第23話 飼育部初日

 4月19日。月曜日。今日は部活初日だ。


「飼育部って好きな生き物を飼うってことでいいのかね。……この豚汁美味しい」


 ゆかりの作ってくれた朝ご飯に舌鼓を打ちながら、聞いてみる。

 和食だけど、前回とは少し違っていて、味噌汁が豚汁になっていた。


「どういたしまして。飼うのもそうだけど、成長記録を付けたりもするみたい」


 料理が褒められたのが嬉しいのか、少しはにかみ気味の笑顔で話す。


「俺はまだだけど、ゆかりは何飼いたいとか決めてるの?」

「まだだけど、うさぎを飼っている班に入ろうかなって」


 部活の公式ホームページを見ていると、飼っている生き物に、うさぎ(ロップイヤー)と書かれている。茶色の毛に垂れ気味の耳が可愛らしい。


「このロップイヤーって奴か。可愛いよな」


 これがもし大きかったらもふもふしたくなりそうだ。


「でしょ?だから、一緒にお世話しようかなって」


 それで、と。


「みっくんは、何か買ってみたい生き物あるの?」


 ゆかりが言う。


「カピバラとか飼えるといいんだけど」


 動物園やネットの映像で見るカピバラが温泉に浸かっている映像はとてものほほんとしてしまうようなもので、思わず引き込まれてしまう魅力がある。


「カピバラは大きくなるから、うちだと無理じゃないかな?」


 と正論でツッコむゆかり。


「冗談だけど」

「それはごめん」


 昔からそうだったけど、ゆかりにはあんまり冗談が通じない。


「実は、亀とかやってみたいなと思ってる」


 カピバラもだが、俺は、のんびりした感じの生き物を飼ってみたい。


「亀でもミドリガメ、クサガメ、イシガメ、色々あるけど、どれ?」


 ゆかりは、普段から本を読んでいるせいか、色々詳しい。


「いや、そこまで決められてなくてさ。あえていうと亀って感じ」


 それに、亀にこだわりがあるわけでもないし。


「あとは、部活に入ってみればわかるんじゃないかね」

「そうだね」


――


 そして、放課後の飼育部部室にて。

 飼育部は普段の活動拠点となるこの教室と、温度に敏感な生き物を飼うための温室、ウサギなどを飼うための飼育室の3つに分かれているらしい。


「今日はなんと!二人も新入部員が入ることになったよ!」


 活き活きとした表情で壇上で部員に向かって言う部長さん。

 名前は陽子(ようこ)さんと言うらしい。

 ショートカットで身長も小柄。でも、活発そうなオーラに溢れている。

 20人近く居る部員たちからも、拍手で出迎えられる。


「幸先がいいねえ」

「俺らの活動地味だから。いや、ほんとありがたい」


 そんな声があちこちが聞こえてくる。

 飼育部というと、そんなに派手なことをしそうな雰囲気はない。


「とりあえず、新入部員のお二人には自己紹介をしてもらおうかな」


 と陽子さんから、促されて壇上に立つ。


「今年1年になったばかりの西条幹康(さいじょうみきやす)と言います。生物のことはあんまりよくわかりませんが、亀みたいなおとなしそうな動物を飼いたいと思い

ます」


 まずは無難に挨拶を済ませる。


「幹康君か。何か趣味とか特技とかある?」


 陽子さんがさらに話を振ってくる。


「趣味ですか……。コンシューマーゲーは結構やりますね。あとは、漫画やアニメを少々。身体を動かすのも嫌いじゃないですね」


 考えてみると、自分が意外に無趣味なことに気が付く。


「ゲーマーか。今度一緒にプレイしようぜ!」

「RPG談義とかしたかったんだよ」


 遠くから、そんな声が届いてくる。ゲーム仲間が欲しかったのだろうか。


「はーい。そういう話で盛り上がるのは後ねー」


 陽子さんがそう言うと場が沈まる。


「幹康君、自己紹介ありがとう。それと、うちの部のルールなんだけど、年上にも敬語は無しなんで、よろしく」


 敬語なしとはまた珍しい。


「努力しま…じゃなくて、努力するよ」

「そんな調子、そんな調子。心配しなくてもすぐ慣れるよ」


 そう明るい声で俺を励ます陽子さん。


 陽子さんが進行してくれたおかげで、俺の自己紹介はつつがなく終わった。


 続いては、ゆかりの番だ。


「みっくんと同じく1年になったばかりの、嵐山(あらしやま)ゆかりといいます」


 急に部屋中がざわつく。


「みっくんだって。それって、幹康君のことよね?」


 と女子生徒。


「あの子たち、付き合ってるのかしら?」


 とまた別の女子生徒。


「まさか、新入部員がリア充だとはね……」


 と少し苦々しそうな別の女子生徒。


「ゆかりちゃん、可愛いなー。胸は控えめだけど、そこがまたいい!」


 と、ある男子生徒。


「この様子だと売約済みだぜ。あきらめろ」


 と、その男子生徒と仲が良さげな男子生徒。


「……これが勝ち組って奴か」


 少し、内気そうな男子生徒。


 ゆかりが俺のことをあだ名で言った効果は大きかった模様。

 皆、口々にひそひそ話を始める。


「はいはい。そういう話はまた後でね。とりあえず、自己紹介の続き、お願い」


 陽子さんがゆかりを促す。

 ゆかりはといえば、反応があまりにも予想外だったようで、戸惑っている様子。


(ゆかり、ゆかり)

(どしたの、みっくん)

(自己紹介、大丈夫そうか)


 戸惑っているようで心配になってしまったのだった。


(ううん。大丈夫。ちゃんと自己紹介するから)

(ほんとに大丈夫なんだな)

(うん。信用して)

(わかった)


