第5話 でも妖艶なお姉さんも好きかも
「ただいま戻りました、ルーシェ様」
「あ、お帰り! レッくん!」
扉を開けるなり部屋の中に備え付けられていたソファーに横たわっていたルーシェルがレクトのことを迎え受ける。ソファーの横に置かれたテーブルの上には空いたスパークリングの瓶や空っぽになったおつまみの缶などが散乱している。
部屋の中で明らかにソファー周辺だけが異様に汚かった。そしてそんな汚い一部の中心に横たわっているルーシェルはレクトの横に女の姿を認識するなり、レクトに向かってはっきりと答える。
「却下!」
「……え?」
いきなり却下と言われて戸惑うレクトに対してルーシェルはもう一度はっきりと今度は強い口調で答える。
「チェンジよ!」
「ルーシェ様!?」
突然のことに動揺するレクトに対してルーシェルは続けて述べる。
「レッくん、わかるわ、わかるわよ。確かにあなたの年頃ともなればそういうことに興味が出るのは仕方のないことだし、当然のことだと思わ。そのことに関して保護者である私がとやかく言うつもりはないわ」
「る、ルーシェ様……?」
「でもね、やっぱりそういうのは相手も大事な訳よ。確かに私たちの家はそんなに裕福な家庭じゃないから選択肢が少ないというのは否定しないわ。でも言ってくれれば私は節制してレッくんのためにお金を貯めるし、なんなら私が手取り足取り教えても構わない」
一体この自称女神は何を言っているのか。アイシェは動揺するレクトを他所に熱弁するルーシェルを呆れた表情で見つめる。
「だからね、いくらお金がないからって初めての相手にそんなおばさんを選ぶのだけはやめて!」
「ち、違いますから! アイシェさんはそういうのじゃないですか!」
「え? 初めてを捨てるために連れてきた売春婦じゃないの?」
「違いますって! それにもしそうだとしてもルーシェル様のいるこの宿に連れてくる訳ないです!」
「まさか私がいないところでもう大人になっちゃっていうの、レッくん!?」
「違いますから!」
大声で否定したレクトの表情は真っ赤に染まっていた。それはもうリンゴのように。そしてようやく話が一段落したところでアイシェがルーシェルに挨拶をする。
「初めまして、自称女神さん。私はギルド『クルアーン』のアイシェだ。今日はギルド協会の依頼であんたの調査に赴いたって訳だ」
「ギルド協会? ってことは冒険者!? 売春婦じゃなくて?」
「そうよ。それとあたしはまだ二十歳よ」
「四十六歳の間違いじゃなくて?」
「この自称女神は随分と失礼な女神だね」
余裕の笑みを浮かべるアイシェだが、そのこめかみにはピキッ、ピキッと血管が浮き出ている。アイシェの怒りに気づいたレクトが慌てて補足する。
「そ、そのキャシーさんがルーシェル様の生活態度に問題があるって言ってって」
「キャシー? ああ、レッくんが世話になっている協会の人間ね」
「はい。そこで調査員としてこちらのアイシェさんがルーシェ様を調査するって」
「なるほど、事情は分かったわ」
横たわっていたルーシェルはソファーに座り直すとアイシェのことをまじまじと見る。
「な、なによ?」
「あんた本当に二十歳? 若作りしてるババぁ臭いわよ?」
「このクソ女神、火刑に処してやろうか!?」
アイシェが怒るのも無理はない。確かにアイシェの服装は露出が多く、付けている香水も強いものだが彼女は四十六歳の売春婦ではなく、正真正銘ピチピチの二十歳の冒険者だ。
それに女神であるルーシェルは既に二百年近く生きており、単純な年齢で言えばルーシェルの方が若作りしているババぁになるだろう。まあ女神と人間では年齢の概念が異なるから一概には比べられないが、もし犬猫の実年齢と人間に相当する年齢の対照表の女神版があれば見て見たいものだ。
こんな風に初対面から激しい火花を散らせていた二人も数時間後には信じられないくらい打ち解けていた。
「いやー、アイシェはかわいいわねー、このやろー」
「女神様だって十分きれいじゃないかー」
「え、そう? 私ってきれー?」
「もちろん! ま、あたしの方がきれいだけどー」
