第14話 絶世の美女って響きが好き

 木々が生い茂るダンジョンの中で人為的に作られたような開けた場所があった。その中心にいるのはイノシシの頭をした二足歩行のモンスターで手には動物の骨で作られた鎌の様な武器を持っている。


 モンスターは自らの周囲を駆け抜ける猫耳の少女を目で追いながら攻撃のタイミングをうかがっていた。


「《破裂》」


 猫耳の少女エーデはモンスターの横を駆け抜けながら弓を構えると矢を放つ。そして矢がモンスターに着弾する前にスキルを行使する。


 破裂させるのは矢に括り付けた小さな布袋。中にはエーデが調合した粉末が詰められており、粉末がモンスターの眼前で飛散した。粉末を吸い込んだモンスターは苦しそうな声を上げるが、消滅には至らない。それどころか先ほどよりも凶暴になった様子で体の横を通り抜けたエーデを睨みつけている。


「まだ終わりじゃないです」


 モンスターに睨まれたエーデは動きを止めると素早く弓矢を構え、再びモンスターに向かって矢を放つ。今度は一本ではなく二本の連射。


 一本目には先ほどと同じように鏃を布袋で覆っており、中に粉末が詰め込んでいることが分かる。そして二本目の矢には布袋は付けられておらず、代わりに油を塗られた鏃には火がつけられていた。


「《破裂》」


 エーデがスキルを行使すると一本目の矢に付けられた布袋が破裂して中に詰められていた火薬が飛散する。同時に二本目の矢が着弾すると一瞬にして火薬に引火してモンスターの頭部を巻き込む爆発が発生した。


 この攻撃でモンスターはさらに怒りを見せてエーデに襲い掛かる。しかし身体の小さなエーデは猫の様に軽快な動きでモンスターが振り回す動物の骨でできた鎌を躱していく。


 そして余裕があればモンスターの身体に目掛けて弓を放つが、射るのに十分な時間を稼げていないエーデの矢は勢いが足りずにモンスターにダメージを与えることはできない。エーデもこの程度でモンスターにダメージを与えられるとは思っておらず、あくまでも牽制の意味合いを込めての攻撃だ。


 しかしエーデの矢は想像よりも勢いが弱く、モンスターに対して十分な牽制にはならなかった。モンスターの動きが次第に俊敏になってくるとエーデの手数もそれに応じて減っていく。


「なら!」


 射る時間がないと判断したエーデは矢を射るのではなく、モンスターの足元に向かって矢を投げつけた。射貫くことに主眼を置かないエーデの攻撃なら弓で構えて撃つよりも投げつけた方が早い。それにモンスターとの間合いも近いため、投げつける方が最適な方法だった。


「《紫電》」


 投げつけた矢の先には当然ながら布袋がつけられている。そしてその中に詰まっているのは火薬であり、エーデはその火薬を飛散させずにスキルで直接引火させた。


 飛散していないため範囲こそ狭いが、火薬自体が密集していたために爆発的な威力を生みだす。その威力は爆風でモンスターの足の指を吹き飛ばすくらいだ。


 ならばモンスターの近くにいたはずのエーデもダメージを受けそうなところだが、エーデの目の前には透明な空気の壁が形成されていた。スキル《圧縮》によって空気の壁を作り出したのだ。


 だが足の指を吹っ飛ばした程度ではモンスターは倒れる訳もなく、さらに怒ったモンスターはエーデに向かって鎌を振り下ろした。


「《跳躍》」


 モンスターの攻撃に対してエーデは再びスキルを行使すると一気にモンスターから離れる。そのスキルは跳躍力を爆発的に上げるだけのスキルだが、逃げることにおいては爆発的な力を発揮する。


 元々の身体能力を相まって物凄い距離を跳躍したエーデはモンスターの攻撃を楽々回避することに成功する。エーデは同時に茂みに隠れていたレクトのことを呼んだ。


「お兄さん!」

「うん!」


 エーデからの合図が出ると木の陰に隠れていたレクトはモンスターに向かって一直線に駆け出す。その右手にはルーシェルによって買い与えられた新しい短剣が握られており、レクトは新たな武器とともにモンスターに迫る。


