第5話 理由は一つだけでいい


 指導を始めてから数ヶ月経ち、終了まで残り三ヶ月をきった。

 細く薄かったユートの体は以前と比べると随分鍛え抜かれたものになった。成程、聞いていた通り成長が早い。

 戦闘スタイルは俺とは見事に真逆だ。力技で切り抜けるのではなく、戦況を読み取り相手の策を利用する頭脳派だ。最近では指揮をとることも増えた。俺から見ても見事な手腕だったと言える。

 いっそ平和な世界で暮らすには惜しい才能だとすら思った。


「ユート。お前、帰る理由とかあるか?」

「はい?」

「元の世界に帰る理由だ。なんかこう、無いのかよ。女が待ってるとか」


 ぎょっと目を剥いて、ユートは振り返る。思いもよらない話だったんだろう。俺は首裏を掻く。


「なんすか、急に……」

「暇つぶし」


 じとりと伏せられた目がこちらを睨む。

 俺はひらひらと手を振って「いいから、話せよ」と肩を小突く。ユートは「パワハラ」だとかなんだとか喚く。


「ほら言え。言わなきゃ休憩無しの地獄の組手が始まるぞ」

「横暴だなこのおっさん!」

「んだとテメェ」


 立ち上がって構えるとすぐさまユートは距離をとる。そうしてわあわあと「話す! 話しますって!」と叫ぶ。態度は癪だが、まぁ聞くとしよう。


「……別に、恋人だとか、そんな関係じゃないですけど、待ってたらいいなって奴はいます」

「ほー?」

「ただの幼馴染ですけど。まぁ、その、片思いですよ」


 じわじわと頬が赤くなるユートを見て笑う。

 その顔がやけに幼く、戦争だとか物騒なものとは無縁なもののように思えた。


「もし、俺が死んで、また勇者を呼ぶとするじゃないですか」

「……嫌な想像だなぁ」

「もしもの話だよ」


 ユートは呆れたように返すが、洒落にもならない冗談だ。


「その時、偶然あいつが呼ばれて、命懸けで戦わなきゃならないってなったら、凄く後悔する。なに死んでんだよ俺、って」


 まぁ死んでから意識あるとか分からないけど。そうユートは笑った。

 硬くなった手のひらを空にかざす。そうして何かを確かめるように握り締めた。


「色々悩んだけど、これが俺の戦う理由。生きて、帰る理由です」

「……凄いやつだなぁ。お前」


 俺よりも小さなガキの頭を乱暴に撫でる。ユートは「セクハラだぁ!」と喚くが、耳が赤いのが丸見えだ。下手な照れ隠しに大笑いした。


「そう言うオルフォード団長はどうなんですか。戦う理由とか、騎士になった理由とか」

「んー……酒が美味いから」

「もっとマシな嘘ついてくださいよ……」


 なんだよ。俺に真面目ぶれってか。

 俺は頭を搔く。伸びた髪が指にあたり、少しくすぐったかった。


「……戦う理由なぁ。……ドナちゃんが可愛いからだよ」

「いや、誰ですか」


 俺の女神で聖母で天使で、ただの居酒屋の店員。

 そう返すと冗談だと判断したのか「もっと真面目な……いや、いいです」と諦めたように呟かれた。

 ふざけてないんだけどな。


 その後ぶつりと会話が途切れる。ぼんやりと空を眺めていると、ハートの雲を見つけた。

 祈っておくか。そう手を組んだ俺を不思議そうにユートは見つめた。


 俺が戦う理由も、騎士になった理由も、全部ドナちゃんが始まりだったよ。

 目を伏せて、思い出す。幼くて、弱くて、何一つ守れやしなかった自分を。泣き叫ぶ声。傷。恐怖。

 思い出したくなんかない。それでも忘れてはいけない。


「ユート。弱さってのはな、罪にもなるんだ」

「……なんすか。急に」

「急じゃねーよ。ずっと前から言おうと思っていたことだ」


 ユートは戸惑った表情でこちらを見る。

 俺は笑った。


「弱くて、守れずに、誰かを傷つける。そんな罪を犯すな。ユート、お前は強くなれ。強くなって、守る立場になれ」


 幼い顔だ。ただのガキだ。そのガキが世界を背負ってる。ふざけた世の中だ。それでも託さなければいけない。


「俺みたいになるなよ」

「……なんすか、それ」

「いいから、頷け」


 団長命令を行使すると、ユートはそろりと頷いた。その顔は全然納得がいってなさそうだったが、一先ず良しとした。


 ……もう時間がねぇんだよ。ユート。もうそろそろでお前は命を懸けて戦わなければならない。


 訓練終了の日まで残り三ヶ月を切った日だった。魔王の軍勢は勢いを増しているらしいと上層部から聞いた。

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