第13話 男がいないとチーレムって言われるのですよね?

「フハハハハハ、脆い、脆いぞ!」


 ダンジョンの奥深くで木霊するのは男の猛々しい声。その声の主は全身を白を基調にした甲冑に身を包み、両手で持つ身の丈よりも大きな剣を振り回していた。


 男の周りにいたオークたちは持って居た木の棒で応戦しようとするも、見た目に似合わない大柄な男の素早い動きについていけず何もできずに斬られていく。


 好戦的なオークの群れに対して傷一つ残さず戦う屈強な男の名前はリュコス。《餓狼》という異名を持つ有名冒険者であり、その所属はギルド『レピュブリック』である。


 ダンジョンの第四階層を探索している『レピュブリック』は所属する主力メンバーのほとんどをこの第四階層に集めていた。彼らの目的はモンスター討伐ではないのだが、モンスターの方から現れるので冒険者として倒さないわけにはいかなかった。


 リュコスは次々と現れるモンスターたちを相棒である大剣とともに駆逐していた。


「どうした、どうした、来ないならこちらから行くぞぉぉ」


 手も足も出ずに消滅させられたオークたちを見て他のモンスターたちは逃げ腰になっている。モンスターたちに対して挑発をするリュコスだが、彼が動く前に背後から飛んできた無数の魔力弾がモンスターたちを殲滅していった。


 激しい爆発音を残して消滅をしたモンスターたちを見てリュコスがつぶやく。


「相変わらず貴公の《旋律迷宮》は恐ろしいな。死ぬまで止まない魔力弾の嵐など一度向けられたら股間が竦むほどだ」

「なら一発お見舞いして差し上げましょうか、リュコスさん」

「フハハ、それも一興だが時間を弄んでいたら団長に怒られてしまう。先を急ごう」


 身の丈を超す大剣を背中にしまうと再び大きな声で笑いながらダンジョンの奥深くへ歩みを進めるリュコス。そのリュコスの後ろをついていくのは同じくギルド『レピュブリック』所属の《旋律迷宮》コネッホと《神速剣》ストルーチェの二人。


 ストルーチェたちは第四階層の中でも特に危険な区域の捜索を任されていたのだが、ほとんどのモンスターたちをリュコスが一刀両断してしまうのでストルーチェとコネッホの出番は皆無だった。


 そのためストルーチェとコネッホはモンスターをリュコスに任せて雑談するくらいしかやることがなかった。


「そう言えばストルーチェは聞いた?」

「何が?」

「ゴーストが出たって話」


 リュコスがほとんどのモンスターを退治してくれるため武器は構えていないが、一応周囲を警戒しているストルーチェはゴーストと言われてすぐに何のことか思いつかなかった。


 だが半年前に頻繁に耳にした名前だからすぐに思い出す。


「ゴーストってあの半年前に忽然と姿を消したっていう?」

「そう。そのゴーストが何でも昨日また出たらしいよ」

「その話、本当なの?」


 ゴーストは半年前に冒険者たちの間で出回ったフィクションに近い噂であり、その存在はギルド協会さえも明確に確認ができていない。


「わかんない。でも何にもないのにゴーストが現れたって噂が広まると思う?」

「火のない所に煙は立たぬって言いたいの?」

「そういうこと。少なくとも何かがあったからゴーストの噂が再燃したと私は考える」


 有名ギルドに所属する冒険者でさえゴーストの実態はつかめていない。ただわかっているのはゴーストと呼ばれる存在は冒険者の片隅にも置けないということ。


「でもゴーストって言っても所詮はただの初心者狩りでしょ? そんなのすぐに見つかって処罰対象になるんじゃない?」

「それが見つからないからゴーストって言われてるんじゃん」


 ゴーストと呼ばれる存在が狙うのは初心者冒険者だ。冒険者においてポイントは重要なファクターであり、クエストをこなすことでポイントを手に入れることができる。


 ただポイントを手っ取り早く稼ぐには他人が貯めたポイントを奪う方が早い。冒険者規則で冒険者からステータスカードを奪うことは禁じられているが、死んだ冒険者のステータスカードを拾って自分のポイントにすることは禁じられていない。


