吾輩は仔猫が保護される動画を見た

斜 てんびん

みるだけの話

 暖房のついた部屋で安物のベットに寝ころびながら、僕は某動画共有サイトを開いていた。

 「飲めば痩せる~」バカみたいな広告をスキップボタンを押すまで五秒。五秒待つ間に、自分はいったい人生で何秒無駄にしたんだろうという問いが頭を過るが、スキップを押すまでに霧散しているのが、僕が僕たる所以だろう。


「みぃ、みぃ」


 スマホのちっぽけな画面に、さらにちっぽけな命の姿が映っていた。


「狂犬病、回虫、ダニ」


 半端知識の単語の羅列。

 ベットの上で、暖房を付けながら、悠々と。つぶやく僕の声は、恐らく恐らくおぞましかった。

 「こんなところで……」呟く声は、画面半分を埋め尽くす手の持ち主のものだろう。

 何のためらいもなく、側溝の中で埋もれるはずだった命に手が伸ばされる。

 「いて、いてて」ライトで白く光った背景に走るひっかき傷。先ほど呟いた単語の羅列が僕の頭を過った、「ばっちい」と声にまで出す。

 拾い上げられた仔猫は、弱り目が赤く腫れあがり、今にもな死の香を匂わせた。


 「――一週間後にはマイナス十キロ!!」広告が入った、ああ鬱陶しい。


***


 仔猫は家に連れてこられたようだ。

 温かそうなタオルに乗せられ、ミルクを与えられている。

 与えられているにも関わらず、飲もうとしない。「みぃ、みぃ」と弱々しく鳴きつづけるのみだ。

 なんで飲まない、いや飲めないのか。

 「飲まないなあ」その声がすると同時。理由と共に、字幕で解説が入った。

 ミルクに問題があるのではないか、母猫が居ないとやはりだめなのか。動画投稿主の見解に、僕は納得したようにうなずいた。


 翌日、ちびりちびりとミルクを飲む仔猫の姿が映し出された。

 気づくと僕は、ベットの上に寝ころんでいる体勢を変えて胡坐あぐらをかいている。

 スマホからは目を離さず、言い訳をするように寝ころび直した。


 「――あだ名がブルドーザーだった俺が、一ヶ月で彼女を手に入れた話!!」いい加減にしてくれ、本当に。体勢を変えても離さなかった目線を逸らした。


***


 仔猫はみるみる内に回復し、動物病院に連れて行かれるようだ。

 もっと早くに連れて行ってやればよかったものを。僕ならば拾い上げたその日に連れて行くに違いない。

 「がんばれよー」投稿主の声。心なしか仔猫が不安げな表情をしているようだ。

 そこからはアルバムのように、仔猫の体が綺麗になっていく様が流れていく。

 日を追うごとに目の腫れも引いていき、綺麗なブルーの瞳が現れた。宝石のようだ。

 弱々しかった声もいっちょ前に「にゃあ」とふてぶてしい。

 「よかったなあ」僕と投稿主の声が重なった。


 広告の雑音すらもう気にならない。


***


 動画の終わり際。

 どうやらこの猫は里子に出されるらしい。投稿主の先住猫とそりが合わなかったみたいだ。

 それでこの猫は幸せなのだろうか、育てた投稿主には飼う責任がないのだろうか。

 黒い綺麗な毛並みの青い瞳の猫。そういえば、名前が付けられてないことに気づいた。

 始めから、始めからだったのだ。

 飼う気が無かったのだ、拾うだけ拾っておいて、なんて無責任なのだろう!!


 ふと、広告の事を思い出す。

 やけに多い広告の数。この投稿主はもしや、こうして稼いでいるのか。

 くだらない、くだらない。


 僕は動画を閉じようと、画面をスワイプする。


 誤って下まで画面がスクロールしてしまい、動画のコメント欄が露わになった。

 一人の視聴者が、「側溝に落ちている猫に引っかかれて大丈夫なの、感染症とか、ダニとか色々あるじゃん」とコメントしていた。

 おびただしいbadの数々。

 「冷たいね」「お前はさぞかし潔癖症なんだろう」「人間じゃない」


 急に僕は、冷静になった。

 冷静になって、この人の意見の擁護をしたいと考えた。



 吾輩はどうやら、どうしようもなく人間らしいな。

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吾輩は仔猫が保護される動画を見た 斜 てんびん @tenton10

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