第6話 新居での1日

 ゆっちゃんと歩くことしばらく。

俺が過ごす新居、いや、昔よく遊びに行った家がそこにあった。


 2階建ての一軒家。少しオレンジがかったその色が、なんだか懐かしい。


「おお。懐かしいな!」


 思わず、感嘆の声を上げてしまう。


「でしょ?さ、入って、入って」


 ゆっちゃんに手を引かれて家に入る。


「あら。いらっしゃい、幹康君」


 部屋に入った俺たちを出迎えたのは、ゆっちゃんのお母さんである、嵐山ほのか。かなり若いうちに彼女を産んだらしく、まだ30代半ばらしい。下手をしたら、大学生のお姉さん、と言っても通るのではないだろうか。


「ほのかおばさん。お久しぶりです。あの、これ、お土産です。父と母がよろしく、とのことです」


 両親から預かったお土産を渡す。ちょっと畏まった言い方になり過ぎただろうか。


「もうそんなに畏まらなくてもいいんだけどね。でも、どうもありがとう。さ、上がりなさい」


 そう気さくに言って、案内してくれる。

 俺の部屋は2階の6畳の部屋で、ゆっちゃんの部屋の隣だ。なんでも、ゆっちゃんの弟か妹が出来たときに備えて空き部屋にしてあるのだとか。おばさん、ゆっちゃんの兄弟を作る気があるのか。

 夜に何か変な声が聞こえてきそうだな。そんなことを思ったのだった。


「あ、もう荷物は運んであるんですね」


 段ボールはまだ開いていないが、家から持ってきたベッドは設置されていて、その他の家具も並べてある。


「そうよ。もう、ゆかりがね。明日、ゆっくんが来るんだって行って、頑張ってね……」

「もう、ママ!」


 言われるのが恥ずかしかったのだろうか。

 少し頬を赤らめておばさんに抗議している。


 それだけ楽しみにしてくれていたんだな。

 

「ゆっちゃん。その、ありがとな。色々と」

「そ、それくらい、当然のことだから」


 もじもじしながら、そんなことを言うゆっちゃん。

 そんな照れ隠しも可愛らしい。


「ゆかり。後は任せたわね」

「うん。ママは?」

「幹康君の手続きとかあるから、ちょっと役所に行ってくるわ」

「わかった」


 そうして、おばさんが去って行き、二人、ぽつんと部屋に残される。

 

「じゃ、荷ほどきでもしようかな」


 最低限、今日は寝られるものの、持ってきた本やゲームとか、色々開けておきたい。


「手伝うよ。何でも言って」


 ゆっちゃんは袖をまくって、完全にやる気モードだ。

 それはありがたいんだけど、一部、見られると困るものがあるんだよな。


「いや、ありがたいんだけどさ。そこまで手伝わせるのは悪いからさ」


 ほんとは見られたくないものがあるからなんだけど、婉曲にそう断ろうとする。

 思春期男子の心理を理解して欲しい。


「そんな遠慮しないで。何からやればいい?」


 あくまで手伝うつもりのようだ。

 仕方ない。


「えーと、そっちの段ボールを開けてもらえる?」


 見られて困るものは入っていなかった、と思しき段ボールを指す。


「うん、わかった」


 そうして、二人で荷ほどきの作業が始まった。

 淡々と段ボールを開けて、荷物を出していく。


「あ、これ。懐かしい……!」

「あ、プレ〇テ2か。色々やったなあ」


 昔、俺の家でゲームをしたのを思い出す。


「三〇無双とか楽しかったよね」


 ゆっちゃんの言うゲームは、某歴史シミュレーションゲームで有名なメーカーが出した、三国志の登場人物をプレイアブルキャラクターとして、ばったばったと雑魚をなぎ倒すアクションゲームだ。二人で協力プレイもできるので、ゆっちゃんと二人でとても盛り上がった記憶がある。


「俺は龐統(ほうとう)が好きだったな。ちょっとピーキーな使い勝手が楽しくてさ」


 龐統は、無双シリーズでレギュラーになっているプレイアブルキャラクター。同じく蜀(しょく)に属していて、有名な孔明(こうめい)と同じ軍師キャラだが、少しマイナーだ。

 杖を武器にして、転がったり、逆さ立ちで回転するといった奇抜なスタイルで戦う。


「私は曹操(そうそう)かな。無双乱舞も爽快だし」

「確かに、曹操のはかっこいいよな」


 無双乱舞とは、プレイ中にゲージがたまると使える超必殺技で、キャラ毎に独特のアクションや効果範囲、付加効果が設定されている。

 曹操は三国志で有名なキャラだけあって、色々な面で優遇されていることが多い。隙がないオールラウンダーという感じだ。


「みっくんは、変わったキャラを使うのが好きだったよね」

「そっちの方が遊びがいがあるんだよ。オーソドックスなゆっちゃんをサポートするなら、ちょっとくらい奇抜な方が楽しいし」


 言ってて、二人でのゲームプレイ風景が蘇ってきて、懐かしくなってきた。


「今度、一緒にプレイするか?」

「うん!」


 そんな元気良い返事に、これからの生活が楽しくなりそうだ、と思ったのだった。


――

 

