第15話 主人公の友達は大体イケメン
「レクト君もゴーストに遭遇したの?」
「はい、多分……」
今日の成果を報告するためにギルド協会を訪れたレクトは、受付嬢であるキャシーに今日の出来事を伝える。ゴーストの出没情報を知っていたキャシーは驚き半分でレクトに聞き返すが、レクトは困惑した表情を浮かべた。
なぜなら恐怖のような体験をしたというのにその内容が全く思い出せないから。まるでゴーストを見たという記憶そのものにモザイクがかけられたように思い出せないのだ。
「ですがあれは間違いなくこの世ならざる者です」
「エーデちゃんも見たの?」
「はい。遠目からですが、とても恐ろしかったです」
ダンジョンでの成果を伝えに来るのだからレクトと一緒にエーデがいるのも不思議ではない。エーデは自分が見た記憶を辿るようにキャシーに説明する。
「あれは突然と現れました。あれが現れた瞬間、ダンジョンの空気が一変したんです」
「空気が? 錯覚とかじゃなくて」
「いえ、間違いなく空気が変わりました。お兄さんも感じましたよね?」
「う、うん。なんか急に悪寒が走ったみたいな」
二人はキャシーに遭遇時のことを説明するが、実際に遭遇したことがないキャシーはレクト達の言っていることをいまいち理解できなかった。
「顔とかは覚えてないの?」
「それが……」
「エーデたちは確かに顔を見たはずです。なのに思い出そうとすると靄がかかったように思い出せないんです」
「そっか。初めてゴーストについて有力な情報を得られると思ったのに」
ゴーストは初心者狩りと呼ばれることもあるが、その実体を見たことある者はいない。ゴーストが狙うのは単独で探索するビギナー冒険者ばかりで、彼らを人気のないところまで誘導してから仕留める。そのためゴーストを目撃して生還できた者がいないのだ。
しかし今回のレクトたちはゴーストを目撃して戻ってきた唯一のパーティー。なぜゴーストが彼らの前に姿を現し、そして姿を目撃されたにもかかわらずレクトたちを見逃したのか理由はわからない。
「でもあれは紛れもない人外の存在でした」
「そうだね。思い出そうとすると今でも鳥肌が立つもん」
記憶を辿ろうにも身体が勝手に拒絶反応を示す。
「それで目の前から消えたの?」
「はい。忽然と姿を消しました」
「潜伏スキルとか使った可能性は?」
「わかりません。ですがエーデたちの実力では忽然と姿を消したとしか表現できません」
潜伏スキルなどを実際に見たことがないレクトたちはそれがどういうものかは知らない。けれどもあの存在は潜伏スキルを使ったとは思えないほど忽然と姿を消した。
姿を捉えさせない上に突然現れて忽然と姿を消す女性はまさにゴーストと呼称するのが正しいような存在である。
「わかったわ。この情報はゴーストの調査を請け負ってくれた『クルアーン』にも伝えたいからもう少し時間を貰ってもいい」
「あ、それなんですけど僕だけでもいいですか?」
「それはいいけど……エーデちゃんはどこか怪我でもしたの?」
「いえ、そういう訳じゃないんですけど、今日はエーデが頑張ってくれたから」
いつもは後衛からの支援に回るエーデが今日は前衛で囮役を引き受けていた。慣れない役職に疲労も溜まっているだろうと考えたレクトはエーデを休ませたかったのだ。
「エーデもいきます」
「大丈夫だよ。ダンジョンではエーデに頑張ってもらったから、あとは僕が頑張る番だ。エーデはゆっくり休んで」
「お兄さん……」
ついていきたい思いは山々だったが、いつも以上に疲労がたまっているのも事実。エーデは素直にレクトの提案を受け入れることにした。
「ではお言葉に甘えさせていただきます」
「うん。じゃあまた明日ね」
「はい。お兄さん」
「お疲れ様。エーデちゃん」
「お疲れ様です」
挨拶を済ませるとエーデはギルド協会を後にする。残ったレクトはキャシーの案内で『クルアーン』所属の冒険者の下へ向かった。
「やぁ、君がレクト君だね
「初めまして。えっと……」
「僕はアラク。よろしくね」
そう言ってレクトに挨拶をしたのはギルド『クルアーン』に所属する冒険者のアラク。金色の紅い瞳をした好青年といった印象を抱かせる十九歳の冒険者。今回のゴースト調査にも加わっている『クルアーン』が誇る冒険者の一人だ。
