第8話 妖艶なお姉さんが欲しい(切実)

「それで大丈夫だったの?」

「はい、なんとか」

「よかったぁ……」


 レクトの反応に胸をなでおろしたのはギルド協会の受付嬢で何だかんだでレクトとかかわりが深いキャシー。彼女はレクトがモンスターに襲われたということを聞いて心配したが、レクトが無傷で乗り切ったことを聞くと一安心した。


「でも災難だったわね」

「いえ、冒険者だからモンスターと戦うのは普通ですよ」

「それはそうだけど、レクト君の場合は事情が事情じゃない?」


 ルーシェルによってモンスター討伐が禁じられていることを知っているキャシーにしてみれば、レクトがモンスターと戦ったというだけでも十分驚く話だった。


 そして同時にレクトがセイブル・ウルフことでキャシーは確信する。


「まあレクト君の実力なら本来モンスター討伐で驚いちゃいけないんだろうけど」

「でもあんなにうまく行ったのは初めてです」

「何で逝くのが初めてだって?」


 妖艶な声が耳に届くと同時にレクトは背中に柔らかい何かが押し付けられるのを感じた。それがある女性の胸だということをレクトは本能的に理解する。


「あ、アイシェさん!?」

「へぇ、振り向かなくてもわかってもらえるなんて嬉しいね」

「そ、それは……」


 背中に当たる胸の感触や、後ろから抱き着いてきてついでに両手でレクトの胸を優しくなでる女性などアイシェしかいないからすぐにわかる。それにアイシェのことはレクトの身体中に鮮明に刻まれているので正体を当てるのは別に難しいことではなかった。


 背後からレクトを包み込むように抱き着いてきたアイシェはレクトの耳に軽く息を吹きかける。


「ひゃん……」

「それで何が初めてだって?」

「聞いてくださいよ、アイシェさん! レクト君たら一人でセイブル・ウルフを倒したんですよ!」

「へぇ、勇者になって勇ましくなっちゃったの?」


 耳元でささやかれる妖艶な声がレクトの脳を蕩けさせ、先日の記憶が思い出されるとレクトの身体中に稲妻を轟かせる。


 そして背後から抱き着くアイシェの右手がレクトの胸からお腹を撫でるように下がっていき、ついにはレクトの坊やまで到達した。ちなみに受付嬢であるキャシーとレクトの間はカウンターテーブルで隔たられているため、アイシェが下で何をしてもキャシーからは見えない。


 レクトが少しだけ前屈みになると更にアイシェと密着する形になり、気づけばアイシェの右手は服の中に入っていた。


「あああ、アイシェさん!?」

「安心しな、坊や。この間の夜みたく私に任せな」

「で、でも……」


 この前とは異なりここは冒険者ギルド協会である。レクトやアイシェの他にも様々な冒険者たちがいるというのに何が安心できるだろうか。


「そういえばアイシェさん、そのどうでした?」

「どうって?」

「あれですよ、あれ。レクトくんの……」

「ああ、坊やのアレね。とっても勇ましくて凄かったわよ。ほんと、勇者のもつ聖剣みたいで」


 あの日の夜のことを思い出して舌なめずりをするアイシェだが、キャシーは何を言っているのか理解できていない様子。


「自称女神って勇ましいんですか? もしかして女神は女神でも軍神!? それって力づくで物事を解決するDV女神ってことですか!?」

「ああ、そっちのことね」


 アイシェはようやくキャシーの言いたいことを理解するが、キャシーからしてみれば話の流れ的にルーシェルのことしかあり得ないため頭にはてなマークを浮かべている。


「それなら大丈夫よ、キャシー」

「それってどういう……?」

「あの女神様は信頼できる人ってことさ」


 同じ肴で酒を飲んだ仲のアイシェはルーシェルがどのような人柄かよく理解できた。だからキャシーの心配が杞憂に終わることを知っている。


「確かに話だけ聞けば問題ばかりの女神様だが、あの女神様はちゃんと坊やの保護者だよ。モンスター討伐を禁止しているのも坊やの身に危険が及ばないようにするためだし、常に坊やのことを考えているのは確かだ」


 ルーシェルにとってレクトは唯一の信者であり絶対に失うことができない大切な存在だ。だから多少過保護になりすぎるのも仕方のないことである。


「まあ坊やの稼いだ金で遊んでいるってのは感心できないかもしれないが、いざとなればあの女神様は自分の身を削ってでも坊やのために働くよ。だから安心してあの女神様に坊やを任せていいとあたしは思うよ」

「アイシェさん……」


 キャシーに対してルーシェルのことをポジティブに評価してくれるアイシェに感謝のまなざしを向けるレクト。その視線に気づいたアイシェは妖艶な笑みを浮かべるとレクトのズボンの中に潜ませた右手を更にテクニカルに動かす。


「ひゃん……」

「ふふ。それに坊やも女神様を信頼してるんだから外野のあたしたちがとやかく言える筋合いはないよ。坊やだってもう立派な男の子なんだから。ねぇ?」

「は、はい……」


 身体をビクビクさせながら答えるレクト。そんなレクトの耳元でアイシェが囁いた。もちろんキャシーに聞こえないくらいの声量で。


「こんなに立派な剣を持ってるというのに坊やは本当に坊やだね。でもあたしはそんな坊やの可愛いところが好きだけどね」


 アイシェがレクトの身体をギュッと寄せ付けて抱きしめる。その様子を見たキャシーがわざとアイシェに聞こえるように咳払いをした。


「アイシェさんがそこまで言うなら自称女神も信頼できるんでしょう。そのことには感謝します。ですがアイシェさん、先ほどからちょっとレクトくんに対して近すぎませんか?」

「そうかい? あたしと坊やはこれくらいのスキンシップ当然のことだけどねぇ?」

「アイシェさんは魅力的すぎてレクト君には刺激が強すぎます。ほら、現にレクト君の顔が真っ赤ですよ」


 確かにレクトの顔はリンゴのように真っ赤だった。顔だけ見ればアイシェに照れているようであるが、実はその下でキャシーの想像を超えることが行われているのだから赤くなるのも当然といえば当然だろう。


「だから離れて! 今すぐ離れて!」


 カウンターから身を乗り出してレクトの腕を引っ張るキャシー。アイシェはスルリとレクトのズボンから右手を引っこ抜くとレクトから離れた。


「坊や、いつでも相談に乗るから困ったらあたしのところにきな」


 アイシェはそう言って右手に人差し指をチロリと舐めるとどこかへと姿を消す。残されたレクトの表情はまだ真っ赤であり、キャシーは何かを警戒している様子だ。


 レクトの方を見たキャシーが強い口調で言う。


「いい、レクト君。もしアイシェさんに変なことをされそうになったらすぐにギルド協会に来なさい。ギルドが総出であなたのことを保護するから!」

「はっ、はい……」


 その時のレクトはキャシーの言葉など耳から入ってそのまま通り過ぎてしまうくらいに注意が散漫していたが、とりあえず返事をした。

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