第11話 祠とプリン
朝食を食べ終わり、洗い物も全て終わらせた俺と紗江は再び向かい合ってテーブルに着いた。
「じゃあ、今後どうしたら紗江が江戸に戻れるかについて考えようか。」
「はい。宜しくお願い致します。」
俺はコーヒーを飲みつつ、飯を食べてる間に考えていた事を紗江に聞かせた。
一つ目は紗江が拾ったあの青い石が関係しているんじゃないかと言う事。
あの石を拾った途端にタイムスリップしたんだったら、あの石に原因がある可能性は高い。
二つ目はタイムスリップした場所。
紗江がタイムスリップした場所は小さな石の祠の前と言っていたが、その祠がタイムスリップした原因の可能性も高い。
三つ目は紗江が自分の力でタイムスリップした可能性。
実は青い石も祠も全然関係なくて、突然不思議な力に目覚めた紗江自身が無意識に力を使ってタイムスリップした可能性。
普通だったら一笑に付してしまう説だけど、現実にタイムスリップしてきた人間が目の前にいるので、バカらしいと切り捨てる事も出来ない。
四つ目は謎の力
今迄の三つの原因とは関係なく、謎の力に巻き込まれた説。
分からない事は全て謎の力にしてしまうという、ある意味考える事を放棄する説だ。
運命論に近いが、この可能性は意外と高いように思う。
最後はただの家出、記憶喪失、病気説
実は俺はまだこの説の可能性を疑っている。
家出や記憶喪失は、紗江の言動を見る限りほぼ無いと思っているのだが、何かしらの病気という事は十分考えられる。
俺は精神疾患について全く分からないけど、別人になり切って本人もそれを信じてしまう病気があったとしてもおかしくない。
いや、普通は真っ先にこれを疑うだろう。紗江の言う事を信じている俺自身が精神的に病んでいるのかも知れない可能性もかなり高いかも知れない。
「と、ざっと思いつく原因はこんな感じだ。」
最後の病気説は紗江には伏せて、俺の考えを説明した。
「......」
「おい、ストリッパー。」
「は、はい。聞いております。」
「......プリンか?」
「ぷりん?な、何の事で御座いましょう?」
こいつ......さっきから冷蔵庫の方をチラチラと気にして、俺の話を真剣に聞いている気がしなかったが、朝飯作る時に冷蔵庫のプリンに気付いたな。
本能的に甘くておいしい物を察知する能力だけは無駄に高いらしい。
だが、朝からデザートは出ないし、あのプリンは今度こそ俺の物だ。
一旦プリンは無視して話を進めよう。
「まあいい。で、一番可能性が高いと思っているのが青い石だ。どういう条件であの石が光るのかは分からないが、あの石が光った時に石を持っている奴がタイムスリップするんじゃないかと思っている。」
「確かに......あの石を拾ってすぐこちらに来ておりました。」
「祠が原因も考えられるけど、だったら一緒にいた”はる”さんも一緒にタイムスリップしていた可能性が高いが、ここに居るのは紗江一人だしな。まあ、”はる”さんは全く別の時代に飛ばされた可能性もあるけど......取りあえずその祠を捜しだすことだ。」
「では、やはり御府内.....東京?に?」
「ああ、乗りかかった船だし、俺が連れて行ってやるから紗江は心配するな。」
「......ま、誠にかたじけのう御座いまする。これで帰れるかも知れないと思うと。圭太殿には何とお礼を申して良いのやら。」
朝方の決意は何処へやら、少し目に涙を浮かべて嬉しそうにペコペコと頭を下げる紗江。
いや、俺も嬉しいよ。お前がプリンじゃなく俺の話を聞いてくれたことが。
「まあ待て、俺に出来るのは東京に連れて行ってやる事だけだ。探せるのはその祠を知っている紗江だけだからな。それにその祠も可能性の一つっていうだけで、見つかったから戻れるっていう確証はないし、見つかる可能性も低い事は覚悟しとけよ。」
「それは勿論そうでありましょうとも。ただ圭太殿のお陰にて僅かながら光明が見えて参りました。」
まあ、取りあえずはこんなものだろう。
一番、三番、四番だった場合は場所は関係ないだろうから、わざわざ紗江を一人で危険な下界に放つ必要はない。
唯一移動が必要と思われる二番も、俺が一緒に行ってやればなんとかなるだろう。
最後の精神病説については紗江には説明していないが、これは俺が判断すればいいだろう。俺がヤバいと思えば警察に突き出せばいい。
あとは、複合説だな。
一番と二番、一番と三番の様に複数の条件をクリアすることでタイムスリップした説。
可能性は高いが、こればっかりは実現可能な組み合わせを色々試してみるしかない。
仮に運よく祠が見つかったとしても、ずっと祠の前にいるわけにもいかないし、この場合は長期戦も覚悟する必要があるろう。
「じゃあ、決まりだな。まずは東京に行ってその祠を捜す事だ。但し......」
「但し?」
「その格好じゃ不味い。そんな格好の紗江とずっと一緒にウロウロしていたら高確率で俺が職質を受ける事になる。」
「しょくしつ?とやらは分かりませぬが、圭太殿と同じような身なりに整えないとダメということでしょうか?」
「そう言う事。お役人に「何やら怪しい奴め!」とひっ捕らえられちゃう事だ。」
「まぁ!であれば仕方ありません。圭太殿にご迷惑をお掛けする訳には参りませぬ故。」
とは言えノーパン、ノーブラで一日中街をブラブラさせるのもまずいだろう。
あいにく俺は女性を下着なして出歩かせて、その様子を眺めて興奮するような性癖は持っていない。
下着に、靴もか......せっかくだから長期戦になった場合も考えて安い服も買ってやるか......