 そうして、再びゆかりが壇上に立つ。


「皆、既に察しているかと思うんだけど、そっちの幹康君とは交際中」


 というと、またしても部員たちがざわつく。


「ただ」


 と続けて言う。


「みっくんとは交際してるけど、無暗にそういうのを持ち込んだりはしないので、安心してね。あと、ウサギとか飼いたい」


 と、なんとか自己紹介を終えたゆかり。


「皆仲良くしてあげてねー。独り身の奴はひがむんじゃないよ!」


 陽子さんが冗談めかして付け加えると、部員一同が爆笑する。


 陽子さんがうまく場を和ましてくれたおかげもあって、うまくやっていけそうな気がしてきた。


「今日の活動なんだけど、新入部員が二人ってことで、歓迎会の準備をしてある」

「え、そうなの?」

「てっきり、活動内容の説明があるものかと」


 俺たち二人にとっては意外だ。


「とりあえず、各テーブルにジュースとお菓子を配ってるから。今日は活動内容とか考えずに、楽しみなさい」

「「ありがとう」」


 部長さんの心遣いにはほんとに頭が下がるばかりだ。


「皆ー!ジュースはもったかー?」

「「「「おー!」」」

「長ったらしいのは嫌いなんで、かんぱーい!」

「「「かんぱーい!」」」


 そうして、俺たちの歓迎会が始まったのだった。


「班ごとに集まってるから、好きな班に行けばいいよ」


 とは陽子さんの弁。


 というわけで、まずはゆかりの入りたいウサギ班に。


「その。私、ウサギを飼いたいんです…だけど……」

「もち、大歓迎。ウサギは可愛いからねー」


 と女子生徒の一人が言う。


「ロップイヤーっていうんでしたっけ。飼い方とかって注意がありますか?」


 つい敬語が出てしまっているゆかり。


「ロップイヤーに限らず、ウサギはストレスに弱いからね。その辺り、気を付けてあげる必要があるよ。それ以外は普通かな」

「私でもできるかな?」

「だいじょーぶ、だいじょーぶ。うちの班は4人もいるし、ミスちゃってもなんとかなるから」

「そっか。ちょっとほっと…したよ」


 敬語禁止というのは意外に慣れないようだ。

 つい敬語を使ってしまうゆかりの様子が見られた。そんな様子も可愛らしい。


「それで、そっちのカレシは?」


 ゆかりの横で、なんとなく話に耳を傾けていたのだけど、目をつけられたらしい。


「なんとなく聞いてただけで。俺は、亀とか飼えればって思ってる」


 実際、特に深い考えがあったわけじゃないのだ。


「亀となると、爬虫類班か。普段、爬虫類飼ってるの?」


 と質問された。考えてみると、亀を飼いたいとなると、そういう経験があるのかと疑問に思うだろう。


「実はそういう経験はなくて。のんびりした生き物を飼いたいなって」


 正直にそう答えてみた。


「亀は亀で結構苦労するらしいけどね。詳しいことは爬虫類班の奴に聞きな」


 というわけで、爬虫類班のテーブルに行って聞いてみることにした。


「あの、さっき自己紹介した、西条幹康(さいじょうみきやす)です…だけど」


 ついつい敬語になってしまう。


「ああ、あの可愛い子のカレシね」


 爬虫類班は男子3人組のようだ。


「亀飼いたいと思ってるんです…だけど、難しいかな?」


 率直に聞いてみる。


「亀の種類にもよるね。ミドリガメとかは初心者向きだけど」


 初心者向きとかそういうのがあるのか。