じっとお互いを見つめ合うルーシェルとアイシェ。そして二人は一斉に声を上げて笑う。
「「あはははははっ」」
二人の前には数え切れないほどの空いた酒瓶が転がっており、至るところにおつまみの残骸が散らかっている。挙句の果てには彼女たちの手には氷でできたジョッキが握られている。
「レッくん~、早くおつまみの追加持ってきて~」
「急ぐんだ坊や~、早くしないとお姉さんたちが坊やのおつまみを食べちゃうぞ~?」
「違う、違う~。レッくんのはおつまみなんかじゃ無くて聖剣よ~」
「うっそ~? じゃあ坊やじゃなくて勇者様ね~」
「そうそう、私が連れてきた勇者様~!」
言われるがままに料理や追加の酒瓶を運ぶレクト。その仕事量は昼間の薬草取りなんか比にならないくらいのものであり、休む暇なく働いている。
こうしてルーシェルとアイシェは夜通し飲み続けて結局二人とも潰れてしまった。そして二人が酔いつぶれて寝てしまったのを確認すると二人の肩に毛布を掛けてレクトもベッドに入った。さすがのレクトもずっと動きっぱなしで片づける元気がなかったのだ。
(片づけは明日やろ……)
レクトは意識を失うように眠りについた。
街のみんなが寝静まった深夜、レクトは違和感に起こされた。具体的には主に下腹部に重圧を感じた。
「……え?」
定かではなかった意識は下腹部に感じる柔らかい感触によって次第に目覚めさせられていき、同時にぼやけた視界の焦点が定まり始める。
「あら、もう目が覚めちゃったのかい?」
「あ、アイシェさん!?」
レクトの太ももを跨ぐように座っていたのは酔いつぶれていたはずのアイシェ。アイシェは口に手を当てながらレクトに静かにするように促す。
「あんまり騒ぎすぎると女神様が起きちゃう」
「え、えっ?」
よく見ればアイシェは何も着ていなかった。普段から露出度の高い服を着ているアイシェだが、今の彼女は一糸まとわぬ姿でレクトの太ももに馬乗りになっている。そして彼女の背後では酒瓶を抱いてルーシェルが気持ちよさそうに寝息を立てている。
アイシェのボディラインは出るところは出ており、締まるところはきっちりと締まっている。女体に詳しくないレクトであるが、アイシェの身体はお世辞抜きに綺麗だった。
またカーテンの隙間から差し込む月の光がアイシェのことを照らし、彼女の美しい肢体をさらに幻想的に見せている。普段でも男なら誰もが見惚れてしまう身体だというのに、今はその破壊力が五倍にも感じられた。
アイシェはゆっくりと身体を倒すとレクトの耳元で囁く。
「坊やは聖剣をもつ勇者様なんだろ? なら、悪い悪いお姉さんを退治しなきゃいけないね」
耳元で囁くアイシェの右手が優しくレクトの胸元を撫でる。その行為は昼間と同様に脳を溶かすような声音と相まって一瞬にしてレクトの理性を瓦解させた。
体中の血液が奮い立ち、そして一か所に集中していく。もしこの世に魔力という概念が存在するなら魔力を一か所に集めるような感覚だ。
脳が溶けるほどの快楽だというのに不思議と意識は明瞭だった。ただ身体の自由は効かない。まるで金縛りにでもあったような感覚。
身体を撫でるアイシェの右手がするりと体の下の方に伸びていき、レクトの全身の血液が一極集中していると錯覚するほどの場所に触れる。そしてアイシェは右手で優しくそれを包み込む。
「本当に勇者みたい」
「え、え、え……」
「安心して。お姉さんが手取り足取り教えてあげるから」
「ひゃん……」
「ふふ、坊やの坊やは勇者なのに、坊やは坊やのままなのね」
妖艶な笑みを浮かべるアイシェに対してレクトは何もできない。意識はいつも以上に冴えているというのに身体はまるで他人のモノみたいに動かない。けれども不思議と心地の良い感覚。
アイシェの身体がわずかに動くとポジショニングを決める。
「じゃあお姉さんが坊やも勇者にしてあげる」
「あ、あああああああああああああああああ」
レクトの叫び声が長い夜の始まりを告げるのであった。
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