第11話 夜の語らい

 「婚約者、か……」


 色々あって、幼馴染から恋人に、恋人から婚約者に。そんな風に目まぐるしく関係が変わった夜。

 俺は、一人、ベッドで身悶えていた。


 ゆっちゃんを傍から見たら、重い女、と見えるのかもしれない。

 でも、それ以上に、あそこまで俺のことを想ってくれていたことが嬉しい。

 

 朝の困惑とは違う、そんな気持ちで胸がいっぱいだった。

 にしても、婚約者とは。

 恋人ですら、始めたばかりで何もわからないのに、ましてや婚約なんて。

 

(とりあえず、水でも飲むか)


 そう思って、台所で水を冷蔵庫から出して飲んでいた。

 ゴク、ゴク、ゴク。

 火照っていた身体が少し冷えた気がする。


「みっくん?」


 台所の入り口から声がしたと思ったら、ゆっちゃんだった。


「どうした?」

「みっくんが台所に行くのが見えたから、ちょっとお話がしたくて……」


 照れながら、そんなことを言ってくる。

 この子が俺のお嫁さんになるのか、と思うと、何とも言えない気持ちになる。


「じゃ、ちょっと座るか」


 椅子に座る。


「じゃあ、私も」


 ゆっちゃんは、俺の隣にちょこんと座る。

 距離が近い。


「あのさ。ゆっちゃんは、後悔、してないか?」


 確認。もちろん、勢いだけで言ったとは思ってないけど。


「それはもちろんだよ。みっくんこそ、どうなの?」

「俺も同じだよ。勢いだけじゃ、あんなことは言えないよ」

「そっか。ありがと」


 後ろから抱き着かれた。


「ちょ、ちょっと。ゆっちゃん?」

「私、お嫁さんだから。これくらい、いいでしょ?」

「そ、それはいいんだけど」


 「お嫁さん」て意識すると凄く照れる。

 背中とお腹に体温が伝わってきて、暖かい。


 と思ったら、背中をなでられる。


「その、なんか、その気になってきそうだから」


 昨日と違って、自制も効きそうにない。

 だって


「いいよ?私、みっくんのお嫁さんだから」


 甘えた声でそう言われる。

 お嫁さん、という言葉はずるい。


「いや、やっぱやめとく。そういうのはもっとちゃんとしてからな」


 いくらなんでも急ぎすぎだ。

 そう思って、引きはがす。


「むー」


 昨日までなら見せなかったような、不満げな、それでいて甘えた様子の顔。

 今まで思っていたゆっちゃんと違うけど、そんな姿も可愛い。


「もしかして、それが素だったりする?」


 疑問に思ったので聞いてみた。


「普段も本当だよ?今はこうしていたい気分なの」

「お嫁さんだから?」

「うん」

「ゆっちゃんがお嫁さんにこだわる理由。聞いてもいいか?」


 少しためらいがちに聞いてみる。


「みっくんは、私が昔いじめられてたこと、知ってるよね」

「……ああ。半分は俺のせいだけどな」


 今思っても胸が痛い。


「ううん。あれは、ほんとに私が悪いの。あんな勘違いをするから……」


 あの事件は俺とゆっちゃんの関係の始まりであって。

 同時に、ゆっちゃんを深く傷つけたものだった。


「とにかくね。私には味方が居なかったの。パパも、ママも、みっくんも居たけど。ずっと一緒に居てはくれないってわかってたから」


 それが彼女の心の傷。


「だから、私と一生を誓ってくれる。そんな人が欲しかったの」

「それで、お嫁さん、なのか」

「うん。だから、今は凄く嬉しい」


 柔らかな声。


「あのさ。一つ聞いてもいいか?」

「うん」

「ならさ。なんで、三年間、一度も会ってくれなかったんだ?」


 実は、三年間の間、長期休みの度に、どこかで会おうと誘っていたのだった。

 でも、答えは毎回NO。理由は言ってくれなかったけど。

 だからこそ、深く踏み込めないでいたし、帰ってこられる時は嬉しかった。


「だって、みっくんと会ったら、もう離れられなくなっちゃいそうだから」

「……」

「弱い私のままだと、嫌だったから」


 あの三年間の間、そんなことを思っていたなんて。


「ひょっとして、いじめられたりしてたのか?」


 少し躊躇いがちに聞いてみる。


「ううん。別に中学では。でも、なかなか友達が出来なかったな」


 ゆっちゃんはどちらかといえば内向的な子だ。

 積極的に友達を作れなかったのかもしれない。


「でも、そこでみっくんに頼ったらいけないって。そう思ったから、頑張ったの」

「そっか。ありがとな」

「ううん。自分のためだし」

「今は、強くなれたのか?」

「わからない。結局、みっくんに頼っちゃってるし」

「そんなこと……」

「いいの。きっと、一人で頑張らなきゃ、って思ってた私が悪かったんだし」


 どうなのだろう。


「いいとか悪いとかは置いといて。俺は、ずっと側にいるから」

「わかってる。だから、こうしてるの」

「湿っぽい話はこれくらいにしておくか」


 そう言って、席を立つ。


「あのね。キス、して欲しい」


 そう言って、目を瞑って顔を近づけてくる。

 昨日なら、「急ぎすぎ」と言ってただろうけど。

 俺も、顔を近づけて。


 夜の台所でゆっくりと口づけを交わしたのだった。


「キス、気持ち良かった」


 どこか夢見心地の表情でつぶやくゆっちゃん。


「ああ、俺も」


 ゆっちゃんの想いが伝わってきたような、そんな気がした。


 いつかはゆっちゃんと恋仲になって、そして……と思っていたが、

 こんなにあっさりとかなってしまうとは。

 つくづく、人生というのはわからないものだ。

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