぽさが消えて少し色気を感じるほど大人っぽく変わっていた。


「あの......圭太。どうでしょうか?」

「......い、いや、あの、色々と凄いな!」

「凄い?」

「あぁ、凄く綺麗になったと思う。ビックリしたよ。」

「そっ、そうですか......それは、その......ありがとう御座います。」


語彙が少なくて上手く伝えられないが、もし高校生の時に同じ学校にこんなにかわいい子が居たら大騒ぎになるだろう。

そんな紗江が俺を見て恥ずかしそうにしているのを見て、何故か俺まで恥ずかしくなってくる。


「ねえねえ紗江ちゃん!写真撮らせて!」

「写真?」

「あっ!優奈!勝手に写真撮るなよ!」


紗江の写真を撮りまくる優奈のスマホを取り上げようと俺は優奈に飛び掛かった。


その後、俺の買ってきたシュークリームを三人で食べつつ、俺がでっち上げた紗江の事情『体調を崩したので学校を休学して、田舎にある俺の家で暫く療養する』を説明したりした。



♢♢♢



「そういえばさ、圭太ってばこれ覚えてる?さっき紗江ちゃんにも話したんだけど。」


そうした中、不意に優奈がそんな事を言い出してスマホを取り出すと、一枚の写真を見せてきた。

それは俺達が高校二年のクリスマスにクラスでカラオケに行ったときの写真で、罰ゲームとして優奈たちに化粧をされて死んだ魚の様な目をした俺を取り囲むように、数人の女子生徒が映っている写真だった。


「へぇー、懐かしいな......」

「でしょ?さっき急にこの事を思い出して。それで紗江ちゃんにもお化粧してあげたくなっちゃってさ。ほら見て紗江ちゃん!この真ん中に映ってる一番かわいい子が圭太。童顔で肌も綺麗だから化粧したら似合うよって前から皆で噂してたんだ。で、実際してみたらこれだもん。私達が一番ビビったわよ。」


「これが、圭太ですか......」


写真を見せられた紗江は、驚いた顔でその写真を覗き込んでいる。


「そんな写真、よく持ってたな?」

「当たり前じゃん!高校の時の大切な思い出だもん。圭太にも送ってあげたはずだけど......もう消しちゃった?」

「さあな、スマホにはデータ移行してないけど、パソコンには残ってるかもな。」


その写真は優奈にとっては単なる青春の一コマ何だろうけど、俺にとっては俺の初恋が終わりを告げる始まりの一コマだった。


死んだような目で少し不貞腐れたようにカメラを見る俺の右隣りには、笑顔でピースサインをする優奈が、そして左隣には、この後暫くして俺と付き合う事になった菜音なのが、恥ずかしそうに控えめなピースサインしていた。


優奈にはああいったけど、全てが終わった高三の夏、俺はこの写真をケータイから削除したことを覚えている。


「えっと......圭太?」

「ん?あぁ......」


久しぶりに当時の事を思い出していた俺は、優奈に声を掛けられて顔を上げる。


「あっ、と......何かごめんね。」

「いや、今更別に......何ともないよ。」


そう、今となっては俺にも青春の一コマとして客観的にその写真を見る事が出来る。

ただ、菜音に対する罪悪感を思い出し、少し胸が痛んだだけだ。


「紗江、そろそろ行こうか。」


コンビニやスーパーのシュークリームと違い、ケーキ屋の本格的なシュークリームの味に紗江はかなり驚いた様子だったが、優奈がいる事もあってか、いつもの様な大袈裟なリアクションはせずに黙々とシュークリームを食べ終わっていた。


俺は優奈に代金を払ってから紗江と連れ立って店を出る。


「紗江ちゃん、これからも時々遊びに来てね!おねーさんがいつでもお化粧してあげるからね。」

「あ、はい。有難うございました。また伺わせて頂きます!」

「圭太、あんたもたまには髪切りに来なさいよ!」

「先月切ったばっかりじゃねーか!」

「その前は四か月も前だったじゃない!毎月来てうちの売り上げに貢献しなさいよ!」

「へいへい......じゃあな。ありがとな。優奈。」


それより、二時間もいて客が一人も来ないって、あの店大丈夫か?


♢♢♢


ビューティーサロン晴美を後にした俺達は、車に向かって歩き出す。


「紗江、寒くないか?」


長居をしてしまった為、もうすぐ午後四時になろうとしている。

春らしく暖かかった太陽も大分傾き始め、少し冷たい風が吹き始めていた。


「大丈夫で御座います。それにしてもあのシュークリームは―――」


紗江が、我慢していたらしいシュークリームに対しての感想を熱く語り始めたのを聞きながら、俺は菜音の事、そして穂香の事を考えていた。


(俺が菜音にしてしまった事が、穂香によって自分に返って来ただけかもな。)


そう考えると、忘れていた菜音に対する罪悪感が今更ながらまた少し大きくなり、穂香に対する未練が少し小さくなった気がした。

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