第3話 金髪美女やばいですね ♪
ダンジョンとはダンジョンである。つまりダンジョンはダンジョンなのだ。だから今日もレクトはダンジョンに潜り、モンスターを討伐する、訳ではなく、今日もレクトは薬草取りのクエストを受けていた。
「あった!」
ダンジョンの初級も初級といえる薬草取りだが、始めてみると案外大変なものである。長時間に渡ってダンジョンのあちこちを見回りながら腰を曲げて目を凝らす。まだまだ若いレクトでも腰にかかる負担はかなりのもので十分重労働といえる仕事量だ。
それにただ薬草を採集するだけではなく、常に周囲を警戒しておく必要がある。薬草ばかりに集中してモンスターを見逃せば一巻の終わりである。といってもドラゴンを倒すような仕事に比べれば楽といえば楽だし、仕事内容自体も安全で特段難しいという訳ではない。
ただ問題は薬草がほとんどとれないということである。
植物はゲームのように六時間待てばポッと咲はしない。だから育つまでにはそれなりの時間を要するのだ。そのためまず見つけるのが難しい。レベルが上がっていけば薬草など雑草と変わらないのだが、ビギナー冒険者にとっては大切な仕事である。
よって多くのビギナー冒険者が薬草を採集するため、まず薬草を見つけることが大変なのだ。次に大変なのは薬草をどのタイミングで収集するかである。
薬草は植物であり、放っておけば育つ。もし子供の状態で見つけたならば成長してから採集する方が効率がいいのだが、成長を待っている間に他の冒険者によって採集されてしまう可能性がある。つまり薬草取りは採集できる植物の成果と確実に採集できる安定さのトレードオフの関係だ。
このような点からビギナー冒険者は薬草採集を副業としていることが多い。ダンジョンでのモンスター討伐の片手間で見つけた薬草を持ち帰って換金するのだ。最初から薬草の仕事を受けるより貰える金額は少ないものの、薬草専任で依頼をこなすのは現実的ではない。
そういう点で薬草取りはとても非効率的な仕事だった。
「あ、またあった!」
だが薬草取りのメリットとして安全に経験値が稼げることがある。経験値とはその名の通りダンジョンに潜った成果で得られるものであり、冒険者たちの中ではポイントと呼ばれている。
ポイントは倒したモンスターの数やこなした依頼の数に応じてギルドから与えられるものであり、ステータスカードに記された累計ポイントがその冒険者の評価に直結する。だから冒険者たちはポイントを稼ぐためにダンジョンに潜り、その副産物として金を貰っているという訳だ。
たまにダンジョン内で力尽きた冒険者のステータスカードを拾って自分のポイントに加算する冒険者もいるが、これは違法行為ではない。冒険者が死んだ時点でステータスカードはダンジョンに落ちているドロップアイテムと同じ扱いになるため拾った者が獲得するのは運がよかったということだ。
「あ、ここにもあった! 今日は大量だ!」
ちなみにレクトの累計ポイントは0.3.一般的なビギナー冒険者の平均が4.8ということを考えるととても低いが、駆け出し冒険者にはよくあることだ。一般的にポイントが3を超えると初めてビギナー冒険者扱いされることを考えるとレクトはビギナー冒険者といえないかもしれない。
では立派な冒険者はどういう冒険者か気になるだろう。ということで、ここに三年分経験値を溜めた冒険者を用意しました。
「あら、ビギナーの子かしら?」
「うわぁ!?」
薬草探しに夢中になっていたレクトはいきなり声をかけられたことについ驚いた声を発してしまう。慌てて振り返ればレクトの背後には白を基調として赤いラインが入った服を身に着ける金髪の女性が立っていた。ダンジョンに潜るには少し軽装備ではと思われたが、よくみると胸当てなど急所はそれなりに防具が備わっている。
外見から察するに十八歳くらいの金髪の女性はアメジストのように綺麗な瞳でレクトの採集した薬草が入っている籠を覗き込んでいる。
「び、びっくりしたぁ……」
「あら、驚かせてごめんなさい。でもそこまで驚かれるとお姉さんちょっと悲しいかな」
「す、すいません」
慌てて頭を下げるレクトであるが、いきなり背後に人が立っていたら驚くのも無理はない。ましてや金髪の女性はほとんど気配を感じさせず、感じるものといえば彼女の一挙手一投足の時に鼻腔を擽る花の良い香り。
