第5話 お前もB組か
「おーい!大丈夫かー。」
風呂場の前まで来て、脱衣所に向かって声を掛けると、中からバタバタと慌てたような物音と共に返事が返ってきた。
「あ、あのっ。大丈夫......です。が、吉野殿に少しお願いが。」
「お願いって?......いったい今度は何やったんだ?」
「何もしておりません。ただちょっと......着物が上手く着られないので御座います。」
着物?着物ってジャージの事か?
あのジャージは俺が高校の時の学校のジャージだけど、何かダメだったか?
「ジャージに問題があったのか?俺に出来る事があれば助けてやるけどさ......」
「有難うございます。それではこちらに入って来て下さいませんでしょうか?」
「入れって......。入っても大丈夫なのか?」
まさか、女の子が着替え中の脱衣所に入るなんて、トイレに続き今日はなんてラッキ......いや、災難が続く日なんだ。
「大丈夫で御座います。一応、着物を着ておりますので。」
何だ、ちゃんと着られているんじゃないか。
服をちゃんと着ている事に少しがっかりしたのは気のせいだろう。
「じゃあ、入るぞ!」
服を着ているんだったらお願いって何だと思いながら、念のため声を掛けて脱衣所のドアを開けると、両手で洗濯機に掴まって立っている彼女の姿が目に飛び込んできた。
確かに彼女はジャージを上下とも着ていた。が、やっぱりその姿は普通じゃなかった。
まず上半身。
上半身はちゃんと両腕に袖を通してジャージを着ている。
左胸に縫い付けられた”3-B 吉野"と書かれた名札がはっきり読み取れる。
だが、確かにこいつはジャージを着てはいるが、ジャージの下にTシャツを着ておらず、素肌の上に直接ジャージを着ていた。
なぜTシャツを着ていないことが分かったかと言うと、ジャージのファスナーを閉めていないからだ。
大きく開いた胸元は、真っ白い素肌がお腹から胸までほぼ丸見えの状態だ。
彼女にとっては幸いにも、その小ぶりな胸の頂きはファスナーの淵の所でギリギリ隠れていた。
(B65といった所か。3-Bだけに。)
俺の目が俺の意思に反して自動的にサイズを測定すると、次に彼女の下半身に視線を移す。
ジャージのズボンも一応は履いている。
彼女の腰から太腿の中程までは白い布が纏っていた、が、おかしいのはさらにその下だ。
彼女は太腿の中程から下を、ジャージの片足の部分に両足を突っ込んでいた。
さっきトイレで見てしまったその細い足だったからこそ、悪い意味で両足が入ってしまったのだろう。
さっき聞いた悲鳴と大きな音も、ジャージの片足部分に両足を突っ込んでコケた時の音に違いない。
現に今も両足がプルプル震えていて、洗濯機に掴まっていないと立っていられない状態だ。
「最近は若い子の間でそんな着かたが流行ってんのか?」
「あ、あの......私も吉野殿が同じような筒を履いているのを見ておりましたので間違っているとは思っていました。ただ......」
「ただ?」
「ただ......両足を片方の筒の部分に入れないと......こっ、腰巻が。」
腰巻?腰巻って腰に巻いているあの白い布の事だろうか?