アラクは自分の正面に座るように促すと、レクトにお茶を差し出した。二人がいるのはギルドに隣接された酒場の一画であり、周りには多くの冒険者が今日の成果を血肉に変えていた。
レクトは初めて立ち入った酒場に圧倒された様子を見せるが、アラクが笑いながら訪ねる。
「酒場は初めてかい?」
「はい」
「それじゃあ驚くのも無理はないね。僕も初めて来たときには驚きで絶句したよ」
周囲を見渡すアラクはどこか懐かしそうな表情で語る。
「ここはダンジョンとは違って命の危険がない上に、普段はいがみ合っているような連中たちも肩を並べて酒に酔う。一度外に出れば敵対関係にあっても、この中にいる限りは同じ冒険者。まるで異世界だ」
「凄いですね」
「君もそのうち慣れてくるとこの酒場に染まるよ。この酒場があるおかげでギルドの構想が未然に防げたことだって少なくない」
お金に余裕のない内は難しいけど、と付け加えたアラクはメニューを差し出す。どうやらレクトに一杯奢ってくれるらしい。
しかし酒を嗜まないレクトはどれを頼めばいいのかわからず、結局アラクが勧めるがままに注文した。
「それで本題だけど、君はゴーストと遭遇したってことでいいんだね?」
「たぶん……」
「そうか」
歯切れの悪い答えにアラクは苛立ちを覚えたりはしない。情報がほとんどないゴーストは遭遇してもそれがゴーストなのか判別することは難しく、相手が駆け出し冒険者なら答えに戸惑うのは仕方のないことだ。
ちょうどその時、頼んだ酒がテーブルに届くが、レクトは口をつけようとはしない。真剣な話をしている間は酒を飲む気にはなれなかった。またアラクも同じようで酒を注文したというのに口にしているのは温かいお茶である。
「レクト君。君はゴーストと遭遇してどう感じた」
「その、なんというか気味が悪いといった感じでした……」
「怖いじゃなくて?」
「はい。あれは確かに怖かったですけど、僕たちに対して何の感情も抱いていなかったような気がしまう。強いて言うなら道端に落ちている石ころみたいな」
レクト自身、気持ちの整理がついていない。だから思ったことを素直に話しているのだがアラクにとってみればそれで良かった。
知識と経験に乏しい駆け出し冒険者がうまく説明しようとしたって逆に分かりにくくなるだけだ。ならば感じたことを飾らずに吐いてくれた方が真実に近い。
「なるほど。ゴーストはレクトくんに興味を示さなかったんだね。ちなみにこれは答えたくなければ答えなくていいんだが今のポイントは?」
「えっと、2.3です」
今日の報酬で0.1がプラスされてレクトのポイントは2.3になっている。冒険者間では互いのポイントを聞くのはタブーとはされていないが、マナー違反だと考える冒険者もいる。
そのためポイントを聞くならば自分から申し出るのが常識であったが、アラクは特にポイントを言うつもりはない。これはあくまで事情を聴くためだから。
「なるほど。ゴーストは2ポイントでは興味を示さないということか」
一般的なビギナー冒険者のポイントは4.8とされている。今のレクトのポイントはその半分以下だから初心者狩りのゴーストが手を出さないのは理解できる。
けれども冒険者のポイントは本人しか知らない。つまりゴーストにはレクトのポイントを知る由がなかった。
「それとも二人以上のパーティーには手を出さない? ならばどうしてゴーストはレクト君たちの前に姿を現した? そもそもゴーストは本当に初心者狩りなのか?」
ゴーストはビギナー冒険者の恐怖と想像が生みだした存在というのが半年前の結論だった。しかしここに来て再び姿を現したのは何らかの意味があるはずだ。
考えれば考えるほど謎が深まるゴースト。結局この日はレクトから事情を聴くだけでアラクはゴーストが何者かを突き止めることはできなかった。
ただ有力な情報を得られたことには変わらず、アラクはお礼に今晩の酒代持つから隙に飲めとレクトに勧める。そしてアラクの勧めで初めて酒を口にしたレクトは案の定酔いつぶれるのであった。
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