結構な出費だけど、それで紗江が元の時代に帰れるなら安い物だろう。
「悪いが準備には二~三日掛かるんだ。俺は結構やることが出来たから、その間は敷地から出なければ自由にしてても良いから。あ、あと、あの石は常に持っておけよ。突然帰れるかも知れないからな。」
「承知いたしました。......もしよろしければ私に出来る事はお手伝いをいたします。」
「ありがとな。手伝ってほしい時は声をかけるから。」
さてと、方針も決まったし、まずは......プチ子の洗車だ。
紗江のせいで昨日は洗ってやれなかったから、先ずはプチ子の洗車を済ませよう。
♢
その後、紗江と一緒に歯磨きを済ませてから、作業着に着替えてプチ子の洗車に向かったのは午前八時になろうかと言う時間だった。
納屋から泥だらけのプチ子を引っ張り出して、ホースで水を掛けながら洗車ブラシで丁寧に洗っていく。
洗いながら昨日の件で傷がないか確認したが、特に傷は付いてなく、それよりも昨日一日中荒地と戦った時の傷がそこら中に出来ていた。
プチ子の洗車を終え、後片付けをしながら、今日のこれからの予定を組み立てていく。
先ずは洗濯。そして紗江をリビングに寝泊まりさせるのは俺にとっても夜にキッチンが使えず不便だから、空いている和室をどっか掃除させて使わせるか。
昼飯を作った後は、下着や服を買って、後は食材の買い物にも行かなきゃな。シュークリーム食べられちゃったしな。
そんなことを考えながら後片付けをしている時だった。
昨日紗江が現れた場所、桜の木の近くに何気なく目を向けた時に、桜の木の根元の所に一瞬何か石のようなものが目に入った。
木の幹の影で、雑草も生えているので見えにくいが、何か石の置物のような......
(まさか!)
俺は桜の木の根元にあるそれに駆け寄り、雑草をかき分ける。
それは小さな、バスケットボールを一廻り大きくした程の大きさの、石で出来た祠だった。
正面は扉?窓?を模したように四角くくり抜かれていて、その扉の上には三つの○が三角形を形作る様に刻まれている。
(もしかしてこれが......紗江の言っていた。)
思い返してみれば子供の頃から確かにここにこんな祠があったような記憶がある。
普段は全く気にも止まらないけど、ときどき目に留まった時に、「ああ、こんな祠あったな。」って思う程度の存在。
先ずは、これが紗江の見た祠と同じものか確認してもらう必要がある。
急いでホースを仕舞うと、母屋に向かい、縁側から直接リビングに上がった。
「おい、紗江!ちょっと来てく......」
紗江は居た。但しリビングではなくキッチンの......冷蔵庫の前に。
冷蔵庫の扉を開けっぱなしにして、その前にしゃがみこんだ紗江の手には、俺のプリンが握られている。
「あっ!」
いきなり縁側から飛び込んできた俺と目が合い、プリンを片手に固まる紗江。
「こっ、こっ、これは......違うのです。一体この世にはどのような食べ物があるのかと......けっ、決してぷりんの開け方が分からず困っていた様な事は......」
あわあわと慌てながらプリンを仕舞い、紗江は冷蔵庫の扉をバタンと閉じると、何やら言い訳を始める。
「さ、さあ。それでは私はお庭の散歩などを......」
そう言って立ち上がった紗江はキッチンから廊下に向かって歩き出す。
「紗江......人んちの物を勝手に食べちゃダメだぞ。」
「へっ、い、いえ、少し眺めていただけです。決してぷりんなる物を食べようなどと......ヘヘッ」
誤魔化すように笑いながら、顔の前で手を振る紗江。
ブンブンと振るその手には......何故か箸が握られていた。
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