第10話 猫耳っていいよね

 出会いというものは突然訪れれば、また別れというのも突然にやってくる。人は日々多くの人と出会いながら関わりを持つことは少ない。けれども一度関わりを持てばどんな形であれ関係性は続く。それが出会いであり、人なのだ。


「やーやー、お兄さん。パーティーメンバーなんか募集してませんか?」

「僕?」


 ダンジョンに入るなりレクトに話しかけてきたのは可愛らしい女の子。紫色のローブを纏う少女の髪は闇を連想させるよな澄んだ紫色でツインテールに結ばれている。色白い花の中に輝く紫色の瞳は見つめれば飲み込まれそうなほどに澄んでいるが、その少女を見てまず目につくのは頭にぴょこんと生えた猫耳だろう。


 猫耳に慣れてくると次に目を奪われるのは少女の背後でひょこひょこと動く可愛らしい尻尾。レクトに話しかけてきたのはとても可愛らしい獣人の少女だった。


 この世界には獣人がいる。それは異世界なんだから獣人がいたっていいだろう。ところで獣人と亜人の違いが何か気になるが、そこは人によって違うと思うので現段階では区別しようとはしない。また獣人や亜人に対する差別が存在するかも人それぞれなので、ここで議論することは控えたいと思う。


 だからとりあえず可愛い女の子がいたということにしよう。可愛ければいいじゃないか。


 話はダンジョン内に戻る。可愛らしい耳をぴょこぴょこさせながらエーデが主張する。


「はい。エーデはお兄さんに話しかけています」

「初めまして。えっと、エーデさん?」

「エーデでいいですよ。どう見てもお兄さんの方が年上っぽいので」

「そう?」

「はい。ちなみにお兄さんのお名前はなんですか?」


 ちょこんと首をかしげるエーデの仕草はとても可愛らしい。性的志向を抜きにしても今すぐ抱き着いて撫でまわしたいと思わせる魅力がエーデにはあった。


「僕はレクト。駆け出し冒険者だよ」

「やっぱりエーデの眼に狂いはなかったです」

「どういう意味?」

「エーデもお兄さんと同じ駆け出し冒険者です。だから駆け出し冒険者同士、一緒にパーティーを組みませんか?」


 エーデの申し出にしばし考えるレクト。駆け出し冒険者にとってダンジョンは危険がたくさんある場所であり、生存率を上げるならパーティーを組むのが手っ取り早い。


 しかし人脈やコネがないと駆け出し冒険者なんかとパーティーを組んでくれるような冒険者はいないので、ほとんどの駆け出し冒険者はパーティーが組めないのだ。たまにこうして駆け出し冒険者同士でパーティーを組めることもあるのだが、基本的に駆け出し冒険者ができる仕事はソロの方がいいため駆け出し冒険者の頃はソロプレイヤーが多い。


 ソロプレイヤーとしてある程度の実力を身に付けてから初めてパーティーを組んで強敵に挑むのが冒険者の常だった。だからレクトもつい考え込んでしまう。


 ちなみに今日のレクトの依頼はモンスター討伐だ。三日前にルーシェルからモンスター討伐を一部解禁されたレクトは二日間を薬草取りで過ごしながらも頭の中では今日受ける予定だったモンスターの生態を勉強し、その対策を何十回もシミュレーションしていた。


 そうして準備ができたレクトは満を持してダンジョンに挑んだのだが、その入り口でエーデに捕まったという訳だ。


 しかしクエストの成功率を考えるならばパーティーを組むのは悪い話ではない。エーデの実力がどれほどのものかわからないが、こうして他の冒険者に話しかけるところから実力はあるのだろう。


 考え込むレクトに対してエーデが小首をかしげる。


「もしかしてパーティーメンバーは募集してませんでしたか?」

「え、いや、そんなことはないよ。ただ僕の実力が見合うか不安で……」


 モンスター討伐にいくといってもレクトは駆け出し冒険者だ。しかもモンスター討伐の実績は少なく、累計ポイントも未だに0.5である。この間のセイブル・ウルフの一件でポイントを一気に稼げたのだが、それでも1に満たないポイントは少ない。


 普通に考えればレクトとパーティーを組んでくれるような冒険者はいなかった。


「ちなみにお兄さんのポイントはどれくらいなんですか?」

「僕はまだ0.5だよ」

「凄いじゃないですか! エーデなんてまだ0.2です」


 レクトに向かって羨望の眼差しを向けるエーデ。初めて他の冒険者から羨望の眼差しを浴びたレクトは恥ずかしくなって頭をかくが、エーデの綺麗な紫色の瞳はキラキラと輝いている。さらにエーデの背後に見える尻尾が明らかに嬉しそうだった。


「お兄さん、是非ともエーデとパーティーを組んでください」

「僕なんかでよければ喜んで」

「よかったぁ。お兄さんが頼れる優しい人で」


 初めての体験につい浮かれてしまうレクト。思えばこれまでレクトの周りにいたのは誰もが年上の女性だった。


 命の恩人であるルーシェルは女神だから年齢は置いとくとして、ギルド協会の受付であるキャシーにギルド『クルアーン』に所属するアイシェもレクトより年上だ。ほとんど接点はないがこの前ダンジョン内で出会ったストルーチェも十八歳でレクトより年上。


 ちなみにレクトの年齢は十六歳と今更ながら伝えておこう。


 そういう意味ではレクトにとって初めての年下の知り合いがエーデということになる。ましてや自分よりもポイントが少ない駆け出し冒険者となればレクトの中で責任感が生まれるのも当然だ。


「じゃあよろしく、エーデ」

「はい。こちらこそ不束者ですがよろしくお願いします、お兄さん」


 こうしてレクトは新たな仲間と出会い、パーティーを組むことになった。


 しかしこの出会いが主人公になるという夢を抱くレクトにとって災厄をもたらす結果になることを知る者はいなかった。

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