第12話 黄泉

 黄泉津大神ヨモツオオミカミ

 かつてこの國を造り上げた、夫婦神の片割れ。伊邪那美命イザナミノミコト


 今や黄泉を司る神となったイザナミが黄泉返りし時、この現世うつつよと黄泉は完全に繋がる。かつてはひとつだったもの。伊邪那岐命イザナギノミコトと伊邪那美命、二人が別ったこの世とあの世の門が開く。

 生きる者、死す者、全てが共に存在する世界。

 かつてこの國が生まれる前、世界が混沌の海だった頃のように。


 何もかも、全てが共に。本来は、そうあるべきだったのだ。

 だが、今は違う。

 世界はあの世とこの世に別れ、それが当たり前の理におさまった。

 今また交ざり合えば、それは再び混沌を招く。



 そうならぬように、父神、伊邪那岐命より仰せつかった。


 天照大御神アマテラスオオミカミ月読命ツクヨミノミコト

 現世を照らす太陽を司る神と、夜のす國を司る月の神。


 夜の食す國は、黄泉と同じく有るもの。現世に現れ、黄泉と共に存在する。

 夜は黄泉と束の間に重なる。丑三つの刻は、二つの世界が最も濃く重なり合う。

 けれど、常に共に存在する事はない。してはならない。


 その秩序を保つ。

 それが、父神から仰せつかった月読命の役目。

 月読命……かぐやは己の承った使命を思い出した。



 黄泉の國から繋がりしうつほ

 その空に宿った月読命の魂が、かぐやとなり生まれ出でた。

 己が何処から、何の為に空に宿ったのか。その意味を、かぐやは今はっきりと思い出した。

 この世と繋がってしまった黄泉を断ち切り、再び夜の食す國の向こうへ戻す。

 それは、夜の食す國を司る月読命にしかできぬ術。

 そして、黄泉の國から悪しき汚れた者が降りてくるのを阻むは、桃の精である桃太郎の役目。




 月は満ち明るい処は現世に現れ、欠けて闇を宿した処は黄泉に残る。黄泉と現世を行き来する円。

 そして、その円の中はうつほ

 黄泉に下った者の魂を呼び戻すには、最良の入れ物。

 その魂を宿すうつわ、生身の肉の器が必要となる。

 輪廻転生をせずに肉体に宿る。黄泉から通じるうつほに宿り生まれる。


 けれどそれは、この世の理の中では御法度。

 そして物理的な肉体を得るには、やはり子種は欠かせない。


 瓜子姫は、かぐやのなりに化けた天の邪鬼と目交まぐあった。

 母神、伊邪那美命に肉体を与える為に。

 黄泉と通じる月という巨大なうつほに、尊い母の肉体を宿す為に。


 かつて火の神である自分を産み落としたが為に、黄泉へと神去かむさった母神。

 そして、母神を神去らせてしまった自分を斬り殺した、父神。


 母神への償い、父神への償い。

 火之伽具土神ヒノカグツチノカミは、うつほに宿り瓜子姫となった。


 母神に許してもらう為に、父神に愛してもらう為に。




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