第4話 個人的には妹派です

「レクト君は今日も薬草取り?」

「はい! キャシーさん」


 薬草取りを終えたレクトの姿は冒険者ギルド協会の受付にあった。ここではダンジョンの成果を見せることでポイントを貰えたり、依頼をこなすことでお金を貰えたりする場所である。


 ギルド協会の受付には七人ほどが常駐しているため受付で待たされるということはまずない。ギルドに入るなりレクトは空いていたキャシーのもとで換金をお願いした。


「えっと、薬草が全部で五つ。凄いじゃない、こんなに見つけられるなんて」

「はい! 今日は大収穫祭でした」


 大量の薬草に喜びを見せるレクトに対して受付キャシーの表情は冴えない。


「でもレクト君。これじゃあお金は貰えてもポイントは入らないよ」

「ちなみに今日の成果だとどれくらいですか?」

「そうね。ざっと0.0000008くらいかしら」

「そ、そんなもんですか……」

「残念だけど、今日も0ポイントね」


 薬草はポイントのレートがとても低い。そのため集めてもほとんど価値がなく、ギルドでもらえるポイントは0.0001以下は切り捨てされてしまうのだ。


 ここにモンスター討伐が加われば多少はマシなポイントになる。現に昔のレクトは小動物も狩ってポイントを稼いでいた。


「やっぱりガイド役としてはモンスター討伐をお勧めしたいところなんだけど……」

「ごめんなさいキャシーさん。僕はまだモンスター討伐できなくて」


 ポイントのことを考えるならモンスター討伐は必須条項だ。しかし今のレクトはルーシェルによってモンスター討伐を禁止されている状態。


 命の恩人であるルーシェルとの約束を破ることなどレクトはできることではなかった。


「でもね、冒険者としてやっていくならいつかはモンスター討伐をしなきゃいけないし」

「はい……」

「それにレクト君の場合は既に何匹か倒した実績もあるから、やっぱりモンスター討伐すべきだと私は思うよ」


 モンスターを倒さずして冒険者は上へは進めない。それは冒険者にとって当たり前の前提であり、冒険者ならば誰もが知っている常識だ。


「でもルーシェ様に止められてて……」

「またあの女神様?」

「はい……」

「レクト君。厳しいことを言うようだけど、それは女神様なんかじゃないわ。それは女神を自称している寄生虫みたいなもので、偽りの信仰で生活資金を貢がせる悪い女よ。もし本当に伝承される女神様なら勇者様が一緒にいるのが普通なんだから」


 キャシーの口調がさらに強くなる。


「だというのにレクト君のいう女神様はずっと宿にいて自堕落な生活を送ってるんでしょ? しかも掃除や洗濯といった家事は全部レクト君にやらせて自分は一日の八割をソファーかベッドに寝転ぶだけの穀潰し。挙句の果てにはレクト君の稼いだお金で遊んでいる。どこにそんな女神様がいる訳!」

「で、でもルーシェ様は僕を助けてくれたし……」


 レクトにとってルーシェルは紛れもない命の恩人だ。女神の真偽はともかく、ルーシェルがいなければ今頃レクトはモンスターの排せつ物になっていたに違いない。


 しかし話を聞く限りでは確かにルーシェルは親のすねをかじって生きる引きこもりだ。現代社会においても問題視されるほどの重度の引きこもりだ。このまま行けばそのうちルーシェルはレクトの少ない収入に腹を立てて暴力を振るうDV女神一直線である。


 駄女神やら堕天使が人気な昨今に置いてもDV女神は流行らないだろう。てか流行ったらそれはそれで問題になるに違いない。キャシーとしてはそうなる前にレクトを保護したいと考えていた。


「わかったわ。なら命を救ってもらった分のお返しをしたらすぐにギルドに来なさい。君のことはギルドが責任をもって保護するから、その穀潰しの自称女神はギルドが討伐します」

「そ、そんな!?」

「もしそれが嫌ならその自称女神を今度ギルドに連れてきて。この街の治安を管理する者としてビシッと言わなきゃ気が済まない。わかった?」

「はい……」


 キャシーの剣幕に気圧される形で頷いてしまったレクトだが、もちろん命の恩人に対してそのような行動はとれない。


 と、その時だった。レクトとキャシーの間に割って入ってくる者がいた。


「はっはっは、騒がしいと思ったらキャシーじゃないか」

「アイシェさん! 聞いてください、ここにいるレクト君がですね!」


 二人の間に割って入ってきたアイシェと呼ばれた女性はウェーブのかかった黒髪の女性。その最大の特徴は布面積が少ない色気たっぷりの服装と女性の象徴とも呼べる大きな双丘。


 男が見ればまず間違いなく視線を奪われるであろう妖艶な女性だ。


「ほう、それは困った事態だね」

「ですよね。アイシェさんからも言ってあげてくださいよ」

「そうね」


 アイシェはそう言うと右手でレクトの頬を優しく包み込むように撫でると、その瞳を覗き込むように語り掛ける。


「駄目じゃないか、坊や。協会の受付嬢を困らせるなんて」

「……はい」


 その声を聞いた瞬間、レクトは自分の脳が溶けるような感覚に襲われる。アイシェの優しくも妖艶な声音が脳を溶かし、思考力を奪い去ろうとする。


「そうよ、レクト君。いくら命の恩人でも断るときはスッパリと断らなきゃ!」

「ふふ。キャシーの言う通りだ、坊や。今すぐその自称女神とやらを追い出さなきゃいけないわ」


 アイシェが一言発する度に脳が蕩けだし、身体に今まで感じたことのないほどの快楽が通り抜ける。もっとその声音に包まれ、そしてもっとその快楽に溺れたいという願望がレクトの中で生まれ始めた。


 しかし同時にレクトの中でルーシェルと関係を断つことは絶対に有り得ないという信念が反り立つ。


「で、でもルーシェ様は僕にとって命の恩人ですし、ルーシェ様がいなかったら僕はもう死んでました」

「……っ」


 レクトの言葉を聞いたアイシェが驚愕の表情を浮かべる。その表情は信じられないと言いたげで、先ほどまで優しくレクトの頬を撫でていた右手は動きを止めている。


 この時アイシェは完全に動揺していた。


 しかしアイシェの変化に気づいていないキャシーは困ったように話を続ける。


「でもね、レクト君。やっぱりそういう関係っておかしいって……」

「で、でも……」


 日ごろからお世話になっているキャシーに対して強く出れないレクトは顔を俯けるしかなかった。しかしそんなレクトに助け舟を出したのは意外にもアイシェだ。


「いいじゃないか、キャシー。坊やがそこまで言うなら頑なに否定するのも無粋ってものだ」

「ですが!」

「キャシーのいいたいこともわかる。だからあたしが直接その自称女神とやらを確かめてやる。これでどうだい?」


 このままいってもレクトとキャシーの話は平行線のままだ。ならここは信頼できるアイシェに託してみるというのもありかもしれない。


 キャシーは渋々アイシェの申し出を受け入れることにした。


「わかりました。アイシェさんが判断してくれるなら異論はないです」

「では決まりね。坊や、さっそくその自称女神とやらに会わせてちょうだい」

「え、えええええええええええ?」


 こうしてレクトは妖艶な女性アイシェを伴って宿に戻るのであった。

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