「あとは、温度調整とか、餌は気を遣わないとね。腹壊す子も出てくるし」


 意外に考えることは多いらしい。


「ま、そういうのは俺たちがサポートするし、あんまり心配せんでいいよ」

「ありがとうご…ありがとう」


 ウサギもそうだけど、先輩たちのやり方を見ながらならやっていけそうだ。


「それで、カノジョさんは?さっきから、後ろで見てるけど」

「え」


 というわけで、後ろを振り向くとゆかりの姿が。


「ゆかりは、ウサギ班に入るつもりじゃなかったの?」

「そうだけど。みっくんはどうしてるかなって気になったから」


 心配そうな声でそういうゆかり。

 それはありがたいんだけど。


「いい彼女さんだねー」

「俺も彼女欲しい」

「彼女がどっかから降ってこないかな」


 そんなことを言われてしまったのだった。


 そんなこんなで格班を回りながら、ジュースを飲んだりお菓子を食べたりしていると、すっかりお腹が膨れてしまった。どうも、班員の確保が急務だったらしく、どの班でも歓迎されたのだった。


 隅っこのテーブルで休憩してると、ふと、陽子さんに肩を叩かれた。


「どうしたんです…なの?」


 気を抜くと敬語を使ってしまいそうになるのが難しい。


「いや、生物を飼育する以外の活動内容を説明してなかったの思い出してね」


 と陽子さん。


「といっても、月に1回、フィールドワークで川を探索したり、動物園に研修に行ったり、って程度なんだけど」

「動物園に研修って面白そう」


 とゆかり。確かに、動物園に研修に行くというのは普通だと難しそうだ。


「あと、ミドリガメの生息している川に行って、生態調査とかもやるよ」

「ほんとに色々やるんだね」


 ただ、好きな生き物を飼育するだけかと思っていたら、意外に色々な活動をするらしい。部活動でそんなことができるのかと思うと楽しみだ。


 その後も、色々なことを話した後にお開き。


 そして、学校からの帰り道。


「飼育部ってほんとに色々やるんだね」


 ゆかりが、少し興奮したような声で言う。


「ちょっと俺もワクワクしてきた」


 動物園での研修も面白そうだけど、川を探索したり、というのはちょっと冒険心をくすぐる。


「それに、部長さんもいい人だし」


 話がスムーズに進むように考えてくれてたし、騒がしくなったら対応したり。


「うん。これから、色々楽しみ」


 そんなワクワクした声を聞いて、俺までつられて嬉しくなる。

 思えば、彼女がこんな姿勢を見せたのは初めてじゃないだろうか。


「俺たちの関係が知られたのは予想外だったけど」


 どこの班に行っても、そのことをからかわれたのは恥ずかしかった。


「恥ずかしかったよね。でも、良かったのかな」

「良かった?」

「だって、その内バレそうだよね、それで、歓迎してくれたのは良かったかなって」

「言われてみれば」


 後からバレて、あーだこーだ言われるよりずっとマシかもしれない。

 ふと横を見ると、嬉しそうな、あるいは、ドキドキワクワクしているような、そんな表情で。


 なんとなく、ゆかりの手をぎゅっと握ると、彼女も手を絡めてきた。


「やっぱ、こっちに来て良かったわ」

「私も、みっくんが戻ってきてくれて良かった」


 そんなことを話しながら、帰ったのだった。

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