確かにあれを着ていると、タイトスカートの上からズボンを履くのと同じ状態になってしまってジャージは履けないだろう。
だから片足部分に両足を突っ込んでるのか。
「それで......宜しければ何かお着物を御貸し頂ければと。もし
「残念だけど男用も女用も着物は一着も持っていないな。」
「お着物を持っていらっしゃらない?......そんな......それでは私はどうしたら......」
眉を下げて悲しげな表情をして、上目づかいで俺を見つめてくる。
「つーか、その腰巻?を脱げばジャージをちゃんと履けるだろ?」
「なっ......!」
その途端、彼女は顔を真っ赤にして下を向くと、クネクネと体を
「こっ、腰巻を脱げと仰るのですか?そのような恥ずかしい真似は......」
彼女がクネクネと体を捩る度に、かろうじて胸を隠しているジャージが揺れて、小ぶりな胸の頂きがきわどい事になるので、小心者の俺は咄嗟に目を逸らした。
腰巻を脱ぐのはそんなに恥ずかしい事なのだろうか。
だが彼女の恥ずかしがり方を見ると、もしかして腰巻は下着のようなものかも知れない。
だとしたら、今の俺は、年頃の女の子にパンツを脱げと迫るおっさんということになってしまう。
まあ、俺からすれば腰巻を脱ぐことより、今にも頂きまで見えそうになっている胸の方がよっぽど恥ずかしいと思うのだが、彼女にとっては胸より腰巻の方が大事な物らしい。
「だったら、ジャージは諦めて腰巻だけで過ごすんだな。」
年頃の女の子にパンツだけで一晩を過ごせと迫る俺。
「そのような、はしたない真似は!」
「だったら腰巻を脱ぐんだな。」
改めて年頃の女の子にパンツを脱げと迫る俺。
「うっ!......」
そう言うと、彼女は顔を真っ赤にしたまま暫く固まっていたが、漸く決心がついたのかゆっくり顔を上げると、キッと俺を睨みつけた。
「分かりました。この際致し方ありませぬ。腰巻は脱ぎます。」
「それがいいな。」
あんな透けそうな薄い布一枚で家の中をウロチョロされたら、俺の理性の檻がいくら頑丈だといっても、いつまで持つか保証できそうにない。
だってパンツだしな。
「では、この”じゃーじ”とやらを着ますので出て行って頂けますでしょうか。」
「あぁ、そうか。悪い。」
彼女に急かされて脱衣所を出ようとした時、洗濯機の上に畳まれた着物が目に入った。
「その着物。洗ったのか?」
「はい。」
風呂が長かったのは着物を手で洗っていたからだろう。
「そっか。後で干すから持ってきな。」
「はい。かたじけのう御座います。」
俺は脱衣所から出て静かに扉を閉めると、扉に背中を付けて大きく息をついた。
(時代が違うと着替え一つでさえこんなに手間が掛かるのか......って、いやいや!)
いつの間にか彼女を、当たり前に江戸時代の人間として扱っていたけど、タイムスリップなんてあるはずないよな。
(大丈夫だ。明日になれば普通に電車で帰ってくれるはずだ。それか、朝起きた時には元の時代に戻って消えていてくれるはず!)
「はぁ~。」
もう一度大きくため息を漏らし、すでに冷めてしまったであろうお澄ましにもう一度火を入れようとキッチンに向かって歩き出したその時、背後から脱衣所の扉が開く音がしたので振り向いてそっちを見ると、彼女が着替え終わって脱衣所から出てきた。
「吉野殿、これで大丈夫でしょうか?おかしくはありませんか?」
少し恥ずかしそうに、だけど、今日一番の満面の笑みを俺に向けて来る。
恥ずかしいのを我慢して腰巻を脱いだのだろう。
今度はちゃんとジャージのズボンを履いていて、ダブついた裾を引きずりながら誇らしげにクルクルと一回転してみせた。
日本髪にジャージ。
俺が高校の時に着ていた、見慣れたエンジ色のジャージが何故か奇妙に、それでいて新鮮に見える。今の彼女がノーパンなのを知ってしまったからだろうか。
「ああ、大丈夫だ!全然おかしくない。」
俺がそう言うと、
「そっ、そうですか。有難うございます。」
彼女は、はにかみながら少し紅潮した顔を伏せ、小さな声でお礼を口にした。
「ただ......惜しいな。」
「惜しい?」
得意になっている彼女には悪いがこれだけは言っておいたほうが彼女の為だ。
「ファスナーって知ってる?」
「ふぁすなー?」
今、目の前でクルクルと一回転したのが致命傷だったのだろう。
嬉しそうに笑みを見せる彼女の顔から視線を下に移すと、胸元の”3-B 吉野”と書かれた名札のその下、最後まで彼女の小ぶりな胸の頂きを守っていたジャージが力尽きて大きくはだけており、俺の前にその全貌を曝け出していた。
「......やっぱりお前もB組だったな。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます