第6話 馬連何某をイメージはしてません
いきなりですが問題です。ダンジョンに冒険者がいました。さて冒険者は何をするでしょう?
答えはもちろん薬草採集、な訳もなくモンスター討伐です。え、でもレクトはルーシェルによってモンスター討伐を禁止されているんじゃないの?と思ったそこのあなた! いつから主人公がレクトだと錯覚していた。今回の主役は金髪の冒険者ストルーチェです。
「はぁ!」
ストルーチェの発する声とともに閃いた細い剣が生みだすのは斬撃。ただ剣を振り抜かれただけだというのにその斬撃はストルーチェの目の前にいた三頭のモンスターに襲い掛かり、一斉に動きを止められてしまう。
いくら異世界だからといっても、ただ剣を振るっただけで斬撃が生じるはずがない。これは列記としたスキルであり、剣を扱う冒険者ならいつかは習得する基本スキルだ。
といってもストルーチェのスキルは他の冒険者とは異なり少しだけ特別だった。
「やっぱりストルーチェの剣技はいつ見ても華麗だね。さすがは《神速剣》といったところだね」
「いつもいってるでしょ、コネッホ。その神速剣っていうのやめて」
「えー、でも私は似合ってると思うけどな」
「それでも嫌なものは嫌なの」
自らを神速剣と呼称する桃色の髪の少女コネッホに不満げな表情を向けるストルーチェ。しかし彼女の動きには一切の隙はなく、振り向きながらも前方に残っているモンスターへの警戒は怠らない。
またコネッホもモンスターの動きをしっかりと補足している。
「固有スキルなんだから仕方がないと思うよ」
「別に他人から言われるのはいいわ。ただ仲間内で言われるのは嫌なの」
「相変わらずストルーチェは難儀な性格だね」
「じゃあコネッホは私が《旋律迷宮》っていったら嫌じゃないの?」
「別に。だって私その名前気に入ってるし」
そう言ってコネッホは右手に握る身の丈ほどの大きな杖を誇らしげに持ち上げる。コネッホのもつ杖の先端は三日月のような形をしており、その中には一冊の魔導書が備え付けられている。
《神速剣》のストルーチェ、《旋律迷宮》のコネッホ、この二人の名前を聞いてピンと来なければ冒険者失格。彼女たちはそれほどまでに有名な冒険者たちであった。
ストルーチェとコネッホが所属するギルド『レピュブリック』はこの街ではまず知らない者がいないほど有名ギルドであり、二人はその『レピュブリック』の中でも主力メンバーである。ギルド『レピュブリック』は現在ギルドを上げてダンジョンの第四階層を探索しており、ストルーチェたちもギルド活動の真っ最中だった。
「コネッホはいいよね。異名がお洒落で」
「そう? 《神速剣》だってかっこいいじゃん」
「かっこよくてもお洒落とはいえないじゃない」
「まあ、ちょっと武闘派みたいなところはあるもんね」
二人がそんなことを話していると動きを止めていた三頭のモンスターたちが一斉にストルーチェに向かって襲い掛かる。モンスターたちにしてみればストルーチェの隙を突いたつもりなのだろうが、当のストルーチェが警戒を緩めていることなどなかった。
自らに迫りくるモンスターたちに向かって再び右手に握る剣を構えるストルーチェ。けれども今度はその剣を振るう必要はなかった。
その前にストルーチェ背後から黄色い光る球体が無数に現れると、それらは一気にモンスターたちに襲い掛かる。まるで弾丸の嵐のような光りの球体に襲われたモンスターたちは為す術なく消滅してしまう。後に残ったのは稀少でも何でもないドロップアイテムとモンスターを倒した証明のコイン。
このコインを冒険者ギルド協会に持っていけばポイントに変えてくれるシステムだ。
「やっぱりコネッホのスキルは名前も見た目のお洒落ね」
「それほどでもあるかなー」
自らのスキルを褒められて喜ぶコネッホのスキル《旋律迷宮》は使用者が持つ魔法の杖から使用者の能力に応じて魔力弾を撃ち出す魔法。その数は術者の能力が上がれば比例して増していき、一発の威力も上がっていく。
まるで旋律を奏でるように撃ち出された魔力弾が対象を葬るまで追い続ける抜け出すことのできない迷宮のような様からコネッホのスキルは《旋律迷宮》と呼ばれていた。
対してストルーチェのスキル《神速剣》は書いて字のごとく、神速にも匹敵する剣速から繰り出される斬撃のことを指すのだが、今となってはストルーチェの剣技全体を象徴する名前となっている。そしてストルーチェはこの《神速剣》という呼称をあまり好んではいなかった。
「ウウゥ……」
コネッホの魔力弾の音を聞きつけてか、ダンジョンの奥から大きなモンスターが姿を現す。ダンジョンの天井にも届きそうな緑色の外皮を持つ巨体、その口元には天井に向かって伸びる大きな牙が二本生えており、一目見ただけで本能的な恐怖を呼び起こされる。
しかもそのモンスターの右手には身の丈に合った木の棒が握られており、人間相手なら一振りで肉体をぐちゃぐちゃにされるに違いない。明らかにこれまでのモンスターとは次元が異なるモンスターである。
「これはまた大きなオークだこと」
「明らかに普通のオークよりでかいわよ、コネッホ」
「オークの中でも一部しかいないオークキングってところだね」
「それはまた随分と貧乏くじを引いたわね」
