第14話 ビューティーサロン晴美と美少女紗江①

紗江の洋服を注文して二日後には全部の荷物が家に届いたので、俺は紗江に下着の付け方から靴の履き方まで教えてやった。

ブラジャーだけは外した事はあっても付けたことが無いので、今まで付き合った彼女達が付ける時の様子を思い出しつつ、大体こんな感じって教えて、後はショッピングサイトのモデルさんが着用している画像を紗江に見せただけだけど、ちゃんと出来たようだ。


「少し締め付けられる感じで良いですね。」


着物も結構締め付けられるらしいし、紗江的には少し締め付けられる位の方が落ち着くらしい。


♢♢♢


そして今日は四月六日、月曜日。らしい。

引きこもりニートの俺には日付や曜日の感覚が薄く、美容師の友達に電話で連絡した際に、六日の月曜日の午後なら大丈夫だと言われたことで、今日が月曜日だと分かった。


「紗江ー、準備できたら靴を履いて来いよ!外で待ってるから。」


昼飯を終えて紗江が自室に戻って着替えてくるのを待っていた俺は、そろそろ時間だと、紗江の部屋にそう声を掛けてから先に外に出て、車のエンジンを掛けてから玄関の前で紗江を待っていた。

因みに今日出すのは軽トラではなく、もう一台の俺の愛車、黒の軽乗用車だ。


「圭太殿、お待たせして申し訳ありませんでした。」

「よし、じゃあ、行く......」


紗江の声に返事をしながら振り向いた俺は、紗江の姿を見た瞬間息を呑んだ。

紗江は白いシンプルなワンピースに淡いベージュのカーディガンを羽織り、白い素足には少しヒールのあるシルバーのサンダルを履いている。


多分、俺が二十五年の人生で目にした中で一番の美少女がそこにいた。

着かたを教える時にそれぞれ個別では見ていたが、こうして全部身に纏ったを見ると、その破壊力の凄まじさに少しドキドキしてしまう。


「やっぱりその服にしたのか?まだ春だし、そのカッコは少し寒いんじゃ......」

「いえ、今日は風もなく暖かですし、それに......この着物は圭太殿が選んでくれた物ですので一番最初はこの着物を、と。」


紗江が今着ている白いワンピースは、下着以外で唯一俺が選んだ服だ。

ファッションに疎い俺が、何となく紗江に合うんじゃないかと思って選んだのだけど、紗江が気に入ってくれたのなら良かった。


「まあ、そんなに外を歩くわけじゃないし、大丈夫か。あと、結構似合ってるぞ、紗江。」


黙って俯いてしまった紗江に背を向けて車に向かう。

ただ、すこし残念なのはあの髪型だけだ。


紗江を助手席に座らせた俺は友達の美容院に車を走らせた。

車内では、昨日決めておいた紗江の設定についてもう一度確認した後、紗江はだんだん増えてくる人家や街並みに興味津々で、一人でギャアギャアと騒いでいた。

昨日、練習で初めて車に乗せて山道を少し走った時ほどではないが、それでも初めて間近で見る未来の景色に興奮しているようだ。

そんな紗江の様子を見ていた俺は、今日を無事に乗り切れるか少し不安になりつつ目的地に向けてハンドルを切った。


♢♢♢


「おい、大丈夫か?」

「はい......多少気分がすぐれませぬが、大丈夫で御座います......」


紗江はたった二十分で車に酔ったらしい。

車に乗って始めは騒いでいた紗江は、暫くすると口数が少なくなり、駅近くの駐車場に車を停めた時には青白い顔でぐったりとしていた。


(これじゃあ東京まで車は厳しいかな。帰りに薬局で酔い止めでも買ってくか。)


そんなことを考えつつ紗江を連れて、駅前の商店街にある目的地に着いた。


「紗江、着いたぞ。」

「ここが女髪結い......美容院で御座いますか。」


『ビューティーサロン晴美』


田舎の商店街にマッチした昭和臭漂う、古ぼけて少し色あせた看板を見上げつつ、紗江に目的地に着いたことを知らせて店のドアを開ける。

外見と違い、店の中は白い珪藻土で塗った壁と木を多用したシンプルな南欧風の雰囲気で、若い子でも違和感のないお洒落な作りになっている。


「いらっしゃませー......って、あぁ、圭太か。」


ソファーに座って雑誌を読んでいたショートカットに茶髪の女が、俺の姿を見た途端に急に声を落としてやる気をなくしたような挨拶をしてくる。

彼女以外に人気は無く、他人事ながらやって行けるのかと少し心配だ。

そして、この茶髪の女が俺の地元での数少ない友達の一人で、名前は白浜優奈だ。

中学、高校と俺と同じ学校で、高校卒業後は美容専門学校を卒業し、その後都内の美容院で修業をしていたらしいが、去年の秋にこっちに戻って来て、実家であるこの『ビューティーサロン晴美』を母親と二人で切り盛りしている。

