【後編】アイデンティティカード


2019年9月19日 @築地



「それにしても久しぶりだな。急に連絡してきたから何かと思ったぜ?」

Fはサーモンを素手で頬張りながら言った。


「久しぶりに話したいと思ってな。」俺はそう言って、箸で出来たての卵焼きを口に頬張った。Fは中学の頃からの友人だ。高校まで一緒だったが、大学が違うこともあり少し疎遠になっていた。しかし、Fは唯一本音を言い合える友達だった。目元が鋭いことから本人はだれもかけてこないと言うが、意外と話すと真剣に話を乗ってくれる。うわべだけで全て肯定してくる同じ大学の連中とは大きく異なっていた。




今回、彼に会おうと思ったのは何かしらの糸口が得られると思っていたからだ。

「カード交換」について。

「そういえば、Fはカード交換に関してどう思う?」


「あれかー。率直に言うとクソだぜ。」いつも通りのFだなと思いながら、さらに聞いていく。


「なんでだよ?カードが集まればいいところに就職できるんだぜ。」


「気持ち悪いんだよな。みんなうわべだけで仲良くしてやがって、周りを見てみろよ。引きつった笑顔が顔に張り付いてやがる。」確かに。まさしく俺が思っていたことを言語化していた。


仲良くするために肯定しかしない周りの人たち。みんな「いい人」って仮面をかぶって生活しているのだ。俺もそんな人生に飽き飽きしていた。Fの言葉で改めて気づいた。そんな中、俺はFのカード事情について気になった。


「Fはカードは持ってないのかよ」


「一枚あったんだけどな、この前消えちまった」


「Fにも友達がいたんだな笑」


「そりゃいるぜ、一人くらい。でもな...」



よく聞いてみると、Fは大学で親友がいたが、家で二人で宅呑みしている時に将来の方向性の違いから大げんかになったらしい。彼らは仲良くなった時期に試しでカードを交換していたのだが、喧嘩を境にそのカードは枯れてなくなってしまったとのことだった。しかし、Fの様子はなぜか楽しそうだった。


「まあ、親友とは仲直りしたぜ。それよりも面白いことがあってな。ちょっとこれ見てみろよ」Fは体を左に傾けてカートリッジからアイカードを取り出した。確か、2年前に見たFのカード緑色だったはずだ。しかし、目に入ったのは鮮やかなピンク色だった。いや桜色と言ってもいいかもしれない。とても綺麗な色だった。そして「FG'」と言う文字。


「もしかして、Fの親友の名前って」


「そうだGだ」




Fとの会話から3ヶ月後。アイカードは廃止になった。製造元のブリフ社が破産したからだ。しかし、誰も破産した原因を知らない。なぜなら、ブリフ社は破産後に一切の情報をマスコミに流さなかったからだ。そのせいで町中で噂が飛び交うことになった。アイカードは巨大な社会実験のために使われたというものもあれば、ブリフ社の社長は宇宙人だったというものまであった。だが、証拠づけるものなんてなく次第にその熱も冷めていった。そしてカードは自主回収され、大学生のカード集めの争いも終止符が打たれた。




俺はFにあったときのに見たものを今後も忘れないだろう。確かアイカードに描かれるのは名前だったはずだ。それが本来は特徴で新たな感性に触れることで増えるとしたら… 素晴らしいことではないだろうか。




俺は澄み渡った空を見ながら、歩き出した。
肌寒い風が肩を撫で、鼻をすすらせ、肩を震わせる。
冬が近づいていた。

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