二人の前に姿を現したオークキング。基本的にギルド協会が定める基準によると、オークが現れた時の対処法は逃げることとされている。一般的な冒険者たちが複数人でパーティーを組んでいたとして、そのパーティーの損傷レベルが一割未満なら牽制しながら逃げることが推奨される。
もしこの基準未満なら退治した瞬間に背中を向けて逃げ出すことが前提であり、複数人いるならば誰かが生き残れば御の字というところだろう。仮にオーク討伐が目的なら一般的な冒険者で組まれたパーティーが少なくとも五チームは必要になる。
しかし二人の前に姿を現したのはオークの中でも選りすぐりのオークであるオークキングだ。ギルド協会もオークキングが現れた時の対処法は用意していなかった。
「どうする、ストルーチェ。逃げる?」
「逃がしてくれるかな」
「まあ無理だろうね。口から漏れ出す唾液の量から見ても相当な空腹だよ、あれは」
口からボタボタと垂れる唾液を見て答えるコネッホ。
「ならやるしかないわね」
「手伝おうか?」
「大丈夫。ここは私一人でやるわ」
ストルーチェが一歩だけ前に出ると膝を曲げて腰を下げる。そして剣を握り直すと、ゆっくりと小さく息を吐く。
次の瞬間、ストルーチェの姿が消える。同時に激しい破裂音がダンジョンに響き渡るとオークキングの胸の大きな穴が開いた。その大きさは人一人が余裕で通り抜けられるほどの大きさである。
次にストルーチェの姿を認識できたのはコネッホから見てオークキングを挟んだ向こう側。右手に握られていた剣はいつの間にか鞘に戻されており、ストルーチェは金色の髪をはためかせて振り返る。
「遅いわね」
ストルーチェの言葉を聞く前にオークキングはその身を消滅させ、彼が生きた証としてドロップアイテムと一枚のコインを残した。コネッホはドロップアイテム等を回収するとストルーチェの下まで歩み寄る。
「さすがは神速のお姫様」
「ねえ、馬鹿にしてる?」
「八割くらい」
「大問題よ」
口を尖らせたストルーチェにコネッホがドロップアイテムを見せる。
「これはストルーチェの取り分だよ」
「別に山分けでいいわよ。だからコネッホが持ってて」
「じゃあそうするよ」
「よろしくー。って、なんでオーク倒して薬草が取れるのよ?」
思わず流そうとしたストルーチェだったが、違和感に気づいてコネッホに問い詰める。コネッホの持つドロップアイテムの中には絶対にオークがドロップしないであろう薬草が含まれていたのだ。
「これはオークキングの足元に生えてたからついでに拾っておいたの」
コネッホたちのレベルになれば別に薬草などを採集する必要はない。むしろ薬草も雑草と同じくらいの価値である。だからコネッホはボケのつもりでドロップアイテムと一緒に薬草を見せたのだが、ストルーチェは困った表情を浮かべる。
「コネッホ。ビギナーにとっちゃ薬草だって貴重なアイテムなんだから不用意に取らないの」
「ストルーチェは面白いことを言うね。薬草を取るビギナーがこの第四階層にいる訳ないのに」
「た、たしかに」
コネッホに指摘されて気づいたストルーチェは少しだけ頬を赤らめる。真顔でありえない事を言ってしまって恥ずかしいのだろう。
だがコネッホはストルーチェの感情の機微を見逃さない。
「それにしても珍しいね。ストルーチェがビギナーを気にするなんて」
「別に珍しくないでしょ。ビギナーは未来ある冒険者なんだから」
「ほう、これは何かあったに違いない」
「どういう意味よ?」
ストルーチェが慌てて否定するが、その態度がコネッホに確証をもたらす。
「何があったか素直に吐いた方が楽になるよ」
「別に隠しているわけじゃないわ。ただ……」
「ただ?」
「この前ちょっと面白い存在に会っただけよ」
コネッホが興味を持つ。
「何が面白いの?」
「駆け出しの子なんだけどね、ずっと薬草ばっか探してるのよ」
「薬草? モンスターじゃなくて?」
「そう、薬草。なんでもモンスターは危ないから薬草を専門で集めてるんだって」
「それのどこが面白いの?」
確かに薬草だけを集める冒険者は珍しいが、見ないわけではない。モンスターに襲われてトラウマになっているビギナー冒険者の中にはモンスターと対峙しないように生活しているものだっている。
そういう冒険者は周囲から臆病者と蔑まれて冒険者業を廃業にするのが常であるが。
「どこって訳じゃないんだけど、なんか真っ直ぐな瞳をしてたんだよね」
「随分とメルヘンになったね、ストルーチェ」
「そうなのかなー。でもタヌキくんの眼はまっすぐ澄んでいて希望に満ちていたと思う。例え周りから臆病者と蔑まれようが、自分のモットーを貫き通すような強い意志を感じられたんだよね」
「だから面白いって?」
呆れたように問い返すコネッホにストルーチェは頬を膨らませる。
「悪い?」
「別にストルーチェがそう思ったならいいんじゃない。まあ少なくとも私は今の話じゃ興味は持てないかな」
やはり話を聞く限りではコネッホにとってその少年は臆病者にしか思えなかった。けれどもストルーチェにとってみればタヌキくんことレクトは興味を抱くには十分な存在であった。
ちなみに噂のレクトは本日、宿で昨晩行われていたルーシェルとアイシェの飲み会の後片付けに追われてダンジョンに潜ることができないのであった。
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