第16話 彼女を傷つけた時(前編)
夜、寝る前の一時。
俺は沈んでいた。
「どうしてなんだろう」
あれほどゆかりと再会を待ち望んでいたはずなのに。そして、今はその彼女が婚約者なのに。どうして、触れ合うことのイメージがうまく浮かばないのだろうかと。
結局、あれからネットで色々なページを読んで、男女のアレコレについて勉強してみたものの、未だにどうすればいいのかよくわからない。
「俺が、ただ、童貞だからなのだろうか」
独りごちる。もちろん、それもあるだろう。でも、何か違う気がするのだ。自分から彼女の身体に「触れる」ことが何か―。
そうか。思えば、彼女と仲良くなったきっかけだ。
あれは小学校3年の頃だったか。
――
僕にとってのゆかりちゃんは、単なるクラスメイト。時々、混じって遊ぶことはあったけど、それ以上でもそれ以下でもなかった。
事件が起こったのは、ある日の休み時間。僕たちが鬼ごっこをして遊んでいたときのこと。オニだった僕は、一番足が遅かったゆかりちゃんを追いかけ―
「つーかまえた!」
背中にタッチするつもりだった手が、運悪く彼女のお尻を触ってしまったのだった。当時の僕に、痴漢という概念はなかったけど、何かまずいことをしてしまったことはわかった。
「みきやすくんに「ちかん」されたー!」
泣き出すゆかり。集まって来るクラスメイト。
当時、担任だった先生に「ちかん」騒ぎは報告され、学級活動で議題に取り上げられることになった。
担任の先生にしてみれば、男子が女子に意地悪をした、と見えたのだろう。
「みきやす君。ちゃんと、ゆかりちゃんに謝りなさい」
クラス中の視線が僕の方を向く。たまたま、運悪くお尻を触ってしまっただけなのに。なんでこんなに責められなければいけないのか。
「いやだ!」
今思えば。
偶然でも何でも彼女を傷つけたのだから、まずは謝れば良かったのだけど。
「みきやす君。悪いことをしたらちゃんと謝らないと……」
再び僕を責めるような先生の声。
「なんで僕が謝らないといけないの!?たまたま、手がお尻に当たっただけなのに!」
「……!」
僕の発言に絶句する先生。男子が女子に意地悪をした。そう思っていたのだろう。
「先生。私も見ました。みきやす君は、意地悪をしていません!」
クラス中の雰囲気に飲まれて言えなかったのか。女子の一人がそう発言する。
「僕も!」
「私も!」
さらに、何人かが追従する。途端に、クラス中がざわつく。
「ゆかりちゃんが嘘ついてたなんて……」
「ゆかりちゃんの嘘つき!」
「ゆかりちゃんがイジメたんだ。しかも、先生にちくるなんて、ひどい!」
責められていた立場から一転。今度は、ゆかりちゃんがクラス中から責められる場面になった。
「ち、ちが……」
怯えるゆかりちゃん。
「落ち着きなさい!」
先生が制止するも、皆がゆかりちゃんを糾弾する声は止まらず。それ以来、ゆかりちゃんはクラス中から避けられる存在になった。
彼女が声をかけようと近づくと。
「嘘つきのゆかりが来たー!」
「嘘つきだ―!」
そんな事を言って散らばる皆。
「……」
呆然とするゆかりちゃん。
自分のしでかした事で、ゆかりちゃんが避けられる事になったのはわかったものの、何と言っていいのかわからない僕は、何も声をかけることができず。
ゆかりちゃんは、それからすっかり塞ぎ込むようになってしまった。
そんなある日のこと。ゆかりちゃんが、一人ひっそりと泣いているのを目撃してしまった。
「私が、私が悪いのはわかるけど……。でも、でも、なんで!!」
ウサギ小屋の側でぽろぽろと涙をこぼしている彼女を見て、どうしようもなく心が痛んだ僕。そんな僕は、一つの決心をしたのだった。
「用事って何?」
陰鬱な表情で僕を見つめるゆかりちゃん。「ちかん」騒ぎがあるまでは、あんなに明るかったのに。
「仲直りをしたくて」
「仲直り?」
何を言われたのかわからない、という表情のゆかりちゃん。
「わざとじゃなくても、ゆかりちゃんのお尻を触っちゃったし。だから、ゴメン」
正直に、そう言って頭を下げた。
「私が悪いの。わざとじゃないって、すぐわかったのに……」
反対に頭を下げられる。
「でも、僕が先生にあんなことを言わなければ」
「でも、私が」
「でも、僕が」
「でも、私が」
謝るたびに、相手が謝って。そんな事が何度も繰り返されて。
「じゃあ、おあいこでどう?」
「おあいこ?」
「うん。僕も悪いし、ゆかりちゃんも悪い。それで、どうかな?」
「みきやす君がそう言うなら」
まだ満足していなそうだったけど、うなずく彼女。
「じゃあ、これ。仲直りの印ってことで」
なけなしのお小遣いをはたいて買ったうさぎのぬいぐるみを押し付ける。
「ぬいぐるみ?」
「うん。ゆかりちゃんが、うさぎ小屋の前で泣いてたのを見たから」
「……ありがとう」
そう言って、ぽろぽろと涙をこぼすゆかりちゃん。なんで泣き出したかわからず、僕はおろおろとするばかり。
「その、泣くなよ。僕が悪かったから」
「ううん。これは、嬉しくて……」
嬉し涙、というのが僕にはまだよくわからなかったけど。そうして、僕と彼女の交流が始まったのだった。
――
再会したときに、ゆかりがあれほど狼狽して謝罪をしたのはなんでだろう、と疑問に思っていたけど。考えてみれば、彼女にとっては「二度目」だったのだ。
そして。準備が出来ていないだのなんだの言ったものの。無意識で、彼女に触れて傷つけてしまうのでは、そう思っていたのじゃないだろうか。そう考えると、どこかチグハグだった自分の気持ちが理解できた気がした。
それなら。一つの決心を固めて、俺は眠りについたのだった。
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