第10話 「墓参り」
彼は今日も部屋の片隅でうずくまっていた・・・
その視線の先には椅子に腰掛けたまま視点のない眼差しで動かない女性が居た・・・
時間が止まってしまったかの様な静寂が続いている。
「俺はここで何をしてるんだ・・・」
「樹里(ジュリ)に逢う為に戻ったんじゃなかったのか!」
自分の額を拳で叩きながら悲痛な声で言った。
だが彼女にその声は届くはずもなく静寂は続く
今日でもう2週間が経つ・・・
その間にも彼は悲しみに暮れる彼女のそばで色んなことをやってみた。
ペンを持とうとしたり話し掛けてみたり、抱き締めようとしたり・・・だが全て徒労に終わった。
何一つ、彼女に伝えることも触れることも出来なくて無力な自分を罵るだけに終わってしまう。
これではここに帰って来た意味がない!
彼が色んな想いを抱え苦悩していると突然、彼女は立ち上がり隣の部屋に入って行った。
「やれやれ、また俺の墓参りか・・・それと彼か?」
自分の死を悲しんでくれるのは嬉しいのだが泣き暮らしている彼女をずっと見ているのも辛い!
神殿にて手に入れた知識を持ってすれば何か彼女に伝える方法があるんじゃないかと思って来たのだが事態は更に深刻さを増していたのだ。
着替えて部屋を出て来た彼女は鍵を手に玄関へと向かう
彼もそれに合わせて立ち上がり彼女の後を追った・・・
桜の花も満開を過ぎチラチラと花びらを散らす坂道をゆっくりと登りながら歩く樹里の横に寄り添う様なかたちで彼も並んで歩いていた。
彼女の手には途中で買った小さい花束といつだったか彼が樹里の誕生日に贈ったハンドバッグ。
無表情で歩く彼女の姿を見ながら
「随分、痩せてしまったよね!?」
彼は語り掛ける様につぶやいた。
墓の前に来ると彼女はしゃがんで手を合わせる・・・
その墓石には
「如月孝(キサラギタカシ)」と刻んであった。
享年35歳、それを見た彼は墓地から見渡せる街並みを眺めていた。
自分の死を認めたくはないのだろう・・・
樹里はしっかりと結んだ口もとから
「うっ・・・うっ・・・」と堪え切れぬ呻き声が洩れる。
すでに目もとからは大粒の涙が溢れ出し頬を伝って合わせた手の上に落ちていた。
その様子をすぐ傍らで見ていた彼は彼女の肩に手を置くがその手は空しくすり抜けてしまった。
「樹里、ごめんよ!」
「俺が生きてればお前にこんな思いをさせなくて済んだのに・・・ごめんな」
言葉の最後は涙声であるが彼女には聴こえるはずも無かった。
バッグからハンカチを取り出し丁寧に涙を拭いた樹里は墓石に向かい話し掛ける様に言った。
「貴方が死んで2週間ね?」
「こんな私を見たら貴方はきっと怒るでしょうけど私はどうしても貴方の死を受け入れることが出来ないの」
差した花を再度、整えながら語り続ける。
「病気で苦しむ貴方を見ているのはとても辛かった」
「どうか助けて下さいと何度も神様に祈り続けたわ」
再び溢れ出す涙をハンカチを持った手で押さえる。
「痛みに苦しむ貴方にもっと生きてって願う私は自分勝手よね?」
「でも私には貴方しかいなかったの・・・」
嗚咽で声が詰まる。
「今頃はどこにいるのかな・・・」
「きっとどこかでまた逢えるよね!?」
彼は彼女の隣で崩れ落ちたまま拳を地面に叩きつけながら泣いていた。
「私の声は貴方に届いているのかなぁ」
蒼く澄みきった空を見上げながら言った。
「また逢いに来るね!風邪ひかない様にしてね」
立ち上がった彼女は墓石を優しく撫でながら言うと立ち去り難い思いを胸に帰り道とは違う方向に歩いて行く。
涙を袖で拭き彼はその後に着いて歩きながら
「お前はバカな奴だ!死んだ人間が風邪などひくか!?」
つぶやいたが彼女の優しさが嬉しかった。
30メートルほど歩いて樹里は立ち止まり正面のお墓に手を合わせる。
「彼の墓だな・・・」
墓石に刻まれた文字を見ながらつぶやいた。
「ありがとう・・・」
死んでいる彼も一緒に手を合わせ深く祈った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます