第11話 猫耳少女が好きです(ヤバいわよとか)
「お兄さん、下がってください」
「わかった」
後方からエーデの指示が飛ぶとナイフでモンスターに応戦していたレクトはすぐに距離をとる。そしてレクトとモンスターの間を縫うように飛んできたエーデの攻撃がモンスターに直撃した。
「スキル《破裂》」
エーデはモンスターに向かって一本の矢を放ち、矢がモンスターに着弾する直前にスキルを行使した。すると次の瞬間、エーデの放った矢の先端に括り付けられていた小さな布袋が破裂して中に詰まっていた粉末が飛散する。
その粉末を吸い込んだモンスターは途端に悲鳴にも似た叫び声を発すると頭を何度も振って鼻に入った粉末を振り払おうとしている。
「今です、お兄さん」
「うん! スキル《形態変化》!」
モンスターの隙を逃がさないとばかりに一度距離をとったレクトが再びモンスターに接近する。しかも今度は右手に握る小型ナイフにスキルを行使して形をレイピアにような細剣に変えて。
レクトは頭を振るモンスターの動きをしっかりと観察して大きくできたスペースに滑り込むと、そのままモンスターの目を目掛けてレイピアを突き出した。
目を貫かれたモンスターは大きな鳴き声で周囲を威嚇するが、レクトの存在を認識できてはいない様子。レクトが一人ならここでもう一度スキルを使ってレイピアの形を変えることでモンスターに止めを刺すのだが、今のレクトは一人ではない。
「お兄さん、もう一度下がってください」
「わかった」
モンスターの瞳に刺さったレイピアを力づくで抜いたレクトは再びモンスターから距離をとる。同時に後方から二本の矢が飛んできた。
「《破裂》」
一本目の矢が再びエーデのスキルによってモンスターに着弾する直前で破裂した。今度は中に黒い粉末が詰まっており、その粉末が一瞬にしてモンスターの顔付近に飛散する。
そして少し遅れてモンスターに着弾したのは普通の矢の形をしたものであるが、鏃の部分には油が塗られており、火までついている。火を纏った矢はそのままモンスターに着弾すると大きな破裂音とともにぼわっと炎がモンスターの顔に襲い掛かった。
エーデが一本目に放った黒い粉の正体は火薬。その火薬に二本目の矢である火が引火してモンスターの顔に襲い掛かったのだ。
鼻から刺激物を嗅がされ、片目はレイピアによって貫かれ、挙句の果てには顔面を炎で焼かれたモンスターは既に瀕死だった。あと一手を加えられたら忽ちモンスターは消滅するに違いない。これが捕獲クエストなら完璧な手際だが、レクトたちが請け負った依頼は捕獲ではない。ついでに言えばこのモンスターでもない。
ほかのモンスターの討伐を請け負ったレクトたちはたまたまこのモンスターと遭遇してしまった。言ってしまえば遭遇戦である。本来ならルーシェルの約束に反することであるが、レクトには心強い仲間がいたから戦うことができたのだ。
「お兄さん、今です! 最後の一手を!」
「わかった!」
エーデに言われて再びモンスターに迫るレクト。右手にはレイピアが握られており、一思いに突き出すとモンスターの悲鳴にも似た叫び声が途切れて消滅する。
残ったのはドロップアイテムとモンスターを倒したことを証明するコインのみ。レクトはすぐにそれらを回収するとエーデの下まで走った。
「さすがはお兄さんです!」
ドロップアイテムを拾って戻ってきたレクトに対してエーデは目を輝かせながら出迎える。その尻尾はぶんぶんと動いており、興奮しているのがよく分かる。
「ううん、僕なんて大したことないよ。エーデの援護と知識があったから倒せたんだし」
「何を言ってるんですか。止めを刺したのはお兄さんですよ」
「でもエーデの援護がなければ初めての相手をあそこまで安全に倒すことなんてできなかったよ」
レクトの言う通り、エーデの援護がなければ準備もしていなかった相手との遭遇戦でかつ初見の相手をこうもあっさりと倒すことはできなかっただろう。もしレクトが一人だったら迷わず逃げていたに違いない。
しかしエーデの援護があったからレクトはモンスターと戦うことができた。
