第8話 授業初日に彼女ができました
先ほどのトラブルが終わって、さらに朝食後。
俺は、部屋で登校の準備をしていた。今日は授業の初日だ。
制服を着て、鏡の前でチェック。大丈夫だろう。
今日からゆっちゃんと一緒に登校できるかと思うと胸が躍る。
「みっくん、準備はできた?」
ドアの外から声が出掛ける。
「ああ、今行く」
ドアを開けると、そこには制服のゆっちゃん。さらさらのロングヘアーが
肩にかかっている。とても可愛い。
にしても。
「どうしたの?」
「いや、どうしてニコニコしてるのかなって」
「ええと…それは…その」
もじもじしだすゆっちゃん。
「いや、言いづらいなら無理して言わなくても」
誰だって言いづらいことの一つや二つあるだろう。
「ううん。えと……実は、みっくんと一緒に登校できるのが嬉しくて」
視線を合わせないようにしながら、消え入りそうな声で言う彼女。まさか、そこまで思っててくれたとは。感動で目頭が熱くなる。
「お、おお。そうか。俺も、だぞ」
「……」
「……」
二人して黙り込む。3年間の片想いは、実は両想いだったのだろうか。そう思えてきてしまう。
(いやいやいや!)
あわてて首を振る。あくまでゆっちゃんは、一緒に居るのが嬉しいという気持ちだけかもしれない。
「……みっくん。そろそろ行こ」
「ああ」
そうして、俺たちは家を出た。
「今日は遅刻せずに済みそうだ」
「昨日は、ほんとにごめんなさい」
また、謝ってくるゆっちゃん。
「そういうつもりじゃなくて」
誤解であることを伝える。
彼女にとっては、痴漢冤罪手前まで行ったことはかなり罪悪感があるようだ。
あんまり気にしないでもらえるといいんだが。
「それにしても、相変わらず桜が綺麗だな」
「そうだね……昨日も綺麗だったし」
通学路にある桜を見ながら二人して歩く。
時折、ひらひらと桜が落ちてくる。
こうやって好きな子と一緒に登校できる日が来ようとは。
じーん。
隣をみると、ゆっちゃんの横顔。
こないだは、彼女が手をつないできたけど。今はどうなんだろう。
そう思っていたら、手のひらに暖かい感触が。
「!?」
「め、迷惑だったかな?」
「いや、全然。というか、俺もゆっちゃんと手を繋ぎたいと思ってたし」
というわけで、手をつなぎながら登校することに。
にしても、ゆっちゃんが積極的過ぎて、色々落ち着かない。
ひょっとして、本当に両想いだったりするんだろうか。
「今日から授業だよな。ついていけるかな」
落ち着かないので、話を逸らすことにした。
「その、みっくんなら大丈夫だよ。たぶん」
大丈夫のところが、小さい。
「たぶんって何だよ」
再会するために必死で受験勉強を頑張った結果、
なんとか合格できたものの、ほんとにどうなるやら。
登校すると、昨日会った二人組、朝川秀樹(あさかわひでき)と富山恵理子(とみやまえりこ)が既に待っていた。
「おはよう、朝川……だったよね?」
一応確認しておく。
「うん。今日から改めてよろしく。それと、僕のことは名前でいいよ」
「わかった。秀樹……よろしく頼む。俺のことも名前で」
秀樹とは仲良くなれそうだ。
席に着席する。
しばらくしてホームルームがはじまる。
「……以上。何か質問は?」
担任の山中先生が問いかける。
「ないようだな。では、着席」
サクサクとホームルームを終え、去って行く。
1限は数学だ。俺、数学苦手なんだよな。
今度から、誰かに教えてもらおうかな……
と突っ伏していると、後ろから背中をつっつかれた。
ん?
