第5話 居候の理由

 俺とゆっちゃんの席は……というと、前後ろになった。

前が俺で、ゆっちゃんが後ろで、窓側の席だ。

 隣の席だったら言うことはなかったのだけど、前後ろでも文句は言うまい。

 って贅沢なこと言ってるな。


 俺たちの担任らしい、山中先生が簡単な説明を始める。

歳は20台後半だろうか。バリバリできる女の人、という感じだ。


 今日は入学式が既に終わったので、簡単な説明だけして解散らしい。

 

 説明が終わって山中先生が出て行くと、俺たちのところに、一人の女子生徒と男子生徒がやってきた。


「朝の件は見てたよ」


 興味深々という様子で、俺たちの方をみやる男子生徒。


「それはいいけど。先に名乗って欲しいんだが」

「あ、ごめんごめん。僕は、朝川秀樹あさかわひでき。君と同じクラスだ。よろしくね」


 そう言って、握手をしてきた。

 おとなしい感じで、髪も短く切りそろえている。ちょっと身体が貧弱なように見えるが、挨拶はハキハキしている。


「俺は西条幹康さいじょうみきやすだ。よろしく頼む。で、こっちが……」

「私は嵐山ゆかりあらしやまゆかりよ。よろしくね」


 俺とゆっちゃんが揃って自己紹介をする。


「っと。私は、富山恵理子とみやまえりこ。こっちの、秀樹の悪友……というか腐れ縁ね。とにかくよろしく」

「えりちゃん。言うにことかいて腐れ縁はないよ」

「腐れ縁というだけでもマシよ」


 なんだか言い合ってるが、喧嘩するほど仲がいいというやつだろうか。

 ゆっちゃんと目を見合わせて、くすっと笑った。


 その後は、2人とラインを交換して解散。


 で、俺たちは、というと。

 帰宅しながら、二人でこれからのことを話していた。


「で、俺の荷物はもう運び込まれてるんだな?」

「うん。みっくんの部屋もちゃんと掃除してあるから」


 なんだか嬉しそうだ。

 再会することを心待ちにしてくれていたのだろうか。


「ああ、ありがとよ。そういえばさ。ゆっちゃんのご両親は、よく、俺を預かることを同意してくれたな?あ、いや、知らないならいいけど」


 なんとなく疑問に思ったのだが、その答えは意外な形で返って来た。


「え、えーと。知りたいの?」


 少し落ち着かない様子だ。


「ああ。できればな」


 ただ、別にそこまで事情を詮索する趣味はない。


「えとね。別れる前の約束、覚えてる?」

「あ、ああ。もちろん」


 そう言われて思い出すのは、ゆっちゃんと別れる日のことだ。


――


 それは。俺がまだ「僕」だった頃。

 そして、僕が親の転勤で引っ越しする前日の夜。 

 場所は夜のひっそりした公園。

 ゆっちゃんが、別れる前に話したいことがあるといって呼び出したのだ。

 夜空を見上げると、満月が輝いている。


「ねえ、みっくん」

「なに?」


 話したい事、というのは何なのかな。


「あのね。前にした「償い」の話覚えてる?」

「償い……って、随分前だよね。今更いいよ」


 唐突に、なんでそんなことを持ち出したのかわからず、困惑する。


「……あのときの私はひどいことをしたの。だから、別れる前に、って思って」


 何かを言いたそうな、でも、それが口から出ないような、そんな雰囲気だった。


「そこまでいうなら。その、何をお願いすればいいのかな?」

「なんでも一つだけ。もちろん、私ができないことは駄目だけど」


 一つだけ、と言われても。

 強いていうなら。


「じゃあ、必ず、また再会するってのはどうかな?」


 少してれくさかったけど、素直にそう言ってみた。


「そんなことでいいの?」


 目を真ん丸にして、そう問い返して来た。


「僕にはそれで十分すぎるくらいだよ」


 明日、僕は、ここを離れて遠くの地に引っ越す。

 それなら、せめて、いつか再会できることを願いたい。


「わかった。じゃあ、約束。「絶対」に守るからね」


 恐ろしい程の真剣な瞳と、「絶対」を強調してたのが印象にのこったけど。


「うん。いつかまた」


 ともあれ、そうして、僕たちは別れたのだった。


――


「だから、パパとママを説得したんだよ。みっ君を預かって欲しいって」


 まさか、そんなことまでしてくれたとは。


「あのときの約束を大事にしてくれてたのか。ありがとな」

 

 ほんとに、感謝してもし足りない。


「大したことはしてないよ。それに、私もまた会いたいって思ってたし」

「そっか。なら、なおさらありがとな」


 なんとなく、髪をなでる。

 ゆっちゃんはどこかくすぐったそうに、でも、おとなしく受け入れていた。


 それにしても、律儀というか、なんというか。

 いや、ゆっちゃんにとっての「あの出来事」を考えると、単に律儀というわけ

 じゃないのかもな。


 そんなことを考えながら、新居に向かって、2人で歩いたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る