エーデの能力に置いて特筆すべき点はその知識量にある。様々なモンスターの特性は習性に関する知識を持つエーデはモンスターと遭遇するなり現状の戦力で最適な戦闘方法を見つけ出し、すぐにパーティーメンバーにわかりやすく伝えることができる。
モンスターとの遭遇経験が著しく少ないレクトにも理解できるように伝達する能力は称賛に値するほどだ。加えて情報分析能力も優れており、モンスターの個体ごとにある性格等も瞬時に見抜いて最適な状況へと持ち込むことができる。
「エーデは知識があっても能力がないから実戦では役に立ちません。お兄さんみたいにエーデを信じて任せてくれる人がいるからモンスターと戦えるのです。だからモンスターを倒せたのもお兄さんのおかげです」
エーデの使うスキル《破裂》は一般的な種類であり、弓矢の技術も並みのレベルだ。そのため火力不足に陥る場面も多く、結果的にモンスターを倒しきれないのだろう。
彼女のもつ知識と判断能力は駆け出し冒険者とは思えないほど洗練されているが、それを生かしきれるほどの攻撃力がなければモンスター討伐を行うのは少々厳しい。また駆け出し冒険者も小慣れてくると向こう見ずな戦いをすることが多いため、相手の情報を疎かにしやすい。
その点、レクトは慎重すぎるくらい慎重だからレクトはエーデにとってもこれ以上ない最適なパーティーメンバーだった。さすがにスペアのスペアを用意するほどの資金力はないが。
「それにまだ依頼は達成できてません」
「そうだね。ハインド・ラビット三匹の討伐が残ってる」
「お兄さんはハインド・ラビットの特性を知ってますか?」
ハインド・ラビットとというのは今回レクトたちが請け負ったクエストの討伐対象であり、ビギナー冒険者がよく相手にする草食モンスターである。
「ハインド・ラビットは草食で狂暴じゃないから倒しやすいって本で読んだよ。あと好奇心旺盛だから罠を仕掛けて捕獲してから倒す方がいいって」
「確かに捕獲して倒すのが主流です。しかしハインド・ラビットの隠された習性に臆病ってのがあります」
「そうなの?」
初めて聞く情報に驚くレクト。ハインド・ラビットは好奇心旺盛なモンスターであるとルーシェルから貰った童話には書かれていたが、エーデが言うには違うらしい。
「はい。ハインド・ラビットの多くは臆病な個体が多いんです。その中でオスの一部が好奇心旺盛で人前に姿を現すから好奇心旺盛と誤解されがちですが、実際はダンジョンのわきに隠れて冒険者をやり過ごすのがほとんどです。だから個体数の割に遭遇数が少ないんです」
これこそがエーデの強みだ。膨大な知識量を有するエーデには他の冒険者も知らないことを良く知っている。
「じゃあどうすればいいんだろ」
「簡単です。これを使います」
そう言ってエーデが取り出したのは赤い粉末。粉末の正体が何かわからなかったレクトは首をかしげるが、エーデはニコッと笑ってレクトに差し出す。
その行為が舐めてみろということを理解したレクトは少しだけ小指に付けると口に運んだ。そして直後、叫ぶ。
「か、辛っ!? え、これ唐辛子!?」
「はい」
あまりの辛さに涙を浮かべるレクトに対してエーデはニッコリと笑みを浮かべている。いたずらが成功して嬉しいのか尻尾はご機嫌な様子。
「実はハインド・ラビットは痛覚を刺激すると生存本能が働いて戦おうとするんです。だからこれを上空に放って破裂させれば隠れているハインド・ラビットたちが出てきてくれるはずです。個体数は多いかもしれませんが、それぞれの強さは警戒するほどでもないので問題ないと思います」
辛さは痛覚と言われる。つまりエーデは唐辛子をダンジョン中にまき散らして隠れているハインド・ラビットたちを誘き出そうというのだ。
それは普通の冒険者にはまず思いつかない作戦。膨大な知識量を有するエーデだからこそ思いついた作戦だ。
こうしてレクトとエーデは今日も難なくクエストをこなすのであった。
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