第31話 「未来の涙」

涼介を想う気持ちと失った気持ちの激しい交錯で未来は過去のあまりに悲しい事実に倒れてしまった。


涼介を信じなきゃ!・・・涼介を信じたい!

寝かされたベッドで目覚めた彼女に涼介は見えなかった。


「お母さん、公園に行ってもいい・・・?」

先日のこともあり遠慮がちに聞いた未来に母親は意外なほど明るい声で「行ってらっしゃい!あまり遅くならない様に帰って来るのよ」と言った。


公園は歩いてもすぐに行ける距離で近いと言えば近いのだが彼女にとって母の明るい笑顔はとても救われた思いがして嬉しかった!

「お母さん、ありがとう!じゃあ行って来るね」

そんな返答をして靴を履いている未来に母親は歩み寄り

「未来、大丈夫!?・・・いつもの公園でしょ?」

そう聞くと彼女の額に手を当てる。


「熱はないみたいだけど無理しちゃダメよ・・・」

心配そうに言った母に未来は元気な声で言った!

「じゃあ行って来ま~す!」

元気出さなきゃ・・・これ以上、心配掛けたら悪いという彼女の精一杯の声であった。


母親はそんな未来を見て安心したのか小さくガッツポーズをすると「そう!元気出して行ってらっしゃい」と玄関の扉を開けて送り出してくれた。


私は1人じゃないんだから頑張らなきゃ・・・

明るい太陽の光を受けてもなお、沈んでしまいそうな心を励まし涙を堪えながら公園へ続く道を歩いて行く。


いつの間にか木陰が気持ちいい季節になってたんだ・・・

涼介の死から始まり幽体となった涼介との再会だったが彼には記憶も無く未来のことも忘れていた・・・

それでも二度と離れたくない気持ちが彼を両親の住む街に行かせなかった!


彼女の一方的な我儘で彼を自分の部屋に案内し記憶が戻る様に頑張ったが彼の記憶は戻らなかった。


未来は思い切って彼が何者であるかを告白した!

彼は自分が涼介であることを知り彼女の想いに応えようと懸命に努力してくれたが未来が話す2人の過去に彼は存在しなくて彼も彼女もお互いに悩んだ。


幽体となった彼のことは好き!・・・でも死んだ涼介を忘れることが出来ない!同じ人なのだが彼女の中では同じ人では無いのだ。


記憶を失った彼に惹かれて行く自分が涼介を忘れて行く様で彼女は怖かった・・・涼介という人物はそれほど彼女にとって大切で心から愛する存在だったのである!

姿は全て同じで声も同じ、性格も歩き方も笑い方も、その全てが同じなのに記憶だけが・・・過去だけが・・・2人で歩いて来た思い出だけが全て失くなっていた。


同じ佐藤涼介なのに同じでない様な感覚に襲われた彼女は苦悩したに違いない!


未来は同じ男性なのに同じでは無い2人の男性の間で心は揺れ続けていたのだった・・・抱き締めて欲しいと願った彼女の気持ちは痛いほど切ないものであっただろう。


涼介との過去を思い出しながら歩き続けた未来は時計台のある公園にたどり着いて時計台とその上空に広がる蒼い空を眺めていた・・・

果たされなかったあの日の約束を吸い込まれそうなぐらい透明な蒼き空に描いているのかも知れない・・・その澄んだ瞳から涙が零れていた。


「逢いたいよ・・・涼介・・・」

未来は消えてしまいそうな声で言った。

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