第17話 語尾が特徴的な子って好き嫌い別れる
それはある日の夕方の出来事だった。ダンジョンから戻ってきたレクトは今日の成果をキャシーに伝えて報酬を貰ったレクトは帰路につく。しかしその道中でそれは起きた。
「うぅ……うぅ……」
レクトの前でお腹を抑えながら苦悶する一人の少女。オレンジ色の髪をした少女は苦しそうにお腹を押さえて地面に倒れ込んでいるが、通行人たちは決して少女には近づこうとはしない。
なぜなら少女が身にまとう服装があまりにも異形なものだから。とてもこの国で作られたとは思えない素材でできた服を纏う少女は異国から来たのだろうか。顔立ちもどこか違っており、この国の人間とは思えない。
だからといって誰も手を差し伸べないのはいかがなものだろう。かつてルーシェルによって命を救われたレクトは迷うことなくうずくまる少女の下へ駆け寄る。
「大丈夫ですか!?」
「うぅ……お腹が……お腹が……」
「おなかが痛いんですか!? 今すぐ病院に連れていきますから!」
「違う……おなか……」
苦しそうな声を上げながらも必死にレクトに右手を伸ばす少女。何かを伝えようとする少女の右手をレクトは両手で握りしめる。
「大丈夫です。すぐに病院まで連れていきますから!」
「違う……おなか空いたデス……」
「え?」
予想外の言葉にレクトは目を点にした。
「レッくん! 君はどうして女の子を拾ってくるのよ!」
ルーシェルの叫び声が響いたのはレクト達が宿泊する宿の部屋の中。彼女の前にはレクトがうな垂れるように正座させられており、とても反省しているようだ。
そして二人の傍らではテーブルいっぱいに置かれた多種多様の料理を無尽蔵に平らげていくオレンジ髪の少女。先ほどまでの苦悶の表情など微塵も感じさせないような弾けた笑顔でテーブルに並べられた料理を次々と口に運んでいく。
お腹が空いたと訴えられたレクトはどうしていいかわからず、ルーシェルの指示を仰ごうと少女を宿まで連れて帰ってきていた。すると何と数奇なことか、ルーシェルが夕飯を作ってレクトを出迎えようとしていたのだ。
先日の一件で自分も怒りすぎたと反省したルーシェルは少しでもレクトに喜んでもらおうと貯金を切り崩して腕によりをかけて準備していた。ルーシェルが料理するなど初めてのことで想像もしていなかったレクトは戸惑いを隠せなかった。
だが空腹で倒れていた少女はルーシェルの作った食事を見るなり目の色を変えて勝手に食べ始めたのだ。愛する信者のために腕を振るったルーシェルは見ず知らずの少女に勝手に食事を食べられたことに対する怒りと、また勝手に女性を連れてきたことに対する怒りをレクトにぶつけている最中だった。
人助けをしたにも関わらず怒られたレクトは何とも不憫だが仕方のないことだ。こればかりはレクトの運のなさを呪うしかない。
「それでこの子は一体誰なのよ?」
「実は道端に倒れていて……」
「それで拾ってきたというのね?」
「はい……」
レクト的には少女を救ったため拾ってきたというのには誤解があるが、ルーシェルからしてみれば救ったのも拾ったのも大差なかった。実際ルーシェルもダンジョンでレクトを拾ったようなものだから。
「じゃあこの子の名前は?」
「ごめんなさい。わかりません」
「この子の出身地は?」
「それも……」
名前も知らないというのに出身地を知るわけがない。普通ならそう考えるところだが、ルーシェルは違ったようだ。
少女の服装を見てルーシェルは彼女の出身地を大方察していた。
「彼女はこの国の人間じゃないわ」
「えっ?」
「ついでに言えばこの世界の人間でもないわ」
「それってどういう?」
この世界の人間じゃないなら一体どの世界の人間なのだろうか。
「あなたは忍ね?」
ルーシェルが忍びという言葉を口にするとオレンジ色の髪をした少女は留まることなく動かしていた両手を止め、ルーシェルの方をまじまじと見た。
その表情は信じられないと言いたげだ。
「姉さんはウチが何者か知っているデス?」
「別にあなたのことは知らないわ。でもあなたの服装は知っている」
「ということは姉さんもこの世界の人間じゃないデス?」
「そもそも私は人間じゃないわ。女神よ」
ルーシェルの言葉に少女はポカンとした表情を浮かべる。
「紅毛人デス?」
