KAC20202 最高のお祭り

@wizard-T

最高のお祭り

「この世にはお祭りを楽しめる人間と楽しめない人間、二種類の人間しかいないんだよ」

「ウソつけ、じゃあ僕は何だ」







 子どもも大人も、みんながみんな、笑っているお祭り騒ぎ。


 お客さんも、店員さんも、祭り太鼓を鳴らす人たちも踊る人たちも、みーんな楽しそうだ。


 ヨーヨーの音が鳴り響き、似てない親子がすくったばかりの金魚に名前を付けている。そう言えば昔すくった金魚は年を越す前にあの世に旅立ってしまったっけ。

 同じ事にならないようにねって注意してあげなきゃいけない気がするけど、まあそれで命の大事さを知る事になるからいいんじゃないかなってのもまたしかりな気もする。ヒーローのお面の下でさぞ笑っているだろうに、わざわざその笑顔を汚しに行く必要もあるまい。


 向こうの方では祖父母に見せられた映画に出て来たそれとそっくりなお人が、何だかよくわからない口上を唱えながら薬みたいなもんを売っている。健康増進とか勢力増大とか殺し文句を並べ立ててお客様を引き込む。詳しい成分がなんちゃらかんちゃらとかじゃなく、ただただ単純明快ないい意味でのゴリ押し。

 ああやって場に引き込んで購買欲をあおるんだろうなと思う程度には、僕も人生に冷めてしまっていたのかもしれない。



 そんな中を、僕はただひとり言葉を話す二児の父の三毛猫といっしょに焼きそばを口に運びながら歩いている。


「焼きそばはどうだい?」

「おいしいよ、間違いなく。でもこの箸とか皿とか」

「フフフッ、そのためにこれがあるんだろ」


 焼きそばを食べ終わった僕の手に、三毛猫はわたあめをつかませて来る。

 それと同時に青のりがくっついた箸と紙皿は手元からなくなり、三毛猫の子供らしい小さな三毛猫の背中に乗っかっているビニール袋の中に消えていた。


「キミはどうなんだい、あの子たちの頃ぐらいに憧れてたのって」

「ちょうど僕があの子たちぐらいだった時は端境期でね、ああ言うキャラより素直に父親に憧れていたよ。って言うか今もそのまんま」


 親離れできないまま、「大人」になっちまった。

 親と同じ教師って道を何も考えずに歩みレールに乗っかった結果、経済的には自立できた。経済的には。


「お祭りってのはこんなもんかもしれない、そう思ってたんでしょ?」

「まあな」

「しょせん物事なんてすべては見方次第なんだよ」

「純粋に雰囲気を楽しめって訳かい」

「そういうのやめやめ、ほらこっちおいでよ」


 三毛猫に付き合わされるかのように、僕はちょうちんたちの明かりから遠ざかって行く。だんだんと明かりが遠くなり、暗闇が勢力を強める。


 やがて振り返っても明かりや笑い声が感知できなくなり、わたあめも手元からなくなった頃、三毛猫がやけに猫らしく鳴いた。


「わたあめをずいぶん堪能したようだね」

「十何年ぶりだったからね」

「まあ棒は預かっとくよ。それよりそこの特等席でお祭りでも見たらどうだい」


 三毛猫が右前足を上げて差した先には、田舎のバス停を思わせるような木製の椅子とあずまやがあった。

 言われるままに座った僕の前に、まるで本当のバス停のようにバスがやって来た。










「このサボリ屋め、たかが十五時間連続労働で音を上げるのか?」


「お前なんかにこんなゲームもったいないんだよ、ボクが遊んでやった方がゲームも喜ぶに決まってるんだ」


「やーいやーいデブデブ!お前の事なんか誰も助けてくんねーよーだ!」


 ガラス越しだと言うのに、罵声が飛んでくる。

 動物の顔をした罵声の主たちはバスの中で老若男女問わず、ゼッケンだけを付けて正座させられている人間たちに向かってムチを振り下ろしている。






「1番 労働基準法を無視して残業300時間させた。被害者は全治二ヶ月の入院中で現在は生活保護頼み」


「5~7番 衣服をはいで全裸で歩かせた」

「8番 5~7番を放置した。被害者は不登校に陥っている」


「12番 レストランにわざわざ髪の毛を持ち込んでスープに突っ込んだ。その結果レストランはまったく不備のないスープを作り直す事になった。その後シェフはこんな店をやめようかと真剣に悩んでいる状態である」