 死んだ冒険者のステータスカードは道端に落ちているアイテムと変わらない存在だから。つまりゴーストと呼ばれる存在はそうやって実力のない冒険者を殺すことでポイントを奪っているのだ。


 冒険者を手に掛けることは規則で禁じられているが、誰も見てないところで手をかければモンスターにやられたのと区別はつかない。それにダンジョン内で命を落とした冒険者はモンスターと同様に消滅してダンジョンに吸収される。


「ゴーストは何人ものビギナー冒険者を手に掛けたけど、誰もその姿を見たものはいない。だからビギナー冒険者たちはゴーストと名付けて警戒していたんだよ」

「コネッホ。あなたねぇ……」


 ゴーストに関して言えば多くの噂が出回っており、その真偽は定かではない。けれども多くの冒険者たちが噂をするためにその実態はいつの間にかとても恐ろしいものになっていた。


 想像が想像を呼びゴーストという存在を強力なものにしていく。それは冒険者の想像力が生み出した怪物なのかもしれない。


「そうやって半年前も言ってたけど、プツリと姿を消したじゃない」

「そう! だから私もゴーストはビギナーが生んだ空想の怪物と思ってたのよ」


 半年前まで世間を賑わせていたゴーストはある日を境にぽつりと姿を消した。今でも初心者狩りから足を洗ったという冒険者もいるが、ほとんどの冒険者はビギナーが生んだ空想の産物として片づけている。


 だが、あのゴーストが再び姿を現したというのだから世間が騒ぐのも無理はない。


「それにストルーチェの気にしてるビギナーくんだって危ないよ。ゴーストは初心者ばかりを狩るんだから」

「なら安心ね」

「どうして?」

「だってタヌキくんは薬草しか採らない駆け出し冒険者だもの。それくらいのポイントじゃゴーストもわざわざ手を出そうとは思わないでしょ」


 あくまでゴーストが初心者狩りならの話だけど。と付け加えたストルーチェ。確かに言われてみれば薬草取りしかしないレクトのポイントは高が知れており、襲うにしてもリスクに見合わないだろう。


 二人がそんな話をしていると先頭で一戦終えたリュコスが大声で笑いながら話に加わる。


「フハハ、貴公たちはゴーストの心配をしておるのか」

「いえ、私は別に……」

「聞いてくださいよリュコスさん。ストルーチェったら気になるビギナーの子が心配みたいで」

「別に心配なんてしてないわよ。ちょっと面白い存在だなって言っただけじゃない」


 慌てて否定したストルーチェをニヤニヤした表情で見つめるコネッホ。


「フハハ、別にいいじゃないか。まあゴーストもすぐに捕まるだろう」

「どういう意味ですか?」

「今回は協会も動きが早いということだ」

「まさかどっかのギルドにゴースト調査の依頼でも出したんですか?」


 この街の主力ギルドでそんな暇なことをしてくれるようなギルドはないはずだ。しかもゴーストは実在するのかさえ怪しい存在。そんな存在の調査をしてくれるギルドなど……。


「どうも『クルアーン』の連中が動いたみたいだ」

「『クルアーン』が?」

「どうしてあそこがゴーストなんかに?」

「さあな。だが『クルアーン』が動いているのだからゴーストもそう簡単には動けまい」


 『クルアーン』は我らが妖艶なお姉さんで有名なアイシェの所属するギルドであり、『レピュブリック』と並びこの街の中心ギルドの一つだ。


 そんなギルドがゴースト調査に動いているとなれば実体の有無に関わらず噂の抑止力になるに違いなかった。


「だから安心するがいいぞ、ストルーチェ。貴公のお気に入りとやらもきっと大丈夫だ」

「だからお気に入りとかじゃないですから!」


 ストルーチェはまだ知らない。薬草取りしかしていないと思っていたレクトが膨大な知識を有するエーデと出会ったことでモンスター討伐をしていることを。


 しかし二人が邂逅するのはもう少し先の話だった。

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