第30話 「2人の幸せ」
樹里が病院へと搬送され数日が経過していた。
意識の戻らない彼女に誰かの声が聴こえてくる・・・
「樹里さん、ボクはピノ・・・我々は人間の魂としか話せないけど君は今、死線をさまよい続けている」
彼女は微かに思い出し始めていたが喋ることが出来ない。
「お腹の子供は大丈夫!ボクがちゃんと治したから元気な姿で生まれて来るよ・・・男の子だった」
意識の無いはずの彼女にピノは更に話し掛ける。
「孝さんの病気も治して置いたから再発して死ぬことも無い・・・きっと年老いて死ぬまで元気で暮らせる!」
「時空調整をしたから時間に多少の歪みが生じているけど僅かな誤差なので影響は無いと思うけど孝さんは死後の記憶を全て忘れてるんだ・・・君は知らない振りをして彼に合わせなければならない」
ピノは一旦、言葉を区切ると樹里に聞いた。
「君ならそれが出来るね!」
確認する様に言うと優しい声で
「子供が生まれたら境内に見せに来てくれるかい?」
そう言った後に笑う声が聴こえた。
「さあ!目を覚まして・・・君は幸せに生きるんだよ」
ピノの声はその言葉を最後に途切れてしまった。
彼女の暗闇が次第に明るくなってゆく!
うっすらと目を開けた樹里の視界に飛び込んで来た映像は嬉しそうに優しく微笑んだ愛する孝の顔だった。
「タ・カシ・・・貴方なのね・・・!」
樹里の喜びはどれほどのものだっただろう!?
彼女は孝が握っていた自分の右手に左手を重ねると
「良かった・・・」
あとは溢れ出して止まることを知らない嬉しさで彼女の言葉は途切れてしまった。
涙が頬を濡らしながら零れ落ちる・・・
「病院に搬送されたって聴いて心配したよ!
2日間も意識が戻らなくて・・・俺はずっと祈ってた」
孝は樹里の頬を伝う涙を拭いた。
「赤ちゃんは?」
樹里は祈るような目で孝に聞いた!
「大丈夫だよ!」
彼は嬉しそうな笑顔で彼女に答えると
「もっと早く言ってくれたら良かったのにきっと無理してたんだね・・・心労による疲れだって先生が言ってた」
彼女の近くに顔を寄せた彼は
「2人の初めての赤ちゃんだ!本当にありがとう」
その嬉しそうな顔を見た彼女も嬉しくて目を閉じた。
「えっ、キスしても大丈夫なのかなぁ?」
照れながら言った彼の背後から看護師の咳払いがした。
「大丈夫ですけど終わったら声を掛けて下さいね!先生を呼んで来なくちゃいけないので病室の外で待ってます」
孝と樹里に笑顔で言うと外に出て行った。
「これからは体をもっと大事にしてくれよ・・・元気な子供が生まれて来る様に俺が何でも手伝うよ!」
優しく言った孝は樹里にキスをした。
彼はすぐそばに居たのに見えなくて聴こえなかった頃や孝が見えるようになり声が聴こえたあの時を知っている樹里は彼の唇の感触がとても愛しく思えた。
「体力が戻ったらすぐに退院して我が家に帰れるよ!」
そう言った彼は病室の扉を開けて看護師に声を掛けた。
「夢じゃないよね・・・?」
小さく呟いた樹里は両手で顔を覆い泣いた
幸せはこれほど嬉しく有難いものなんだと噛み締める
「ありがとう!・・・貴方」
その声に振り向いた孝は両手を胸の前に拳を握り締め
「頑張れ!」とポーズだけして見せた。
その眩しい笑顔が樹里にとって最高の宝物であり孝には樹里の存在が彼の幸せだった!
彼はここ1ヶ月間の記憶が曖昧なんだと彼女に謝ったが彼女は普段通りじゃないの!?と茶化した。
次の日、検査で異常の無かった樹里は孝に連れられ退院し仲睦まじく帰途に着いた。
樹里のお腹に幸福を抱えて・・・
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