 しかしモンスターは背後から迫りくるレクトに気づいていない様子。気づいていないというよりは怒りでエーデしか見えていないといった方が適切だろう。


 だからモンスターは簡単にレクトの接近を許してしまった。モンスターがレクトに気づいたのは数歩手前のところだったが、その時にはもう遅い。


 迎撃しようとしたときには既にレクトの短剣がモンスターの背中に深々と突き刺される。これだけでは当然モンスターは消滅に至らないが、むしろレクトの攻撃はここからだった。


「《形態変化》!」


 レクトがスキルを使っても外から見る限りは変化は訪れない。だがモンスターの体内では形を変えたレクトの短剣が駆け巡るようにかき乱し、その肉体の内部構造を滅茶苦茶にする。


 苦痛の声を上げながらモンスターは消滅した。残ったのはドロップアイテムとモンスターを倒した証であるコイン、そしてとても短剣とは言えないような姿をした鉄の何かだった。


「お兄さん、やりましたね」


 鉄の何かを短剣の姿に戻したレクトに駆け寄るエーデ。その表情は少しだけ疲れているようにも思えたが、彼女の活躍を考えれば当然だろう。


「うん、エーデのおかげでね」

「何を言っているんですか。止めを刺したのはお兄さんですよ」」

「でもエーデが引き付けてくれなかったらあんな簡単にはいかなかったよ」


 今回のモンスターの特性の一つとして怒ると視野が極端に狭まるというものがあった。肉食動物なら標的を定めて集中するのは当然だが、今回のモンスターは集中度合いが段違いだ。


 だからエーデがモンスターを怒らせて囮になることでレクトの攻撃を容易にした。これもまたエーデの知識量が活躍した一例である。


 こんな感じで二人は万全の準備で着実にモンスター討伐を行っており、レクトのポイントも気づけば2.2を超えていた。これは薬草取りばかりをしてたレクトにとってみれば快挙といっていいだろ。これも膨大な知識量を有するエーデのおかげだった。


「やっぱりエーデはすご……」

「……!?」


 凄いねと言いかけたレクトはつい言葉に詰まる。レクトだけではなく、エーデも何かを感じたようで尻尾がピンと張り、毛は逆立っている。


 何が起きたのか理解ができない。ただ一つだけ確実に言えることがあるとすればレクトたちのいたダンジョン一画の空気が一瞬で豹変したことだ。


 何が変わったとははっきり言えないが、何かが変わったことに間違いはない。突然空気が張りつめ、一帯が緊張感に包まれる。まるでダンジョンそのものが緊張しているような感覚だ。


 そしてそれが姿を現した。レクトから見て五十メートルほどの地点だろうか、それは何の前触れもなく姿を現す。エーデも何かを感じ取り緊張した面持ちで振り返ると、レクトと同じものを視認した。


 そこにいたのは一人の女性。色素の薄い紫色のように感じ取れる髪をした色白の女性。白髪と比べればわずかに色素があるくらいで、綺麗な紫色の髪を持つエーデと比べれば限りなく白に近い髪。


 纏うのは薄手のドレスだというのに、手には白いレイピアが握られている。どこかこの世とは隔絶した雰囲気を纏う女性は紛れもない絶世の美女といえる顔立ちをしているというのに、レクトが最初に覚えた感情は恐怖。


 その女性からは一切の生気が感じられなかった。五十メートルも離れているというのにレクトとエーデは息を飲んでその女性を見つめることしかできない。話しかけるどころか、動くことさえ考えられなかった。


 ただその瞳で女性をみつめる。呼吸するのも忘れて。


 その女性はレクトたちの存在に気づくと二人の方に顔を向けるが、すぐに興味を失ったように顔を戻す。そして何かをつぶやくとその姿を消した。


 忽然と姿を消したその女性はまるで幽霊のようであった。女性が姿を消すと思い出したように呼吸を再開するレクト。


「はぁはぁ……」

「だ、大丈夫ですか。お兄さん?」

「なんとかね。エーデは?」

「エーデもなんとか……」


 二人は別に肉体的な疲労はそこまで蓄積していない。しかし精神的な疲労は今の一瞬だけでありえないほど蓄積していた。


 この世ならざる者との邂逅は二人に強烈な印象を抱かせる。けれどもこれはまだ序章にしか過ぎなかった。

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