第6話 夕餉
結局その後、彼女にTシャツを着せる為に二人で脱衣所に戻り、Tシャツの着かたとファスナーの閉め方を教えてやった。
まあ、ジャージのファスナーさえ閉めてもらえば問題はないんだが、ノーパンの上に上半身もジャージだけってのもちょっと可哀想だし。
Tシャツを着てジャージの前もきっちり閉めて脱衣所から出てきた彼女は何とか直視に耐えられる状態になっていた。
「これで......大丈夫で御座いますか?」
「ああ、大丈夫だ。」
まあ、今晩だけだし、取りあえずこれで大丈夫だろう。
どっと疲れが出て俺も先に風呂に入りたいが、まずは飯を済ませよう。
「じゃあ、飯にするか。その洗った着物を持ってついてきな。」
「めし?......あぁ、
「ゆうげ?いや、飯だ。」
なんか微妙に話が合わないが実物を見れば分かるだろ。
不思議そうな顔をしてファスナーを上下させている彼女を連れてリビングまで戻ると、縁側に着物を干してからすぐに食事の準備を始める。
冷めてしまったお澄ましにもう一回火を入れ、料理を皿に盛りつける。
「おーい、悪いがこの取り皿をそっちのテーブルに......って、おい、聞いてるか?。」
「おい!」
「あっ、はい!」
声を掛けられた事に気付いた彼女は、ビクッとした後に恐る恐るこっちに近づいてきて、俺の後ろ二メートル程離れたところで立ち止まると、今更ながら何かに気付いたように驚きと恐怖の色が混じった目で俺を見てくる。
「悪いけど少し手伝ってくれ。」
「は、はい......ですが、吉野殿、このお屋敷は一体......」
「その話は飯終わってからゆっくりしよう。だからちょっと手伝ってくれ。」
「......分かりました。」
「じゃあ、ここの皿や茶碗をそっちのテーブル......そこの木の台の上に運んでくれ。」
俺も聞きたい事が山ほどあるが、彼女に付き合ってたらいつまで経っても飯が食えそうにない。
料理を盛った皿やご飯を盛った茶碗を次々に彼女に渡していく。
♢
一通り食事の準備が終わり、最後に冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してから、テーブルの横に突っ立って料理を凝視している彼女に声を掛けた。
彼女からギュルギュルと腹の音が聞こえてくる。
「ほら、突っ立てないで座って。......ってもしかしてイスって分からないか?」
「い、いえ。椅子は存じております。が、この夕餉は一体......」
「あ?もし口に合わなかったら悪いが、こんなもんしか用意できなくてな。」
「いえ、そうではなく、このような贅沢な夕餉を......」
贅沢?何か嫌味を言われているようでむかっとするが、子供の言う事にいちいち腹を立てていてもしょうがない。
「まあいいから早く座れ。」
「私も......吉野殿とご一緒に、でしょうか?」
「?一緒が嫌でも我慢してくれ。洗い物は一気に片付けたいしな。」
「嫌などと......そのような......。吉野殿さえ宜しければ。」
恐る恐る向かいの席に座った彼女だが、次の瞬間には食卓に並んだ料理をキラキラした目で見つめていた。
さっきまでの驚きと恐怖の入り混じった顔はどこへやら、少しにやけた口元からは今にも涎を垂らしそうだ。
「それじゃあ、頂きます。」
俺はまず、タケノコご飯を口にする。
口に入れた瞬間、タケノコの風味が口いっぱいに広がる。
我ながら上手く出来たと思う。
「い、頂きます。」
俺が食べるのをジッと見ていた彼女はゆっくり箸を取ると、タケノコご飯を口にした。
「!!」
彼女はタケノコご飯を口にした瞬間、大きな目をさらに大きく見開き、ご飯を凝視したままモグモグと口を動かしている。
そしてゴクリと飲み込むと、凄い勢いでタケノコご飯を食べ始めた。
どうやら彼女の口に合ったようだ。
手間を掛けて作ったものを美味しそうに食べてもらえるのを見ると、こっちも作った甲斐がある。
「昨日貰ったタケノコだけど、結構いけるだろ?」
彼女は俺の問いかけにコクコクと頷きつつも箸を止めない。
一旦茶碗を置いた彼女は次にタケノコの煮物をキラキラした目で見つめている。
「吉野殿!これはっ!」
「ああ、タケノコの煮物だけ......」
次の瞬間、彼女はタケノコの煮物に素早く箸を伸ばし口にする。
「!!!」
「吉野殿!これはっ!」
「タケノコのおすま......」
「!!!」
「吉野殿!これはっ!」
「チンジャ......」
「!!!」
「吉野殿!これはっ!」
「胡瓜の漬も......」
「漬物くらい分かっております!」
(......じゃあ、聞くなよ。)
箸を止めてその様子をただポカーンと見守っている俺をよそに、彼女は凄い勢いで次々と料理を平らげて行った。
ただ、勢いこそ凄いが彼女の食べ方には何というか、品のようなものを感じる。
ピンと背筋を伸ばし、箸先しか濡らさず、大口を開けたりせず小さな口にせっせと箸を運ぶ様はまるでリスに箸を持たせたようだった。
つーか、チンジャオロースは豚肉入ってんだけど大丈夫だったのか?