「あ、これ……」


 ゆっちゃんが、何かを読みふけっている様子。何故かはわからないけど、少し顔が赤い。


 まさか、と思って、彼女の後ろから、おそるおそる、視線の先にあるモノを見る。

そこには、なんと、「初えっち♡」というタイトルのエロ漫画があったのだった。


「あ、ご、ごめんなさい。ちょっと、つい」

「いや、なんか、俺の方こそ申し訳ない」


 思春期男子としては、こういうのを見られるのは恥ずかしいことこの上ない。


「う、うん。男の子だもの。こういうのは普通持ってるよね。大丈夫、そのくらい、私、わかってるから」


 しどろもどろにそう弁解するゆっちゃん。


「でも、みっくん、こういうのが好きだったんだね。少し、意外……」


 何が意外なのかわからないが。

 自分の性癖を覗き見られたようで、いたたまれない気分になる。


「その、わかったから。これ以上はやめて!」


 少し悲痛な声でそう嘆願する。


「あ、そうだよね。私、見なかったことにするから」


 ここまで読んでおいて、無理だとは思うが。

 そんな心遣いが少しありがたかった。


――


 夕ご飯は、鍋物だ。まだ少し寒さの残る季節だから、少しありがたい。


「幹康君は、今日はどうだったかね?」


 そう質問してくるのは、ゆっちゃんのお父さんである、嵐山一志あらしやまかずし。柔和な顔と、少しふっくらとした体型もあって、優しげな印象が特徴だ。


「まだ初日なので、なんとも。でも、ここは過ごしやすそうで、ありがたいです」

「そんな畏まらずともいいんだよ。君も、当分、ここで過ごすんだから」


 高校の3年間は一緒に過ごすことになるわけだから、一志おじさんの言うこともわかる。


「パパ。みっくんはこっちに来るのは久しぶりだから、仕方ないよ」


 そうゆっちゃんが割って入る。

 暖かく迎え入れてくれて、とてもありがたい限りだ。


――


 お風呂でばったり、なんて、定番のイベントが起こることもなく、そろそろ寝る時間になってきた。


(少し喉が渇いたな)


 台所で、水でももらおうと思って、部屋を開けると。


「あれ、みっくん。どうしたの?」

「いや、ちょっと水でも飲もうかなと。そっちは?」

「私は、ちょっと夜食でも食べようかなって」


 ということで、深夜の台所で二人きり、ということになったのだった。


――


 ゴク、ゴク。

 冷蔵庫で冷えた麦茶で俺は喉を潤す。


 コンロの前では、ゆっちゃんが何やら夜食を作っている様子。


 何かがぐつぐつとする音と、ブーンという、換気扇の音だけがする。


 再会したらにぎやかなイベントが待っているものと思っていたが、

 こういう時間を過ごしているのが不思議な気分だ。


「ゆっちゃんは何作ってんの?」


 なんとなく、聞いてみる。


「お素麺。軽めの夜食にちょうどいいんだよ」

「そっか」


 しばらく、お互い無言の時間が過ぎる。


「できた。よっと……」


 手慣れた感じで、器にそうめんを盛り付ける。


「いただきまーす」

「どうぞどうぞ」


 ゆっちゃんが麺をちゅるちゅるとすする音が聞こえる。

 なんとなく、おいしそうだな、と思っていると、ふと、目があった。


「食べる?」

「あ、俺は……やっぱもらおうかな」


 気がつくと遠慮する気は失せていた。


「じゃあ、と……」


 台所でなにやら探している様子。取り皿だろうか。


「よし、と。はい、どうぞ」

「あんがと」


 取り皿に分けられた素麺を、一緒にすする。


「ああ、美味いな」


 暖かいつゆに素麺が入っただけのものだけど。

 なんだか、とても美味しいもののように感じられた。


「でしょ?実は、けっこういいお素麺なんだ」

「道理で美味しいと思った」


 そんな風にして、二人で夜食を食べた後。

 部屋に戻る直前のことだ。


「あのね。今日、来て良かった?」


 少し遠慮気味な様子でそう尋ねる。


「そりゃもちろん。こんな可愛い子にも再会できたし」


 我ながら、歯の浮くような台詞を言っていると思う。

 普段の自分なら、こんなことをさらっと言えないはずなのだが。


「そっか。ありがと」


 少し気恥ずかしそうに、素直に褒め言葉を受け取ってくれるゆっちゃん。


「それじゃ、おやすみ」

「ああ、また明日な」


 そうして、俺は部屋に戻ったのだった。


 今日一日をふと振り返る。


「来て、良かったな……」


 再会を心待ちにしていた日々を思い出す。

 明日からは、楽しい日々になりそうだ。

 そんなことを思ったのだった。 

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