第29話 放課後と歌
ある日の放課後のこと。今日は部活もない。さっさと帰るかとゆかりと視線を交わしあっていると、声をかけられる。
「
話しかけて来たのは、入学式の日以来の友人である
「別にいいけど。どこ行く?」
「カラオケとかどうかな。君たちが歌うの聞いたことないしさ」
「らしいけど、どうする?」
「私は大丈夫だよ」
というわけで、3人でカラオケに行くことになったのだが。
「なあ、富山は誘わないのか?よくつるんでるだろ」
「う、うん。彼女、今日は用事があるんだって」
「そっか。なら仕方ないな」
少し浮かない様子だが、俺が気にしすぎてもどうなるものじゃないか。
というわけで、駅前にあるカラオケ屋に入った俺たち。
しかし、入ってから気づいたのだが、俺は歌のレパートリーが少ない。昔の歌なら多少は歌えるが、流行りの曲はさっぱりだ。
さて、どうしたものかと考えていると、さっそく一曲目が入った。大人気アニメ『鉄壁の巨人』の主題歌だ。入れたのはだれかと見ると、英樹だった。
「~~~♪」
ダークな世界観に合わせた、暗い雰囲気の歌だが、不思議と様になっていた。
歌い終えた秀樹に対して二人で拍手を送る。
「秀樹、おまえアニソンとか歌うんだな。意外だった」
話したときにアニメの話題が出たことなど数える程しかなかったと思うが。
「実は、鉄壁の巨人の大ファンなんだ。恥ずかしいけど」
「別にそれくらい普通だろ。鉄壁とかメジャー中のメジャーじゃん」
「みっくんが好きなのは、もっとマイナーなのだもんね」
「お、おいこら。そんなこと……」
俺もアニメは見るが、アニオタというより、ハマるアニメが大体マイナーなので、色々肩身が狭いことが多いのだ。
そんなことを考えていると、くっくっと笑い声が。
「幹康君、そんなこと気にしてたんだ」
「そんなことって言ってもな。カラオケ行ったら、実際肩身狭かったんだぜ」
中学の頃、アニオタの友達とカラオケに行ったことがあったが、これなら通じるだろうと思った曲が通じなくて、色々恥ずかしい思いをしたことがある。
「別に、僕ならそんなことを気にしないからさ。好きに歌ってよ」
「私も、みっくんが歌うの聞きたいなー」
二人からそう言われては、仕方ないか。諦めて、好きな曲を入れて歌い始める。
「~~~~♪」
歌ったのは、アニメ「GANGRAVE」の主題歌だ。その熱さから、ファンも少なからずいるが、いかんせん知名度が微妙だ。
「幹康君、上手いじゃない?全然気にすることないと思うよ」
「私も、上手いと思うよ」
「でも、マイナーだろ。なんつーか」
今でも、昔の気まずい思いは忘れられない。
「別にそんなの誰も気にしないって。好きな歌を歌ってこそでしょ」
「そうそう。みっくん、変なところで気にしすぎだよ」
そう言われて、確かに気にしすぎだったのかもしれない、とも思う。
「じゃ、次、私が歌うね」
「~~♪~~♪」
ゆかりの入れた曲は、俺も、おそらく、英樹も知らない曲だった。歌詞が英語だし、流行り曲という感じもしない。
ただ、聞いていると、明日への活力が湧いてくるような、不思議な曲だった。
「どう、かな?」
自信なさげに感想を求めるゆかり。
「僕も知らない曲だけど。なんだか、じんと来るね……」
「ほんと上手いぞ、これ、誰か有名な歌手が歌ってたのか?」
「ううん。この歌はほとんど売れなかったの」
ただね、と。
「聞いてると、また明日も頑張ろうって思える曲だから、ずっと心に残ってるんだ」
そんな彼女の言葉が印象に残ったのだった。
「じゃ、また明日」
「おう、また明日」
「また明日ね、英樹君」
そんな言葉とともに解散する俺たち。
「そういえばさ」
「なに?」
夕日の中、手を繋ぎながらの帰り道。
「いや、最初に歌った歌。ほんとに好きなんだなって」
その後も色々な曲を歌っていたが、最初のが一番気合が入っていたように思える。
「中古のCDを買って、たまたまなんだけど。ずっと心に残ってるんだ」
そう言うゆかりの声は真面目で、それだけ大事なんだということがわかる。
「そっか。何が心に残るかわからないもんだな」
「うん。挫けそうになるとき、この歌を聴いて自分を励ましてたんだ」
「そうか……」
中学時代のゆかりの境遇を思い出して、言葉に詰まる。
「別に気にしなくても大丈夫だよ?今はみっくんが居てくれるし」
そう言って笑いかける彼女。
「ああ。だから、何かあったら頼れよ」
「うん。頼りにしてる、旦那様♪」
顔を少し染めながら、ぎゅっと腕を組んでくる。薬指には先日送った指輪。
「だから、旦那様はまだ先だろ?」
「いいでしょ?ちょっと先の事を夢見ても」
少し不満そうなゆかり。
(しかし、ほんとに微塵も疑っていないんだな)
まあ、俺も約束を破るつもりはないけど、絶対に幸せにしてやりたいなと思う。
そんな帰り道だった。
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