第22話 彼女の朝ご飯

 日が昇ってきて、自然と意識が覚醒する。壁にかけられているカレンダーを確認すると、今日は4月18日。日曜日だ。


(そういえば、昨日はゆかりと初デートしたんだよな)


 昨日のことを思い出す。そして、部屋でのあれこれも。って朝っぱらからいかん。煩悩を振り払い、洗面所で顔を洗う。少し冷たい水が気持ちいい。


(さて、今日は何をしようか)


 部屋で少しぼーっとしていると、扉がノックされる。


「みっくん。朝ご飯だよ」

「うん?わかった。今行く」


 時間はまだ7時30分。いつもよりかなり早いな。


(そういうこともあるか)


 などと自分を納得させて、ダイニングに入ると、部屋儀にエプロンという恰好のゆかりが、何やら味見をしている様子。


「何してるんだ?」


 気になったので、聞いてみる。


「ちょっと味噌汁の味見をね」


 振り向いてそう答えるゆかり。


「あれ?おばさんは?」


 朝ご飯を作るのはおばさんの仕事なのだけど、その姿が見当たらない。


「……ママは、ちょっと外に」


 一瞬、言いよどんだ後、そんな答えが返ってきた。よく見ると、目線がきょろきょろしているし、手ももじもじさせて落ち着きがない。


「ひょっとして、何か隠してるのか?」

「な、何も隠してないよ」


 明らかに、何か隠してますと白状しているようなものだ。


「約束」


 こういうときに使うのはどうかと思うけど。


「ずるい」


 拗ねたように睨む彼女だけど、本気で怒っていないようだ。


「それくらい教えてくれたって良いだろ」


 だから、俺も笑って応える。


「その、ね。今日は私が朝ご飯を作りたかったの。だから、ちょっとママには席を外してもらって」


 相変わらず落ち着きのない様子で答えるゆかり。


「そ、そうか。ありがとう。でも、別におばさんが居てもいいんじゃ……」

「ママが居たら絶対にからかうもん」

「確かに」


 おばさんはいい人だけど、そういうことはしそうだ。


「でしょ?それで、このお味噌汁が出来たら、もうすぐだから」

「おっけー。待ってる」


 そして、待つこと数分。


「おー。すげー。これ、ぜんぶゆかりが?」


 ふっくらと炊きあげられた白米。いい香りのする味噌汁。カレイの開き。ふっくらとした出汁巻き玉子。そして、ほうれん草の胡麻和え。見事なまでの和食の朝食が出来上がっていた。


「うん。ちょっと早起きしてみたんだ」


 ゆかりも出来栄えには自信があるのか、ちょっと自慢げだ。


「そっか。ほんとありがとな」


 まだ食べてもいないけど、これで不味いということもないだろう。


「えへへー」


 ゆかりも嬉しそうだ。さて、食べてみるとしようか。


 まずは、出汁巻き卵。箸でつまんで口に運ぶ。もぐもぐ。


「おお!これはほんと美味い。なんていうか、凄く出汁の味が効いてるし、ふっくらとしてるし。これ、何の味なんだ?」


 とにかく美味いということしかわからないのが情けないくらいだ。


「実はね。蕎麦用のおつゆが秘密なんだ」

「へえ。お蕎麦か。それで、こんなに美味しくなるんだな」


 言われてみると、めんつゆという感じがしないでもない。


「卵もふっくらとしてるよな」


 実家で食べたものよりも美味しい気がする。


「実は、練習したの」

「練習?」

「うん。みっくんが来たら作ってあげられるようにって」

「そっか。その、ほんとありがとう」


 俺たちの空白の3年間。その中には、出汁巻き卵の練習をした日々もあったのだろうか。


「味噌汁も美味い。貝ぽいけど、それだけじゃない気もするし……」


 しじみ汁ぽいけど、少し違うような気もする。


「しじみと鰹で出汁を取ってみたんだ」

「へえ。これで、そんなに美味しくなるのか」

「時間も重要だけどね」


 お米はさすがに炊飯器だろうけど、ふっくらしていて、堅すぎず柔らかすぎず、カレイの開きも、少し焦げ目がついているくらいで、ちょうどいい焼き加減だ。ほうれん草の胡麻和えも。


 結局、味噌汁とカレイでご飯が進み、3杯もおかわりしてしまった。


「いやー。いっぱい食べた。ご馳走様」

「美味しそうで良かった」


 なんだか、優しげな眼を向けてくるゆかり。日曜の朝、食卓を挟んで向かうこの一時が、とても幸せに思える。


「それにしても。なんで急に?いや、嬉しいんだけど」

「その。婚約者になった、っていうのもあるんだけど、こういうことしてあげたいなって」


 相変わらず、少し落ち着かない様子だけど、それがまた可愛い。


「そっか。ゆかりみたいな子が婚約者になってくれて、嬉しいよ」


 贔屓目もあるかもしれないけど、素直にそう思えた。


「ありがと。その、これからも作っていい?」


 伺うような声。


「作っていいっていうか、こっちからお願いしたいくらい」


 こんな料理なら毎日でも食べたいくらいだ。


「うん。じゃあ、これからどんどん作るね」

「あ、でも、無理しないでいいんだぞ」


 ゆかりのことだから、しんどい時でも無理しそうだ。


「もう。それくらい、わかってるよ」


 頬を膨らませて抗議してくるゆかり。そんな様子がまた愛らしい。


「いや、ごめん。悪かった。じゃあ、できるだけ頼むってことで」

「うん。よろしい」


 満足げにうなずくゆかり。


 こうして、少し幸せな朝の一時が過ぎて行ったのだった。

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