因みに『ビューティーサロン晴美』の晴美は五十年程前にこの店を始めた優奈のおばあちゃんの名前だ。


「あぁじゃねえ。何だ客に対してその態度は。つーか相変わらず暇そうだな。」

「あんたねぇ、たまにしか来ない癖に......って......」

「あの、失礼いたします。」


いつもの様に俺に罵声を浴びせようとした優奈は、俺の後ろからおずおずと店に入ってきた紗江を見ると、驚いた様子で俺へ顔を向けた。


「あ、あぁ、いっらっしゃい......って、圭太っ!ちょっと!」

「ちょ、何だよ......」


優奈は急に俺の腕を掴むと、俺を店の奥に引っ張って行った。


「ちょっと、この前電話で言ってた親戚の子ってあの子?」

「あぁ、そうだけど......何かおかしいか?」


優奈の様子に、紗江に何処かおかしい事があったのかと一瞬焦ってしまう。


「おかしいといえばおかしいわよ。あんなにかわいい子が圭太の親戚だって事が。」

「......悪かったな。俺の親戚で。で、どうだ?全体的に髪が長いんで、切るかどうかは彼女と相談して、いい感じにしてやって欲しいだけど。」

「オーケーオーケー!任せてよ!あんなかわいい子の髪をいじれる機会なんて滅多にないから私も楽しみよ。」


俺と優奈は少し緊張した様子でこっちを見ている紗江の下に戻ると、優奈は紗江に歩み寄り挨拶した。


「えーっと、私は白浜優奈って言います。今日はよろしくね!」


優奈は紗江の身長に合わせて少し腰を屈めてにっこりと挨拶をする。

すると、優奈を見ていた紗江は、横の俺に一瞬目を合わせてから口を開いた。

その紗江の目つきに嫌な予感がした。


「あ......初めまして。私は......ストリッ......ふぐっ!」

「優奈、こいつは水無瀬紗江って言うんだ。いろいろ小っちゃいけど高校生だ。」


紗江の口を咄嗟に抑えた俺が紗江に変わって紹介する。

危ない危ない!さっきの目つきで嫌な予感がしたからぎりぎり間に合ったけど、絶対わざとだろう。

紗江は俺がストリッパーと呼ぶ事に悪意がある事を確実に分かっているようだ。


「さ、紗江ちゃんね?高校生なんだ......じゃ、じゃあ、あっちに座ってね。」


俺が代わりに自己紹介した事に戸惑った様子の優奈だったけど、気を取り直して紗江をイスに座らせると、今日はどうするかを紗江と相談し始めた。


「すごくきれいな髪ねー。紗江ちゃんがあまり切りたくないのも分かるわー。」

「ありがとう......御座います。で、できればあまり......」

「うん。圭太から聞いてる。でもさすがに前髪は切った方が良いかな?あと少し重いでしょ?後ろもこれくらい切った方が頭も軽くなってスッキリするけどどうかな?」


優奈は紗江の髪を愛でるように触りつつ、腰から少し上、背中の真ん中辺りで切る事を提案してきた。


「それくらいであれば......あの私、しょみ?しゅ、趣味?で琴を習っていて、髪を結う事があるので......」

「あっ、そうなんだ。だから......でもこれくらいだったら結えるよね?」

「はい。大丈夫です。」


紗江がボロを出すんじゃないかと、俺はそんな二人の様子を後ろのソファーに座って暫く眺めていたけど、昨日の打ち合わせ通りに紗江は余計な口は利かずに大人しくしている。

紗江の様子に安心した俺はスマホを見て暇をつぶしていたけど、少し暑い室内に喉が渇いてきた。


「なあ、優奈。なんか飲み物無いか?」

「無いわよ。あったとしてもアンタにタダで飲ませる物なんて置いてないわよ。」


紗江の前髪を丁寧に切りながら、こっちを見ずにいつもの様な軽口を返してきた優奈にため息を付くと、飲み物を買いに行こうと立ち上がる。


「じゃあ、そこのコンビニに行って買ってくるわ。」

「あ、あたしミルクティー。冷たい奴!」

「紗江はお茶がいいです。あとシュークリームを頂ければ。」

「じゃあ、あたしもシュークリームお願いね。」


「......はいはい。」

「圭太、はい、は一回。よろしくね~。」

「はいはい。」


この様子なら少しくらい席を外しても大丈夫だろう。

シュークリームなんて買うもんか!そう心に決めて俺はコンビニに向かった。

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