第13話 「未来の想い」

携帯の振動音がする・・・いつもの時間だ。


未来は静かにベッドから起き出しトレーニングウェアに着替え始めた・・・


僕がここで暮らす様になってから毎朝、この光景を見ているのだが寝た振りをしながら知らぬふりで何をしているのかも彼女に聞いたことは一度もなかった。


午前6時、外はもう明るいのだが閉め切ったカーテンにより彼女の姿はシルエットでしか見えない。


着替え終わるとドアを開け静かに出て行った・・・

早朝トレーニング?

そう思えるのだが彼女が運動部に所属している話は聴いたことが無いし学校が終わるとこの部屋に真っ直ぐ帰って来てるはずなのだが・・・!?

どうしても気になった僕は彼女の後をついて行くことにした。


幽霊である僕は実体が無いので着ている服も汚れないし寝る時も同じ服装で眠る。


彼女から教えてもらったのだが現世の服を借りて着替えようとしてもすり抜けて着れないそうなのだ。


実際に彼女の留守中に試してみたが服を脱いでも着ることは出来なかった!

裸になっても鏡に映らない自分に苦笑しただけだった。


ドアをすり抜け下に降りて行くと彼女は朝食の支度で忙しい母親に

「じゃあ行って来ま~す!」

と言いながら玄関を出て行ったところだった。


僕も靴を履いて急ぎ後を追う!

密かに尾行する必要もないので家を出ると走り出した彼女の後を同じく走ってついて行った。


だが前だけを見て走る彼女は足音もなく走る僕に気付かないままあの日、待ち合わせた公園まで走って行くと更に公園の中を走って周回しはじめる。


僕は時計台そばのベンチに腰掛け彼女が走る姿を眺めながら廻って来るのを待った。


ゆっくりなペースで走っていた彼女は向こう側で僕に気付きペースを上げ猛烈な速さでこちらに向かって走って来る!


もしかして彼女の後を着いて来たから怒ってるのか!?

僕は立ち上がりちょっと逃げ腰になった!

「待って!逃げないで・・・消えたりしないで!」

彼女の声は哀願する様な泣き声になっていた。


僕が思いとどまる様にベンチへと腰掛けると彼女も倒れ込む様に隣りへと座った。


息も絶え絶えに咳き込む彼女に

「大丈夫か?そんなに走って来なくても良かったんじゃないのか?」

不思議そうに僕が尋ねると

「嬉しかったの!」

意味のわからないことを言った。


「貴方がそこに居たことが嬉しくて全力で走って来たの!」

いつも一緒なのにそんなに喜ぶことなのか・・・?

僕には益々意味がわからない。


「黙ってついて来たから怒ってるんじゃないかと思ったよ」

半分、照れながら言った。


「私の彼は毎朝、この公園を走ってた」

彼女は息を整えながら話し始める・・・

「2月14日、手作りの小さなバレンタインチョコ」

「渡そうと思ってこのベンチに座ってたの」


「彼は私の幼なじみで毎朝、タイムを計りながら付き合ってた」


「小さい頃は大好きだっていつも追い掛け回してたのにいつの頃からか言えなくなってた・・・」


「ずっと、ず~っと好きだったのに」

彼女は照れながら遠くを見ながらため息をついた。


「でも渡す勇気がなくて彼が前を通り過ぎて行く度に次の周回こそはって寒さも忘れて待ってた」


「だって止まってから渡すの恥ずかしいでしょ!?」

僕の同意を求める様に照れ笑いをすると

「次の周回も、また次の周回も・・・渡せなかった」


「いつも彼はこの公園を10周走るの」


「10周目を過ぎても渡せなくて・・・」


「通り過ぎた彼の後ろ姿を見て私は泣いちゃった」


「勇気のない自分が悲しくて止めた時計ばかり見てた」

「もう終わりだって・・・」

思い出してしまったのか?彼女は言葉に詰まった。


「チョコを持ったまま泣いてたら足音が聴こえたの」


「彼の走る足音が聴こえたのよ!」

彼女は満面の笑みで嬉しそうに言った!


「彼は私にこう言ったの」

「この1周は君にプレゼントだ、お返しは?って」


「チョコを受け取ってくれた!」

僕を見た彼女の目が涙でキラキラしてる

きっと泣いてしまうほどに嬉しかったんだろう。

「付き合うことになった私と彼はいつもこのベンチで話してた」


「彼は私のこと、どう思ってるのか全然言ってくれなくて・・・」


「私は彼に聞いてみたの!?」


「そしたらホワイトデーに言うからって・・・」

そのまま黙り込んでしまった彼女は涙を膝の上にたくさん落とした。


僕はそれ以上、何も聞けなかった。

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