第27話 婚約者としての証

 いつものように二人で登校しているときだった。


「私達、婚約者、なんだよね」


 ゆかりの唐突な言葉。


「ん?……どした」

「ううん。ちょっと確認したかっただけ」


 特に気にしたようにも見えないので、朝はその話題を流したのだが。


 休み時間にふとトイレに立つと、ゆかりが熱心にスマホの画面を見ていたのが気になった。そこに写っていたのは、結婚指輪に関する特集だった。そういえば、以前にペアリングを買いに行ったことがあったけど、値段が高くて諦めたのを思い出す。


 ひょっとして……と思って、昼休みに話題を振ってみることにした。


「なあ、ゆかり、ちょっといいか」

「うん?」


 声色や表情からは、特にその感情を推し量ることはできない。


「こないだ指輪買いに行ったことあったろ。もっと安いのでいいから、また買いに行かないか?」

「え、いいよいいよ!そこまでしてもらわなくても」


 少し、大げさなように思える否定。


「そ、そうか」

「私はこうしてられるだけで、幸せだから」


 そう言う彼女だが、少し動揺しているようにも見えなくもない。


(ひょっとして、指輪、欲しいのだろうか)


 そんな疑問が湧いてくる。考えてみると、俺たちは婚約者になったものの、それは口約束だけのこと。高校生で婚約者といっても本気にしてもらえないのがオチだろうし、不安になってもおかしくはない。


 午後の授業中、高校生向きの指輪を検索してみると、およそ7000円くらいからあるようだ。ちょっとギリギリだけど、これならなんとか買えそうだ。


「すまん。ちょっと、今日は急用があるから。先帰っててくれ」

「う、うん。わかったけど……」


 戸惑った様子のゆかり。そんな言い訳は初めてなので、無理もないか。


 昼間検索した、高校生にも買える指輪を売っている店に赴く。


「いらっしゃいませ。どのような指輪をお探しですか?」


 店員さんに、彼女だけど、婚約者のような関係の人に送りたい、という話をすると


「婚約指輪は女性だけが身につけるものですが、大丈夫ですか?」


 そんなことを言われた。ま、マジか……。そういえば、以前にゆかりと指輪を買いに行ったときは、特に婚約という話をしていなかったが、実は凄く頓珍漢な間違いをしていたのでは。自分が恥ずかしくなる。


 店員さんは丁寧に、単なる恋人同士のペアリングと婚約指輪と結婚指輪の違いについて説明をしてくれる。まさか、そんな違いがあるとは。ちなみに、指輪はデザインによって「永遠」や「無限」、「平穏」など、様々なイメージを表しているらしい。指輪に刻印もできる、とのこと。


 色々考えた末、俺は一つの指輪を買うことにした。


ーー


 数日後の夜。

 

「ゆかり、ちょっといいか」

「みっくん?うん、いいよー」


 部屋に入ると、ゆかりが某無双ゲーをプレイしているところだった。


「ひょっとして、そんな風に練習してた?」

「う、うん。ちょっとね……」


 少し恥ずかしげな彼女。まあ、密かに練習しているのを見られるのは恥ずかしいか。って、本題を忘れるところだった。


「こないだ買いに行ってたんだけどさ。はい、これ」


 指輪が収められた箱を差し出す。


「プレゼント?嬉しいけど、どうしたの?」


 ゆかりは疑問顔だ。唐突過ぎたか。


「ゆかりは俺の婚約者なわけだろ?まだ婚約指輪を送って無かったなって……」

「婚約指輪?別にそこまで気を遣ってくれなくても大丈夫なのに」


 驚いた表情のゆかり。あれ?何か予想してた反応と違うような。


「とにかく、受け取ってくれ」

「うん。開けていい?」

「もちろん」


 箱の中には、地味なデザインの、銀色に輝く指輪が収められていた。お小遣いで出せる額だと、宝石がついたのは手が出ないし、プラチナや金などの材質の指輪もお高かったので、安いシルバー製だ。


「わあ。綺麗……!」

「高いのは買えなかったんだけどな。永遠、って意味が込められてるんだってさ」


 指輪の表面が波打つようなデザインは、寄せては返す波のように、永遠に途切れることのない愛を示している、らしい(店員さん談)。



「あれ?これ、Y&Mってあるけど、ひょっとして……」

「せっかくだから、俺とゆかりの名前を、って思って」


 指輪の受取りに数日間時間がかかった理由がこれだった。ちなみに、以前婚約をした日付も彫ってある。


「そっか。ちょっと恥ずかしいけど、嬉しい」


 彼女がはにかみながらそんなことを言う。


「付けてみていいかな?」

「どうぞどうぞ」


 と言ってから、俺が付けてあげた方がかっこよかったかな、と思ったのだった。


「えへへ。なんか、婚約者になったって実感したかも」


 指輪をはめた薬指を眺めているゆかりは、とても嬉しそうだ。


「やっぱり、気にしてたんだな」

「え?」

「婚約者って言っても、口約束だけなの、気にしてたんだろ」

「どうしてそういう話になるの?」


 どうにも雲行きが怪しくなってきた。


「だって、こないだ結婚指輪のページ眺めてたし」

「あれは。いつか、みっくんと結婚したら、こういうの着けるのかなーって思ってただけ!」


 顔を真っ赤にしながら反論するゆかり。まさか、そんな妄想をしていたとは。


「それじゃさ、その日の朝に、婚約者だよね、って言ってたのは……」

「ちょっと再確認したかっただけだよ」

「そ、そんな……」


 てっきり、気にしていると思った俺の一人相撲だったとは。


「みっくんがここ数日、変だったのは、ひょっとしてこのせい?」

「ああ。まあな」


 指輪を注文した後は、いつ話を切り出そうかということをよく考えていたせいで、ちょっと挙動不審だったかもしれない。


「勝手に突っ走ってごめんな」

「ほんとだよ、もう」


 仕方ないなあ、といった表情のゆかり。でも、と。


「婚約の事、真剣に考えてくれてるんだなって思うと、凄く嬉しい」

「そ、そりゃな。口約束だから、不安にさせてたらって……」


 籍を入れるとかそういうことを考えられる段階じゃないけど、その気持ちだけは本当だ。


「そこはもっと、信頼して欲しいよ」

「いや、ほんとその通り」


 突っ走る前に、不安に思っているか素直に尋ねてよかったはずだ。そんなところは俺はまだまだだと改めて実感する。でもー


「こんな俺だけど、これからもよろしくな、ゆかり」

「うん。みっくん」


 こうして、また少し俺達の関係は進展したのだった。



※第2章はこれで終了です

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