『授業、わからない?』
ゆっちゃんからメモが回って来た。
『数学は苦手なんだよな』
『私が教えようか?』
ありがたい申し出。
『ゆっちゃん、数学できるのか?確か、小学校の算数は……』
昔を思い出す。確か、算数が苦手でテストではいつも点数が低かったような。
そして、いつも俺が教えてたような記憶が。
『今は大丈夫だよ~』
ま、3年も経てば色々変わるか。
『じゃあ、頼む』
というわけで、数学はゆっちゃんが教えてくれることになった。
その他の科目は大丈夫そうだ。
英語、現国、化学と続いて、お昼休み。
この高校は学食と購買があるので、買って食べることもできる。
二人で、学食に行って、メニューを選ぶ。
俺はかつ丼、ゆっちゃんはミニうどんだ。
「意外と美味い」
かつ丼を少しかきこむ。トロっとした卵がうまく
カツと絡み合っている。
これで250円というのだから、安い。
対面のゆっちゃんを見ると、麺をもぐもぐと食べている。
少し小動物ぽくも見える。
「ゆっちゃん、昔はそこまでうどん好きじゃなかったよな?」
「うん。おいしいうどんに出会って変わったよ」
そこまで価値観を変える程だったのか。
「そんなにおいしいのがあるんだな」
「そうそう。すっごいコシがあって美味しい麺なんだよ!」
力説するゆっちゃん。そこまで、うどんにこだわっているとは。
「……にしても。思ったより、授業は普通だったな」
数学はともかく、他はなんとかなりそうだ。
「だから、言ったでしょ?」
クスクスと言うゆっちゃん。
「そういえば……放課後、時間ある?」
「ああ。大丈夫だけど。なんか用事か?」
「用事といえば、用事かな。大切な」
少し緊張した様子でいう彼女。よっぽど大事な用事らしい。
そんなに大変な用事……なんだろう?
「じゃあ、付き合うよ」
授業を挟んで放課後。
俺たちは一緒に下校中。
まだ1日目なので、少し慣れないけど、いつか普通の光景になるんだろうか。
相変わらず桜が綺麗だ。
しばらく歩いて、昔遊んだ公園にたどりつく。ここが目的地らしい。
「昔よく遊んだよな」
「覚えててくれたんだ」
ゆっちゃんは、少しくすぐったそうだ。
昔、この円形滑り台で、よく、ボール遊びをやっていたっけ。
「そりゃな。ゆっちゃんとの想い出だから」
我ながら、また、クサい台詞をいっている。
「それで、用事って何?」
二人で、公園に呼び出して……て、まさか告白。
って、いくらなんでも……
「えとね。みっくんって、好きな子っている?」
「ええと。それは、いないが」
ひょっとして、という思いがどんどん大きくなっていく。
それを聞いた彼女は、決意を決めたように、すーっと息を吸った後
「みっくん。私は、あなたのことが大好きです。付き合ってください」
真剣な瞳で俺のことを見据えて、告白をしたのだった。
身体も思考もフリーズする。
え。なんだって。ゆっちゃんが、俺のことを好き?
もっと、再会できなかったときの空白を満たしてからなら、ともかく。
って、大事なのは俺の気持ちだろ。
ゆっちゃんの事は好きだし、付きあえればいいと思うし。
とはいえ、理由は気になる。
「気持ちは嬉しい。俺もゆっちゃんのことが好きだから。ただ、急だから戸惑ってる」
「……」
「だから、理由を教えて欲しい」
しばしの沈黙。
「あのね。私は、前からみっくんのことが好きだったんだよ?」
「そ、そうなのか」
仲良くしてくれてるとは思ったけど。
「3年経っても、想いが変わらなかったから。それに「約束」でしょ?」
「約束」
3年前の約束だったら、そんなのじゃなかったはずだけど。
「昨日の今日だよ?もう忘れたの?」
少しむっとした表情のゆっちゃん。
ふと、昨日した「隠し事をしない」という約束を思い出した。
「あれか。ゆっちゃんは、隠し事をしたくないから、告白したってこと?」
「うん……」
隠し事をしない、ていうのは軽い気持ちだったんだが、こんなことになるとは。
ただ、あの約束がそれだけ重い意味だったってことか。
「気持ちはわかった。じゃあ、付き合おう」
「わたしで、いいの?」
上目遣いで、確認してくる。
「いいも悪いも。俺も好きだし」
「そ、そっか。ありがと。私たち、これで恋人同士なのかな」
お互いにドギマギして、視線が落ち着いて居ない。
唐突過ぎて、距離感に気持ちが追い付いていないけど。
どうも俺たちは恋人同士になったらしい。
そして、そのきっかけが、つい先日した「約束」だとは。
少しずつ、距離を縮めて、うまくいけば、恋人になれれば。とは思っていたが。
急展開過ぎて思考が追い付いていない。
これが、俺と彼女のスタート地点となったのだった。
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