 いつの間にか渡されていた光るガイドブックには各個人の罪状が、その後ろにはその罪状による被害が書かれてある。


「どうだい?楽しんでくれてるかい?」


 これが最高のお祭りだと言うのか。ただただ一方的な暴行であり、私刑じゃないか。




 だがこんな醜悪な光景を見ているはずなのに、不思議なほどマイナスの感情が湧かない。


 いいぞもっとやれ、ざまあみろ、よーくわかったか。こんな言葉ばかりが出て来る。

 いくら首を振って目を背けようとしても、びた一文借金なんかしてないはずなのに首が回らない。


「認めたくない気持ちはわかるよ。でもボクだってネズミをボロボロにするまで痛めつける事もある。楽しいからね」

「それならば休みにゲームをしているけど」

「それを受け入れるような人種だと思う?」

「ゲームなんて敵がいなきゃ成り立たないよ」


 世の中でもっとも汚い所を集めたと言うのはわかる。

 そしてそれが清められていくのが楽しいのもわかる。

 だがいつ何時自分がそちら側に行くのかわかりゃしないと思うと、ただ恐ろしい。


「謝ったら許して」

「謝っても遅いかもしれないし、と言うかあれが謝ると思うと考えてるなんて優しいね」


 三毛猫の声とともに、バスの中身が180度回転しゼッケン姿の半裸の男女と僕の目が合った。痛みに顔を歪ませながら、歯を食いしばっている。


「てめえこの畜生が!俺のいったい何が悪いんだ!」

「私は、私は何も間違ってない!」

「この若造が、貴様のせいだなこのサボリ屋!」



 まったく身に覚えのない罵声が差し向けられる。

 傍観者が一番悪いとか言うが、このガイドブックを信じるのならばそれこそ八つ当たり以外の何でもないじゃないか。


「ね、正当な理由ならあるんだよ」

「じゃああそこにいたのは」

「まあそういう事。これをきっかけにみんな変わって行くよ」


 みんな変わって行く。そう、人間は変わらなきゃいけない。

 もういい加減親から離れ、自分だけの力で教師にならなきゃいけない。



「こんなん最高のお祭りじゃねえ!」

「ならいいんだよ、じゃあね」


 僕はだからこそ目一杯の声で吠えたが、三毛猫は軽く笑っただけだった。

 その三毛猫の声と共に、バスが走り去って行く。三毛猫もバスを追いかけるように走り去って行った。

 バスとほとんど同じ速度で、息を切らす様子すらない。その気になればいくらでも追いかけて捕まえられるって事なんだろう。

 子どもたちも親と同じ速度で付いて行き、やがて視界から消えた。




 ※※※※※※※※※




 全てが夢だったのに気が付いたのは、午前五時半の事だった。


 不思議なほどに、寝覚めは良かった。

 こんなにすっきりしていいのかと思うぐらいには朝飯がうまい。

 だがそのうまさがまた、不安をかきたてる。

 あんな風に都合いい世界を求めるような人間に、はたして教師が務まるのか。今度父に相談してみようと思いながら、僕は家を出た。


「おはようございます」

「おお、おはよう……」

「どうしたんです?」

「いや、何でもないんだ……」


 同僚の先生たちが何か不穏なのは気のせいだろうかと思いながらいつもの席に座り、スマホを覗くとニュースが入っていた。

 なぜ今まで見る気にならなかったのか、それもまた不思議だった。


「昨晩、男女数十人行方不明」

「昨晩、小学生~高校生の子どもたち数百人が原因不明の重軽傷」

「行方不明になった人間はみなブラック企業の重役やクレーマーという噂あり」




「すみません!ついうっかりニュース見てなくて!」


 血の気が引いたのは、たぶん社会人として正しい反応なんだろう。

 ただでさえ物騒なこのご時世に、こんなたくさんの犠牲者が出るなどやっぱり気を付けなければならない。


「やれやれ、仕事熱心なのもいいけどちゃんとニュース見ないと」

「子どもたちと話合いませんよ」

「はーい……」


 僕は今、あの最高のお祭りがくれた最高のプレゼントをうまく使えている。


 そう思いたい。

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