第3話 ほんの少しだけ

 勇者召喚の儀は速やかに行われ、案外拍子抜けするくらいにあっさりと終了した。

 現れた"勇者"は想像より随分と幼い、ガキだった。


 案内をされて目の前を歩く黒髪を眺める。短い髪が歩く度に揺れて、その度に俺は顔を歪めたくなる。


「……こいつが、ホントに勇者なのかよ……」

「言葉が悪いぞアラン」


 ぼそりと呟いた言葉を第四騎士団団長が咎める。

 いや、それにしたって幼いだろ。上質な服を着ているし、手の平だって滑らかで、戦いなんて知らなさそうだ。


「……なあおっさん」

「誰がおっさんだ。オルフォード団長って呼べよ」


 第二騎士団団長が「子供相手に……」と呆れたように呟く。ほっとけ。


「オルフォード団長。俺、ホントに魔王倒さなきゃ帰れねーのかよ……」


 沈んだ声だった。

 俺はがりがりと首筋を掻くと「まあな」と返した。それに勇者は「そうか」と目を伏せる。


 一通り事情を聞いたこいつの動揺は酷かった。

 なんで俺なんだ、と散々嘆き、怒鳴った。

 挙句の果てには上層部連中に向かって「誘拐」だの「んなもん知ったことじゃない」だの「自分のケツは自分で拭け」だの……まぁ随分色々と詰ってきた。


 まぁ、こいつの言い分も分かる。

 唐突に知らない土地に連れ去られ、挙句他人のために鍛えて戦えときた。俺ならふざけんなとも思うし放棄する。ただ、放棄を国は許さない。


 勇者が帰る術は魔王を討伐すること。そう召喚の術式に条件を組み込んでいるらしく、勇者は帰る為にも魔王を討伐しなければならなくなった。

 つまり、国の手の平の上だ。


 術式の話が本当か嘘かは置いておいて、知らない土地にポイされて生きることは難しい。勇者の命はこの国に握られているといってもいい。


「……オルフォード団長。俺のこと、ちゃんと鍛えてくれよ」

「おお」


 仕方ないじゃ済まないが、俺らは大きな犠牲と比べて小さな犠牲を選択した。

 利己的な俺らは勇者を持て囃し賛美する反面、ただの道具としてしか見ていないのかもしれない。


 可哀想だなぁ。そんな風に考えて、俺も目を伏せた。


 だが、そんな同情も最初のうちだけ。


 鋭い切っ先が俺の喉元を目掛けて突き出される。それに槍を振るって威嚇する。その距離じゃまだ、攻撃は早い。


「まずは懐へ入ってこいって言っただろ!! 俺の攻撃範囲はその剣の二倍だ!!」

「……はい!」


 模擬戦を繰り返して一時間。勇者は既に息切れを起こしていた。

 実践じゃこんな体力ではもたないだろう。


「動きがでかい!! 敵にバレバレだ!」


 大きく振りかぶって攻撃を仕掛ける勇者に、すいと身を半歩程引けば勝手にもんどりうって転がる。新人だってこんな失態はしない。


 勘弁してくれよ全く。

 大きく溜息を吐いた。


 朝日が登るか登らないかの時間帯に指導することも不満だったし、勇者の出来にもうんざりだった。

 そもそも俺は指導が下手だし嫌いだ。本当に、人選ミスだと思う。


「剣先見てねえで相手見ろ!!」


 本来ならば剣の持ち方からなにから丁寧に教えるのだろう。だが俺の戦闘スタイルは完全に感覚で行うタイプだ。

 習うより慣れろを地で行くスタイルで、模擬戦ばかりを行っている。気になる点は口にはするがなにより体に叩き込むのを優先した。


「また振りが大きくなってる! もっと脇締めろ!」

「〜〜〜っはい!!」


 勇者は武術に関しててんで駄目な奴だった。曰く争いのない平和な世界から来たとか。

 そのおかげで貧弱で思考も甘ちゃん。頭脳はマシな方だが、どこか幼稚臭さが抜けきれていない。

 要は、全体的に未熟だった。


 ……こんなのに魔王討伐できるのか?

 いつまで経っても不安は拭いきれない。成長スピードが速い、と聞いていたが勇者の力は一向に進展する気配を見せないままだった。

 やっぱ指導役が適してねぇんじゃねーのか?


「次! 受身から攻撃体制に入れ!!」

「っで!」


 足を蹴り飛ばすとあっさりと地面に膝を着く。もたもたと起き上がる姿に、苛立ちは増した。

 これじゃ、敵にあっという間に剣を向けられちまう。


 ドナちゃんに会えない多忙さと、削り取られていく睡眠時間と、どこまでもお粗末な動きに苛立ちは募るばかりだ。


 苛立ちに比例していつのまにか指導は激化していく。

 飴と鞭の割合は1:9といったものか。因みに飴は殺していないということだ。


「起き上がるのが遅い! もう一度だ!」

「ぐ……っ!」


 足払いをかけて転ばせる。面白いくらいに見事に尻餅をついた勇者様に拍手をする。

 なにも無意味に煽っているわけじゃない。闘志に火がつけばと考えてのことだ。

 ……別に、苛立ちすぎてとかじゃねぇ。多分。


 勇者はぎろりと据わった目でこちらを睨む。

 俺は燃料を投下するべく、小馬鹿にしたような笑みを貼り付けた。


「まぁ精々頑張れよ、勇者様」

「……っそうだ……俺は、勇者だ……!」


 遅い動きで、勇者は立ち上がる。指導でボロボロになった服や肌は、見ていて痛ましい。それでも、勇者の瞳には静かに闘志の炎が燃えていた。


 ……へえ。

 面白そうに口角を上げる。


「勇者だから……魔王を倒さなきゃならない。そして、帰るんだ……!」


 微かに唇が動く。誰かの名前のようだった。


「どんなに馬鹿らしいって思ったって、俺は……勇者だ」


 剣を構えて、勇者は前を見据える。


「……見つけた」


 役たたずなだけじゃない。お前の持つ、秀でたところ。


 不撓不屈の根性、精神力。諦めない粘り強さだ。

 これは意外と貴重で、しかも戦士としては欠かせない要素だ。


 そういえば。聞いた話を思い出す。

 こいつは指導の後も進んで鍛錬しているらしい。ストイックさもあるといったところか。


 ぎらぎらと、今にも喉元へ食らいつきそうなその瞳にゴクリと喉がなる。漸くこいつの指導が楽しくなってきた気がした。


「……その意気で頑張れよ。ユート」


 こいつは例え勇者様なんかじゃなくても、強くなるだろうな。そんなことを考える。


 俺はコイツのことを、ほんの少しだけ認めてやった。

 例えるなら魔王を討伐し終わったらドナちゃんに会わせてやろう、そう思えるくらいには認めてやった。

 ……ちなみに、魔王討伐と同時にこいつは帰るというとこがミソだ。

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