第6話 「神殿」

彼は更に奥まった方に僕を促しながら語り始めた。

「最初に目覚めたのは真っ白い壁に囲まれた部屋だった!」


「扉も無く真っ白な場所でどれくらいの広さが有るのか見当もつかない空間で目が覚めたんだ・・・」

まるでその場所に居るかの様に視線を巡らせ更に続けた。


「起き上がって少し歩いてみたけど壁にも触れないし扉らしき出口もみつからなくてねぇ、真っ白で色の無い世界ではどれだけ歩いたのかもどちらの方向に歩いてるのかもさっぱりわからない!」


「死んだらこんな世界に来るんだって思ったよ・・・」


僕は彼に聞いた

「死んだって知ってたんですか!?」


「ながい闘病生活だったからねぇ」

「今、思えばとても苦しかったよ!」

「スーッと苦しさが無くなったんでその時に死んでしまったんだ・・・とわかったよ」

言った後にひとつ咳をしてまた話し始める。


「体の力が抜けて意識も感覚もなくなり気が付いたら真っ白!」

「無我夢中で歩き続けた・・・いや、走っていたかも知れないが途中で

黒い亀裂みたいな物が見えたんだ」

右手で前方を指差しながら僕の方を見て微かに笑った。


「両手を前にゆっくりとそこに進んで確かめてみると白い壁を突き抜けられたんだ、

そこは真っ黒な部屋で振り返ると白い亀裂が見えた」


「壁の色は真っ黒なんだが一つだけ机が在り一冊の本が置かれていた」


「真っ黒な部屋で明かりもないのに机と本だけはハッキリと見える!」


「不思議だと思わないか?」

僕に問い掛けるが僕は話しの続きが聞きたかったので大きく頷いた。


「本を開いてみると何も書いてないのに知識がどんどん入って来る!」


「ほんの一瞬でこの世界の成り立ちから死んだ後の結末まで全てを知ってしまったんだ・・・何もかも全てをね」


「何かの気配を感じて白い亀裂から真っ白な世界に慌てて戻った」


「その知識は今でもここに入ってるんだよ」

自分の頭を指先で軽く叩きながら得意げに微笑んだ。


「それから間もなく真っ白だった空間は花と緑に囲まれた草原の風景に変わり、周囲には人影もまばらに見えて全員が導かれる様に一つの方向に向かい歩き出したんだ」


「しばらく歩くと虹色に輝く小さな池が2つ見えてきた!」

身振り手振りで話す彼は両手をいっぱいに広げて続けた。


「すると頭の中で声が聴こえたんだ・・・選択の場所ってことは知っていたけどね」


「右の池に飛び込めば自分が死ぬ前の世界へ・・・勿論、生き返りはしないが会いたい人の姿をもう一度見ることが出来る」


「左の池に飛び込めばどこかの世界で生まれ変わる・・・もう一度、赤ちゃんから人生が始まるってことだよ」

「若者は右が多くて老人達はほとんどが左の池に飛び込んだ!」


「貴方は右の池を選んだんですね?」

こんな姿でここに居るのだから当然、右しかないだろうが確認する様に問い掛けてみた。


「この世に大切な人を残して来たんでどうしてるか心配でね」

「迷わず右に飛び込んだよ」 

彼は笑顔で答えると更に続けた。


「この世で過ごせる期間は30日間だけなんだ」


寂しそうな口調で言うとまた言葉を続けた

「期間が過ぎると記憶をすべて失いどこかの世界で生まれ変わるんだどちらに飛び込んでも生きてた頃の付き合いはすべて消えるってこと」

終わりの言葉は聞き取れないほどに小さな声だった。


「悲しいでしょうね?大切な人と二度も別れるなんて・・・」


僕はつぶやく様な感じで言うと彼の方に向き直り

「僕はいつまでこの街に存在出来るかわかりませんがまた会えるといいですね!」 

右手を差し出した。


彼は嬉しそうな表情を浮かべ握手しながら

「きっとまた会えるさ!」

そう言って人混みの中に消えた。


「温かかったなぁ」 

右手を見ながらつぶやいた僕は約束の公園へと向かい歩きだした。

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