まあ何にしろ、うまそうに食べてくれるのは俺も嬉しい。
嬉しそうに食事をする彼女を見つつ、おれも再び箸を取った。
♢
「「ご馳走様でした。」」
結局タケノコご飯を二回もお代わりした彼女は、洗い物を手伝ってくれた後に再び俺の前に腰を下ろして満足そうな笑みを浮かべてお腹をさすりつつ、お茶を飲んでいる。
満腹になったからだろうか、彼女からは食事前までの怯えや不安を感じさせる雰囲気は消えていた。
「さてと、飯も食ったしそろそろ本題に入ろうか。俺もお前も色々聞きたい事があるだろうしな。」
俺が話を切り出すと、彼女は手に持っていたコップをテーブルに置き、小さく頷くと真剣な眼差しでこちらを見つめてくる。
「じゃあ、最初は俺から聞かせてもらう。最初ここに来た時に確か旗本の娘って言っていたよな。」
「はい。水無瀬二郎左衛門が娘、紗江と申します。」
「年は?いくつ?」
「十八になります。」
「十八?」
若く見えるから中学生くらいかと思ってたけど、十八才ってことは高校二年か三年か。
いや、もし本当に江戸時代の人間だとしたら数え年だから満十六か十七才、どっちにしろ高校生くらいか。
年齢を聞かれたのが不満なのか、少し顔を赤くして睨むように俺を見てくる。
「ふ~ん、で、どうやってここに来たんだ?」
「先程も申しました通り、八幡様の祭礼を見物に下女の"はる"と連れ立って出かけたのです。その帰りに気付いたら突然こちらに。」
「じゃあ、その、はる?さんと歩いていたら、次の瞬間にここに居たと?」
「はい、その通りで......あっ!」
すると彼女は何かを思い出したように立ち上がると、縁側に干してある着物の所に歩いて行き、着物をゴソゴソと漁り始めた。
「あっ。ありました。」
着物の袖から何かを取り出して戻ってきた彼女は、手に握ったものをそっとテーブルに置いた。
それは十円玉くらいの大きさの全体が薄い青色をした丸い石のようなものだった。
「帰り道、小さな祠の前を通り掛かった時に祠の前に青く光っているこの石が落ちているのを見つけて拾ったのです。そうしたら......」
「ここに居たってわけか。」
「はい......」
「ちなみにその時......えっと、その石を拾った時って何年だった?」
「えっ?今年が何年と?今年は
彼女は<こいつは何を言ってるんだ>という様に怪訝そうな表情で答える。
「そうじゃなくて、"平成"とか"昭和"とか、あと、"天正"とか、元号でいうと......」
「あぁ、確か今年は元治元年で御座います。」
「元治元年ね。」
俺はスマホで元治元年の西暦を調べる。
すると、元治元年は1864年と出てきた。干支も彼女の言った通り"子"だ。
今から156年前、翌年は慶応元年だから、あと四年で明治時代となる幕末の最後の時代。
タイムスリップなんて未だに信じられないが、彼女の表情を見ているとやっぱり嘘をついているような感じがしない。
いつまでも”嘘だ、嘘じゃない”なんて言っていても話が先に進まないし、俺も早く風呂に入って寝たい。
明日の朝になれば彼女も消えていていつも通りなんてことも十分ありえるしな。
「取りあえず分かった。」
さっきから黙って考えていた俺を怪訝そうな顔でじっと見つめてくる彼女にそう告げ、コーヒーを淹れる為にキッチンに立ち、ヤカンに火を掛けてから彼女の元へ戻る。
「さっきの、「今年は何年」という質問だけど......」
「はい......」
「君にとっては元治元年だろうけど、俺にとっては令和二年なんだ。」
「れいわ?」
「ああ、西暦でいえば2020年、もし君が言った事が本当だったら、元治元年から156年後になる。」
「百五十六年後?」
「ここは君が居た時代から156年後の未来だ。」
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