「そんなところね。ところであなたの名前は?」
「ウチはシズル。伊賀のシズルっていうデス」
「やっぱりね」
シズルがこの世界の人間ではないということは外の世界から来たルーシェルにはすぐわかった。しかし同時にどうして外の世界の人間がこの世界にいるのかが理解できない。
この世界にはルーシェルが連れてきた異世界人はいるが、それ以外は異世界人のはずがない。書類上この世界の救済に来たのは女神ルーシェルと彼女が選んだ勇者の二人であり、他の神が干渉することは不可能である。
だというのにシズルは紛れもない異世界人。ただ一つだけおかしな点があるとすればシズルの生きた時代だろう。
「ねぇ、将軍様が元気?」
「元気でしたヨ。家宣様が新たな将軍になったデス」
「そう」
ルーシェルは別に日本の歴史に詳しくはないが、将軍と言って家宣の名前が出たのだから徳川家のなのだろう。となればシズルが生きた時代は江戸時代となるが、異世界から人を連れてくるなら平成を生きる人間の方が適応力が高く選びやすい。
つまりシズルは他の神々が読んだ異世界人ではないのだろう。ちなみに徳川家宣は江戸幕府の六代目であり、五代の徳川綱吉が制定した生類憐みの令を解いた人間である。在任期間は短く、最後はインフルエンザで亡くなったというのが雑学的な知識にあるが異世界には通用しないだろう。また綱吉が制定した服忌令は戦前まで続いたというのはたまに問われるから覚えておいて損はないだろう。
「ルーシェ様。この方は一体?」
「私にも分からないわ。ただあんまり関わんない方がいいとは思うけど」
「でも……」
すでに関わってしまったのにここで追い出すのは非情ではないだろうか。レクトはそんな思いに苛まれる。
「まあ今晩は泊めてもいいけど、明日からはダメよ」
「それなら大丈夫デス。ウチには姉御がいますから」
「ならさっさとその姉御のところに戻りなさい。私とあんたが一緒にいるのはあまりいいはずがないから」
もしシズルが他の神々が連れてきた異世界人なら同じく神であるルーシェルと関わるのは得策ではない。ましてや今回のルーシェルは世界を救いに来たのではなく、世界に引きこもりに来たのだから。
「それと私に会ったことは他言無用よ。いい?」
「合点承知の助! ウチは義理に厚い忍ゆえ、この恩義は忘れませぬ」
止めていた手を再開しながら答えるシズルだが、伊賀衆は義理に厚かったかはこの際おいておこう。結局この日、シズルは宿にあったほとんどの食事を平らげた。そしてレクト達の部屋に泊まることはなく、夜中の内に姿を消す。
「レクト! ウチを救ってくれてありがとな! この恩は忘れないデスヨ!」
「いえ、僕は何も……」
「レクトがいなかったらウチは一週間食事にありつけず餓死してたデス。それはもう飢饉のように。だから感謝するデス」
深々と頭を下げるシズル。その際、彼女の首から掛けられていたネックレスが露わになるが、そこに刻まれていた紋章の意味をレクトもルーシェルも知らない。
シズルはそのまま宿を後にしようとしたが、直前で何かを気づいたようにポケットから物を取り出すと、レクトに差し出す。
「これは?」
「とりあえずの感謝の証デス!」
シズルが手渡してきたのは変哲のないブレスレット。日本では主にミサンガとして知られているが、この世界ではミサンガは存在しない。だからレクトは受け取ったブレスレットを物珍しそうに見つめる。
ミサンガには小さく丸い銅版がつけられており、そこにはシズルの身に着けているネックレスに刻まれた紋章と同じものが刻印されている。
「これはウチが姉御にもらった御守りの一つデス」
「そんな大切なもの受け取れませんよ」
「問題ないデス。レクトは命の恩人デス」
受け取れないと言って返そうとしたレクトに半ば押し付ける形になったが、シズルは満足そうな表情を浮かべると今度こそ宿を後にする。
「じゃあまたねデス!」
「はい。またどこかで。これは大切にします!」
「ちゃんと姉御っていう人の下に帰るのよ」
「もちろんデス!」
レクト達はシズルを送り出すとようやく自分たちの食事にする。こうして謎の少女シズルとの出会いは幕を閉じたのであった。
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