改めて金髪の女性を見つめるレクト。彼女の挙動の一つ一つから感じられる高貴さと、その中にある可憐さはまるで王国の騎士のようだ。ダンジョンに潜っているというのに土埃一つない女性の姿は鼻の頭に土を付けているレクトとは大違い。
気づけばレクトはその金髪の女性に見惚れていた。
「えっと、そんなに見つめられると照れるんだけど……」
「あ、はい! すいません、つい綺麗だったんで」
「そういってもらえると嬉しいかな」
金髪の女性が嬉しそうに答える。
「それで君はビギナーかな?」
「はい! 僕は駆け出し冒険者のレクト・ラスカルといいます!」
「へぇ、レクト・ラスカルか。じゃ、タヌキくんだね。ポイントはどれくらいなの?」
「えっと、0.3です」
「そっか。まだ駆け出したばっかなんだね」
違う。確かにレクトのポイントは駆け出し冒険者であるが、冒険者として過ごしている期間は当の昔に駆け出し冒険者の域を脱している。
ではなぜレクトのポイントが少ないかというと、理由は薬草取りの依頼しかこなしていないから。効率的な経験値の稼ぎ方はモンスター討伐の片手間に薬草取りなのだが、レクトの場合はモンスター討伐をルーシェルによって禁じられている。
唯一の信者であるレクトに死なれては困るルーシェルはレクトにモンスター討伐を禁じた。別にモンスター討伐をしなくてもこの街で生活を送るには困らない。そしてレクトも身をもってモンスターの危険を学んだのでルーシェルの言いつけを破ろうとはしなかった。
こうしてログイン日数はまあまああるのにレベルがガチ初心者のようなステータスになっていた。ただログインボーナスだけでも生活が送れると考えてくればいい。
「タヌキくんは何かを探してたみたいだけど、落とし物?」
「いえ、薬草を探してました」
「薬草を? どこか怪我したの?」
「いえ。僕の請け負った依頼は薬草取りなんです」
駆け出し冒険者でも薬草採集専門は珍しい。薬草採集はモンスター討伐の片手間でという考え方が基本の冒険者からすればレクトのスタイルは奇異に見えるだろう。
「モンスター討伐はやらないの?」
「はい。今の僕じゃ危険がたくさんありますから」
「そっか。タヌキくんは慎重派なんだね」
「えっと、それで僕に何か用があったんですか? えーっと……」
金髪の女性に話しかけてきた訳を問おうとしたレクトであったが、よく考えればレクトは女性の名前を知らない。自分が名乗っていなかったことに気づいた女性は慌てて名乗る。
「ごめん、名乗ってなかったね。私はストルーチェよ。タヌキくんと同じ冒険者でポイントは120ってところかしらね」
「120!? ストルーチェさんって凄腕冒険者なんですね!」
一般的に冒険者のポイントは上がれば上がるほど上昇幅が少なくなっていく。つまり同じ依頼をこなしてもレベルが高い方が得られるポイントが少なくなる。
その中で120という数字を記録するストルーチェはかなりの腕前を持った冒険者といっていいだろう。レクトが百歳まで生きたとして、ずっと薬草集めをして、その人生を五回繰り返してようやく追いつける領域だ。
なぜそんな冒険者がレクトに話しかけたのか。
「私なんてそこまで凄い訳じゃないよ。だってタヌキくんが何してるのかも見抜けなかったんだもん」
「それってどういう……」
「実はタヌキくんが落とし物を探しているのかと思って話しかけたんだけど、どうやら私の勘違いだったみたいね」
確かに薬草を探すレクトを傍から見れば落とし物を探す人に見えなくもない。おそらく現代人が見れば道に落としたコンタクトレンズを探す人か、自販機の下に入った小銭を取ろうとしてる人にしか見えない。
つまりストルーチェは善意でレクトに話しかけたのだ。
「大丈夫そうならいいの。お仕事の邪魔しちゃってごめんね」
「いえ、そんな……」
「じゃあ私はもう行くから。またどっかで会えるといいね」
「はい! よろしくお願いします!」
元気よくあいさつしたレクトに微笑み返すとストルーチェはダンジョンの奥へと姿を消した。その後ろ姿を見送ったレクトは再び薬草探しに戻るのであった。
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