第14話 「愛しき人」

相変わらずの学校生活。


そして理解者の存在しない家庭・・・

樹里を取り巻く環境に変化は無かった。


しかし、そんな彼女を救ってくれる光りが一つだけあった。


いつもは沈み込んで訪れていた校舎裏・・・誰もいない秘密の場所

今日の彼女はいつもと何か様子が違って見えた、明るい表情である。


お弁当を開き食べ始めるが彼女の視線は常にある方向を気にしていた

そう、金網の向こう側に見える細い道ばかりを見ていた。


きっと昨日の軟派なヤツ!

まだ名前さえも知らない人を待っていたのだった。


ただ話し掛けてくれただけの人、でもその話し方は気軽で優しく思えた。


彼にとってはただ興味を持っただけかも知れなかったが彼女にはそうではなかった。


深い暗闇の中で方向もわからず泣いていた彼女に小さく輝いた北極星!

その光で彼女はやっと歩き始めたのだった。


何度も気にするうちに表情も自然と次第に暗くなって行く・・・

人を信じることが出来なくなった彼女にとって「待つ」ということは諦めなさいと自分に言い聞かせることにつながって行く。


「なんてバカな私・・・来るわけないじゃない!」

自然と箸も動きが鈍くなっていた。


そんな時である・・・自転車に乗り走って来る

彼の姿が向うに見えた!

彼の姿が次第に近くなると彼女の心臓は爆発してしまうほど激しく動悸を繰り返す。


自分でもどうしていいかわからなくなった彼女は右や左に視線を移しながら動揺しパニック寸前の状態だった。


やがて彼は金網の前で自転車を止めると

「やあ!」と軽く手を挙げた。


彼女はその声に激しく反応し急に立ち上がる!

当然、膝の上に載せた弁当箱は落ちてひっくり返ってしまった。


「そんなにビックリさせちまったか?ごめんな!」

自転車を降りると金網まで心配そうな顔で歩いて来る。


「いえ・・・あの・・・」

返す言葉もみつからないまま彼の方も見ることが出来ずに落ちた弁当箱を見ていた。


「本当に悪かった!こっちを見てたから気付いてるんだとばかり思ってたんだ」


「ん!?・・・泣いてるのか?」

うつ向いたままの彼女に感違いした彼は心配そうに尋ねる。


「いえ!貴方は悪くないです!」

「びっくりした私の方が悪いのですから・・・」

相変わらず動揺したままの彼女は意味不明な返答を連発する。


金網に手を掛けた彼は小首を傾げて

「ホントに大丈夫かぁ!?」


「俺の名前は如月孝!」


「君の名前、聞いてもいいか?」

彼の言葉に小さく頷いた彼女は

「樹里・・・水野樹里」そう言った。


「教えてくれてありがとう!」


「落ちた弁当は食うなよ」

冗談を言いながら笑い自転車に乗って走り去った。


落ちた弁当を拾いながら彼女は泣き顔で笑っていた。


そんな日々が幾日か過ぎ次第に仲良くなった2人は金網越しに楽しく話す様になっていた。


今日は土砂降りの雨・・・さすがに会えないと思いながらもカバンから傘を取り出した。


たとえ会えなくても彼を待ってみたかったのだ・・・

校舎沿いを歩き裏に向かう

激しい雨が彼女の赤い折りたたみ傘を叩いていた。


いつもの校舎裏に行くと金網の向こう側に彼がズブ濡れのまま立っていた・・・

赤い傘に気付いた彼は自転車を降り金網へと歩み寄って来る、彼女は金網へと走り始めた!

傘を投げ捨て泣きながら走った。


ズブ濡れになった彼女と向き合った彼は言った。


「樹里が待ってたら悪いと思ってね」

その優しさに彼女は声を上げて泣いた!

金網越しに触れ合う指先・・・2人は唇を重ねた。


土砂降りの雨が世界を遮断し2人だけの世界を作り出す。


そして彼は照れ笑いしながら言った

「次は学校の外でデートしてくれるか?」

嬉しそうに頷いた彼女はもう一度、静かに目を閉じた。

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